#9

――グレイシャルが丸太小屋に来てから数週間後。


彼は子どもたちと一緒に、ルヴァーナから教えを受けていた。


それは基本的な学問から魔術の仕組み、さらには掃除や料理など様々な内容だ。


グレイシャルは、自分よりもずっと年下の子たちと同じことを習うのに気恥ずかしさを覚えながらも、少しずつながら年相応の知識を得ていく。


それは、彼が組織にいたときに受けた教育とは違う――。


競争や能力主義的な価値観以外の集団行動があることを知るものでもあった。


生きる力をはぐくんでいくためには、時間的にも精神的にも余裕を持つことが必要である。


特に教育現場では大人たちが余裕を持って子どもらと過ごすことで、一人ひとりの成長を見守り、そして接することが可能となるからだ。


それはもちろん子どもたちも同じで、心の余裕や考える余裕がなければ、ただ与えられる課題をこなすだけになってしまう。


他人がしているから自分もするといった横並び的な意識が余裕を奪い、グレイシャルはその中で承認欲求の落語者となった。


組織からの教育は基本的に周りと闘うことを要求し、集団の中でいかに抜きん出た存在になるかが重要だと、彼は教わった。


正直いってグレイシャルを含め、ほとんどの魔導兵士に選ばれた子どもたちは出来が悪かった。


だからなのか、努力して組織に認められることよりも、他人の評価や価値を下げることで上に認められようとする者が増えてしまう。


その結果としてグレイシャルは、誰に対しても妬まれないように過ごすようになった。


何を言われても愛想笑いを返し、当たり障りのないことでお茶を濁す。


幼少期からずっと、元々そこまで優秀ではなかった彼がそのような真似を続けていれば、人と関わる上で最も必要なこと――会話、対話、交流の能力が落ちてしまうことは明白だった。


それでもグレイシャルはまだ12歳。


長い人生で考えれば、まだまだ始まったばかりの年齢だ。


根づいてしまった性格は簡単には変えられないが、少しずつでも改善できる時間がある若さである。


そしてなによりも――。


彼にとって子どもたちやルヴァーナ、そしてたまに顔を出すメアリーとの生活は、これまで知りもしなかった余裕も、他人への親愛や敬意を教えられる日々でもあった。


「みんな久しぶりー! 今日はお土産を持ってきたよ!」


丸太小屋の中で皆で食事を取っていたとき、外からメアリーの声が聞こえたと思ったら、彼女がドアを開けて入ってきた。


メアリーの後ろには狼系獣人のファリスもおり、二人の背中にはパンパンに膨らんだ皮革製の背嚢せのうが見えた。


子どもたちは食事中だということも忘れ、挨拶代わりとばかりに二人に飛びつく。


メアリーとファリスは慣れた様子で子どもらと声を交わし合い、背負っていた背嚢――バックから可愛らしい人形やお菓子、本などを出して渡していた。


グレイシャルはこの光景を初めて見たが、あとで彼がルヴァーナから聞いたところ、メアリーは定期的に子どもたちへこうした贈り物をあげているようだ。


お土産に喜ぶ子どもたちとの時間を終えると、メアリーがグレイシャルに声をかけてくる。


「元気してた、グレイシャル?」


「うん。それなりにね」


いつもの引きつった笑みを浮かべて返事をするグレイシャル。


これでも以前のようにどもることが減ったので、かなりマシになったと言えるのだが、まだまだ下手な愛想笑いだけは直らないでいた。


「その嘘臭い笑い方は相変わらずだな」


「もうファリスったら、久しぶりに会ったってのに、どうしてそんなこと言うのよ」


「ふん」


ファリスは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、さっさとルヴァーナのところへ行ってしまった。


最初に会ったときからそうだったが。


どうやらファリスはグレイシャルのことが好きではないようだった。


「ごめんね、グレイシャル。わたしからも言っておくから許してあげて」


「いや、別に気にしてないよ」


「うんうん、さすがはわたしが見込んだ男。心が広い。じゃあ、わたしもルヴァーナと話があるからまた後でね」


メアリーはコクコクと満足そうに頷くと、奥のテーブルで一人酒瓶に口をつけているルヴァーナのもとへ歩いていく。


彼女にこの丸太小屋に連れてこられてから数週間経った今でも、グレイシャルはメアリーの意図がわからない。


想像するにおそらくは他の子どもたちと同じく、身寄りのない者を集めていることは理解できていたが、メアリーはグレイシャルを自分の旦那にすると言っていたのだ。


どうやらグレイシャルに知識を与えている理由は他の子たちには言っていないようで、彼はずっとそのことが気になっていた。


(でも、なんて訊いたらいいか……。わからないよな……)


かといって気の小さい彼がメアリーに訊ねられるはずもなく、グレイシャルはずっとモヤモヤを抱えたまま日々を過ごしていた。


最初こそ自分が魔導兵士だからとメアリーの前に連れてこられたのだから、無理やり戦わされると思っていたのだが、それでもわざわざ旦那にすると言った意味がわからない。


もしかしたら彼女が西国せいこくの王族だったウェスレグーム家の血筋というのが関係あるとも考えたが、どう考えても王族の血筋を持つという人間が、自分のような出自しゅつじの者を囲う必要は感じない。


さらに謎なのがルヴァーナとメアリーの関係だ。


ルヴァーナは400歳を超えるエルフ族の人間で、喋り方も容姿に似合わない老人の口調をし、メアリーとはまるで親子か兄弟のように接している。


しかしまあ、考えても仕方がない。


と、そう思ったグレイシャルが食べ終えた食器を片付けようとしていると――。


「グレイシャル、ちょっとこっちへ来るのじゃ」


突然、メアリーとファリスと話していたルヴァーナが声をかけてきた。


一体何事だとグレイシャルが彼女たちに近づくと、ルヴァーナはワインを飲んで赤く染まった顔で言う。


「今からお前さんの魔術属性を調べるから、手に持っているものを片付けたら外に出るように」

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