#11

魔力の制御。


グレイシャルはルヴァーナの口にした言葉の意味を理解できた。


それはここ数週間で教えてもらった魔術の原理や理屈を知ったことで、頭の中では内容を組み立てられる。


つまりは先ほどのように、右手に魔力を集めたのと同じことをすればいい。


「いいわよ、グレイシャル! また右手に集まってきてるわ!」


メアリーが鼓舞こぶするように叫ぶ。


ルヴァーナに教えられたことを実践したグレイシャル。


そのことで右半身を覆っていた氷が解けて、肩から手のひらへと戻っていった。


だがそこからどうすればいいかわからず、グレイシャルは倒れたまま左手で右腕を掴んでただ唸っていた。


ルヴァーナは先ほど渡した酒瓶をメアリーから取ると、グイッと一口飲んでから口を開く。


「そこまでやれてなぜできんのじゃ?」


「そんなこと言われてもできませんよ! うわッ!? またこおってきた!?」


「気を抜くからじゃ。ったく、しょうがないのぉ」


それからルヴァーナは、ヒックッと声を出しながら説明を始めた。


彼女がいうには、魔導兵士として魔力を纏って戦い終わった後と、同じ要領で魔力操作を行えばいい。


いつもやっていたのではないかと、ルヴァーナは呆れながらグレイシャルを見下ろして言った。


「で、でもあれはなんとなくやってることだから!」


「だからそれを自分でコントロールできるようにするために、お前さんにわしの魔力を流したんじゃ。それくらいわかってもよさそうなもんじゃが」


「俺の属性を調べるためって言ってなかったッ!?」


話が変わっている。


グレイシャルはルヴァーナのことをなんて理不尽な先生だと吠えながら、先ほど彼女が言っていたことをやってみた。


まずは拳に魔力を纏う状態をイメージし、それからそれを体内へ戻す感覚を思い出し、そのことだけに集中する。


すると、最初のうちは再びグレイシャルの右手から体へと伸びっていた氷霜ひょうそうが霧へと変わり、次第に宙へと飛散していった。


「やったわ、グレイシャル! さっすがはわたしが見込んだ男ッ!」


メアリーはその場で飛び上がり、その赤髪を激しく揺らしていた。


一方でファリスはやはりどうでもよさそうに自分の獣耳をき、ルヴァーナのほうはウサギのようにピョンピョン跳ねているメアリーを見て、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


グレイシャルはそんな彼女たちのことを見上げながら、ゆっくりと地面から立ち上がる。


一時は自分の魔術で氷漬けになるかと思ったが、どうにか最低限の魔力の制御の仕方は覚えた。


今の感覚を忘れないようにしようと彼が思っていると、苦い顔をしていたルヴァーナがメアリーに声をかけた。


「メアリー、お前はグレイシャルを甘やかし過ぎじゃ。これくらいできんでどうする? 現にお前はすぐにコントロールできたじゃろうが」


「でも凄いものは凄いじゃないの。わたしとは違ってグレイシャルは中途半端に魔力を使えるんだから、まっさらなときから始めるよりもずっと難しそうよ」


注意を受けたメアリーだったが、彼女はけっして引かずにグレイシャルのことを褒め続けていた。


いくら魔術属性や制御を覚えてもらうためとはいえ、いきなり自分の体に異変があったら普通は慌ててしまって失敗するはず。


だがしかし、そんな荒療治でも見事に成功させたグレイシャルを褒めて何がいけないと、メアリーは怒るわけでもなく冷静に言葉を返していた。


彼女は人の良いところを見るのが好きなのだろう。


そして、それを知ると口に出さずにはいられないだろうことは、この場にいる誰もが知っていることだった。


「わしも大したもんじゃとは思っておる。でもじゃな、グレイシャルはまだ歩けぬ赤ん坊ではないんじゃぞ?」


しかし、それでもルヴァーナには彼女なりの教え方というものがある。


こんなちょっとしたことでいちいち褒めていては、グレイシャルが無意識に手を抜きかねないと、ルヴァーナはメアリーに言い返した。


「グレイシャルが褒められて調子に乗るような奴じゃないってことは知っておるが、あまり甘やかすと後々困るのはこいつなんじゃ」


何も言い返せずに「うぐぐ」とうめいていたメアリーは、ガクッと肩を落とすと「はい……」と力なく肩を落としていた。


それがなんだか自分のせいに感じたグレイシャルは、なんとか彼女を励まそうと声をかけようとするが――。


「い、いやあのッ! その、なんていうか! メ、メアリーは……」


上手く口が動かなかった。


グレイシャルがいつもメアリーが自分にしてくれるように元気づけようとしても、彼の中には他人を激励げきれいする言葉が出なかった。


どうしてこんな簡単なことができないのだ?


この丸太小屋の子どもたちだって他の子が落ち込んでいたら心配そうに声をかけるのに、なぜ自分にはそれができない?


グレイシャルは、他人を励ますことがいかに難しいかを味わっていた。


彼が口達者な人間だったらこんなことで悩んだりしないだろう。


だが生まれつきの性質も、そして他人と関わる環境も最悪といえたグレイシャルには、簡単な言葉すら思いつかない。


そのことは彼に、改めて人として備えているべき最低限の人格や良識が欠けていることを考えさせた。


「まあなんじゃ、わしもちと言い過ぎた。すまん、メアリー」


グレイシャルが戸惑っていると、ルヴァーナがメアリーに謝ったことで、彼女は再びいつもの笑顔を取り戻していた。


そんなメアリーのことを見たグレイシャルは、普段の引きつった笑みを浮かべるだけだった。

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