#28

グレイシャルからは、男は30代後半くらいに見えた。


ファー付きの灰色のマントを羽織り、屈強というほどではない通常の成人男性くらいの体格をしていて、背中に人の背丈を超える大剣を背負っている。


いかにも放浪の戦士といった感じだ。


白い髪の男の後ろには、小さな男の子がいた。


その少年もまた男と同じ白い髪に紫色の目を持ち、灰色のマントを羽織っていた。


グレイシャルは二人が親子かなと考え、なぜ急に足を止めたのかと思っていると――。


「その白い髪に紫の瞳……。あなた、もしかしてアドウェルザーじゃないの!?」


メアリーが突然、男の名前だろう名を口にした。


それからグレイシャルが訊ねると、メアリーはアドウェルザーという男について話し始めた。


アドウェルザーとは――。


魔物が出たと聞けば各地に現れるという孤高の戦士で、人の背丈を超える大剣と三つの属性の魔法を操る世界最強の男。


これまで彼が討伐した竜などの人の手には負えない魔物の数は千、いや万を超えており、もはや生きる伝説としてヴェリアス大陸にある四つの国で名の通った人物である。


ルヴァーナから世情せじょうを学んでいたグレイシャルだったが、メアリーの話を聞いても、アドウェルザーのことは知らなかった。


彼はそんな英雄みたいな人物がいたのかと、驚きもせずにただ感心するだけだ。


だがメアリーは違った。


彼女は目の前にいる人物がアドウェルザーだと確信しているようで、興奮気味に男に話しかける。


「初めまして、わたしの名はメアリー·ウェスレグーム! ちょっとあなたに頼みたいことがあるんだけど!」


いきなり大声で挨拶をしてきたメアリーに、アドウェルザーと思われる男は顔をしかめながらも返事をする。


「初対面で頼み事とは、余程切羽詰まっているのだろうな。うん? 待て、今ウェスレグームと言ったか?」


「そうよ! わたしは帝国に滅ぼされた西国せいこく王家の者よ!」


「それで、その王族の生き残りが私に何を頼む? 仇討ちでもしたいのか?」


「話が早くて助かるわ! 報酬はいくらでも払うから、あなたの力を貸してほしいの!」


グレイシャルは状況をよく飲み込めなかったが、とりあえずメアリーが男を仲間に引き入れようとしていることはわかった。


たしかにそんな竜すらも単独で倒せる人間が味方になれば、ウェルズ領の攻略も難しくなくなる。


そしてメアリーならば、きっと男を仲間に入れられるだろう。


彼女が本気になれば、たとえどんな人間だって口説き落とされてしまう。


こんな道なき道でとんだ幸運に出くわしたものだと、グレイシャルが幸先が良いと思っていると――。


「悪いが、私にはやることがある」


アドウェルザーと思われる男は、メアリーの誘いを断った。


だがここからが彼女の真骨頂だと、グレイシャルはなんだかんだいっても結局はメアリーの説得が実を結ぶと考えていたが――。


「そこのお前、魔女とはどういう知り合いだ?」


アドウェルザーと思われる男は、どうしてだがグレイシャルに声をかけてきた。


しかも魔女とかいう者の関係者だと思っているようだ。


いきなり訊ねられても、グレイシャルに魔女の知り合いなんていない。


「すみません。いきなり魔女といわれても、オレにそんな知り合いはいないんですけど」


「ならなぜお前から魔女の魔力を感じるんだ?」


アドウェルザーと思われる男――いや、もうアドウェルザーでいいだろう。


グレイシャルはアドウェルザーに訊ねられて、思い当たる節を考えてみた。


彼の体内を流れている魔力は、現サングィスリング帝国の貴族であり、魔導に関するものすべての研究者でもあるリベデラットが人工的に定着させたものだ。


それは別にグレイシャルだけではなく、すべての魔導兵士がそうなので彼だけが何か特別な処置を受けているわけではない。


そうなるとやはり、この魔力を実験により与えたリベデラットか。


だがリベデラットは女性ではないので、魔女には該当がいとうしない。


だとすると魔導兵士たち皆の元となる魔力を持っていた人物が、アドウェルザーのいう魔女ということになるが。


「大方、魔術を教えてやるとでもそそのかされたのだろう。哀れな子だ」


アドウェルザーが、グレイシャルの言葉など無視して彼に近づいてくる。


そんな白い髪の男を見たグレイシャルは、呆れながら身に覚えがないと言おうとした次の瞬間――。


「魔女と関わる者はすべて始末する!」


アドウェルザーが剣を抜き、グレイシャルへと斬りかかってきた。


その一連の動作があまりにも早く、グレイシャルは何が起こったのかすら理解できずにいたが、メアリーが彼の前へと飛び出してきていた。


「逃げるわよ、グレイシャル!」


メアリーのガルノルフが造ったアダマント製のロングソードと、アドウェルザーの大剣がぶつかり合ったのと同時に、彼女は今すぐこの場から離れるのだと叫んでいた。


そこからメアリーはさらに剣速を上げ、凄まじいスピードでアドウェルザーに向って剣を振る。


鳴り響く金属音が岩壁に反射し、まるで打楽器の演奏会でも始まったかのようだった。


グレイシャルはメアリーに手を貸すために前へ出ようとするが、そんな彼に気が付いた彼女は叫ぶように言う。


「ダメ! 戦っちゃったダメよ! わたしたちじゃアドウェルザーに敵うはずない!」


「でもメアリーを置いていけないよ!」


「なんとかするから! あなたは先に――ッ!?」


メアリーの凄まじい猛攻を受けるだけだったアドウェルザーだったが、徐々に打ち返し始めた。

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