#29
そしてメアリーは徐々に下がらされていく。
アドウェルザーはゆっくりとだが、メアリーの剣速よりもスピードを上げてくる。
グレイシャルは、これは彼女の言うことを聞いてなどいられないと飛び出そうとしたとき、メアリーが声を張り上げた。
「無双三連ッ!」
閃光のような突きが同時に三つメアリーの剣から放たれ、アドウェルザーの体を打ち抜いた。
グレイシャルはこの技を知っていた。
今メアリーが放ったのは、2年前にファーソルの身に付けたアダマント製のフルプレー·アーマーを砕いた技だ。
鉄の剣で超硬度金属を破壊する、まさに必殺の奥義。
これで勝負は決まったと、グレイシャルは確信した。
「その年齢で
だがアドウェルザーは、彼女の技を剣で受け切り、まるで何事もなかったかのように涼しい顔で立っていた。
メアリーの表情が笑みを浮かべながらも
その表情は、まるで最初から通じないとわかっているかのようだった。
しかし、彼女の動きは早かった。
落胆するのも一瞬で、すでに次の行動に移っている。
「ウォール オブ ブレイズッ!」
メアリーが手を翳して魔術を唱えると、彼女とアドウェルザーの間に炎の壁が現れた。
その炎は、まるで近づけば焼きつくさんばかりの勢いで燃え上がっている。
グレイシャルはメアリーが魔術を使えることは知っていたが、まさかここまでできるとは思わず呆気に取られていた。
メアリーはそんな彼の手を引いて、急いでこの場から離れようと駆け出す。
「今のうちにどこかに隠れなきゃ!」
手を引かれて走るグレイシャルは、メアリーのあまりの慌てように、それほどの相手なのかと戸惑っていた。
たしかに先ほど彼女の技を軽々と受けてみせたのは凄いと思ったが、2人がかりならなんとかできると考えていた。
しかしメアリーのこの動揺ぶり。
どんなときでも笑顔を絶やさない彼女が――。
たとえ相手が何人いようが立ち向かっていく彼女が――。
今は一方的に逃げることを選択している。
そのことからもアドウェルザーが、もはや自分の想像などはるかに超えた強さを持っているのだと、グレイシャルは思うしかなかった。
「
呟くような声の後、グレイシャルとメアリーの背後から急に強風が吹いた。
その突風には火の粉が混じっており、グレイシャルがまさかと振り返る。
そこには先ほどメアリーが魔術で造り出した炎の壁が消え、代わりに雷が背後に迫っていた。
襲ってくる稲妻に気が付いたグレイシャルは、メアリーを強引に突き放し、魔力を拳に纏って荒ぶる雷を殴りつける。
これは彼がルヴァーナから教えてもらった魔術無効化の方法だ。
魔力によって生み出された奇跡は、魔力によって
グレイシャルは、現在の世界で魔術を使える者が少ないのもあって、まさかこんなところでこの方法を実践するとは思ってもみなかった。
だが、メアリーを守れた。
あとは彼女とこの場から逃げ出せばいい。
今さらながらグレイシャルは思う。
メアリーは正しい。
アドウェルザーという生きる伝説などと呼ばれている男と戦う意味などない。
無駄に命を張って安売りする必要はない。
それは勇敢ではなく無鉄砲であり、自分たちが命を懸ける場面はこの先にあるのだ。
ファリスとガルノルフや“赤の女王”のメンバーが待つウェルズ領で、サングィスリング帝国との戦いが待っている。
こんなメアリーの必殺技を軽々と受けるような男の相手などしていられない。
彼女はいつだって間違えないと、今度はグレイシャルがメアリーの手を取って走り出そうとしたが――。
「無駄だぞ、小僧」
手を取ろうとしたとき、アドウェルザーが二人の目の前にいた。
背後にいたはずのアドウェルザーがどうしてこんな近くにいるのだ?
気配もなく、足音一つ聞こえもしなかった。
それなのにどうして……?
グレイシャルは一瞬のうちに正面に現れたアドウェルザーを見て、立ち尽くしてしまっていた。
だがメアリーは違った。
彼女はまるでアドウェルザーが目の前に現れることをわかっていたかのように、ロングソードを構えていた。
そして剣を振り、同時に九つの閃光を敵に向かって放つ。
「無双九連ッ!!!」
メアリーはこの局面で、先ほどの技よりもさらに上の攻撃を繰り出した。
彼女の剣が放った凄まじい閃光がアドウェルザーを襲い、これならば倒せるかと思われた。
だが――。
「キャァァァッ!」
悲痛な叫びと共に、吹き飛ばされたのはメアリーのほうだった。
彼女は岩壁に叩きつけられ、その全身から血を流し、そのままグッタリと動かなくなった。
「大した反応だった。だが、相手が悪かったな」
「そ、そんな……なんで彼女が……? メアリー……メアリィィィッ!?」
血塗れになったメアリーを見たグレイシャルは、絶望の叫び声を上げた。
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