#10

――ルヴァーナにそう言われたグレイシャルは言われた通りにした。


食器を片付け、丸太小屋の外へと行き、先に出ていたルヴァーナ、そしてメアリーとファリスの前に立つ。


「ねえ、ルヴァーナさん。魔術属性って言われても、オレが魔術を使えないのは知っているでしょう?」


グレイシャルは、サングィスリング帝国がまだ名もない組織だった頃に彼らから処置を受け、魔導兵士となった。


魔導兵士とは、魔力のない者に人工的に魔力を与える処置を施された者たちことだ。


通常の火水風土を操るような魔術は使えないが、体内にある魔力を体に纏うことで強力な武器することができる。


グレイシャルは魔力を体に纏わせて戦うことは習ったものの、それ以外に何も教わっていない。


そもそも魔術の原理や属性があることなども、ルヴァーナに教わるまで知らなかったのだ。


今ではここ数週間で覚えたことも多いが、グレイシャルは知識を得た分だけ、自分には魔力があっても魔術は使えないだろうと思うようになっていた。


「もちろん知っておる。じゃがな、わしが外から刺激を与えてやれば、お前さんの属性もわかるじゃろうということじゃ」


フラフラと覚束ない足取りで、グレイシャルに人差し指を突き立てるルヴァーナ。


その顔はアルコールが回っていて緩んで顔も赤くなっているが、彼女はいつもこんな感じなので誰も気にしない。


実はルヴァーナは、メアリーがグレイシャルを連れてくる以前から魔導兵士のことを調べていたようで、つい最近わかったことが増えたという話を始めた。


本来ならば魔力は生まれつき持つ者と持たない者がおり、それを魔導兵士は後天的に魔力を与えることで、それを使用する。


だが後天的に植え付けられた魔力は属性を持たない。


その理由は、本人に魔術のイメージが持てないからだと、ルヴァーナは言う。


「お前さんは魔術がどういうものか、実際よくわかっておらんかったじゃろう?」


「うん。魔力を纏うのだって、ただやらされてたことを繰り返しているうちにできるようになっただけだし」


「そうじゃろうそうじゃろう。じゃあ、早速始めるとするか」


「えッ? ちょっと何するんですか!?」


ルヴァーナは酒瓶をメアリーに渡すと、右手でグレイシャルの頭を鷲掴みした。


何をされるのかと怯えたグレイシャルは逃げようとしたが、次の瞬間、自分の体が光を放ち始め、全身に魔力が行き渡っていくのを感じる。


それは魔力を纏って敵を殴ったり蹴ったりするときの感覚に似ていたが、少し違うと、彼は戸惑いが隠せずにただ立ち尽くしてしまっていた。


そんなグレイシャルに向かってルヴァーナは微笑み、彼の頭から手を放すとその口を開く。


「今お前さんの魔力をわしの魔力で強引に引き出した。次はイメージじゃな。これまでわしが教えたことをやってみろ」


「やってみろって言われてもできないですよ!? 何をどうすればいいんですか!?」


「魔術の原理は教えたじゃろうが。あとは実践あるのみ」


「無理ですぅッ!」


喚くグレイシャルに、ルヴァーナは大きくため息をついていた。


彼女の後ろでは、両目を輝かせているメアリーとどうでもよさそうにしているファリスの姿があった。


メアリーが声を弾ませて言う。


「無理じゃないわよ、グレイシャル! ルヴァーナが言ったようにイメージするの! 自分の中にある魔力を外に出す感じ! まずは手のひらに集めるようにするとできるはず!」


「外に出す感じで……手のひらに集めるように……?」


グレイシャルはメアリーの言う通りにやってみた。


体内に流れる魔力を右手に集中し、それを押し出すようにイメージする。


すると全身に行き渡っていた魔力が動き始め、光の輝きがグレイシャルの右手のみに集まってくる。


「その調子よ! できるじゃないのグレイシャルッ!」


メアリーの歓喜の声を聞き、グレイシャルも思わず笑顔になっていたが、突然彼の手のひらに集まっていた光が変化していった。


集まっていた光はなんと氷霜ひょうそうとなり、グレイシャルの右手が次第にこおりついていく。


「うわぁぁぁッ! なんなんだよこれ!? なんでいきなり手が凍ってるんだッ!?」


「ほう、属性は氷だったか。やはり性格が出るのお。冷めとるものな、お前さんは。もっとも今は燃え盛る炎のように叫んどるが」


「ふざけたこと言ってないでなんとかしてください! このままじゃッ!」


全身が凍る。


恐怖に襲われたグレイシャルは、すでに肩まで凍り始めた右手を振りながら喚くが、もちろんそんなことで止まるはずもなかった。


これは自分の魔力が変化してこんなことになっているのか?


言われた通りやって属性がわかったのはよかったが、自分の魔術で氷漬けになるなんて笑えないと、グレイシャルは慌てて丸太小屋へと走った。


彼なりに考えて湯か、または炊事場で火を付ければなんとかなると思ったのだ。


だがそんなグレイシャルの考えも虚しく、右半身のほとんどが凍りついたため、右足が思うように動かせずに転んでしまう。


「ほれほれ、さっさと魔力を制御せんと、丸太小屋の前にお前さんの氷像ひょうぞうが飾られることになるぞ」


ルヴァーナは地面に倒れ、凍りついていくグレイシャルを見ると、まるでからかうようにそう言った。

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