#12

――グレイシャルが魔力の制御を覚えてから数日後。


彼はこれまでと同じく子どもたちと勉強をしながら、魔術に関して次の段階へ進んでいた。


午後の授業が終わり、他の子どもたちが夕食やお風呂の準備をしているとき、グレイシャルはルヴァーナと二人で丸太小屋の外でそれを行っている。


陽が落ちる前の夕暮れの時間帯だ。


「よし、じゃあ今日こそ形にしてみせろ」


相変わらず酒瓶を片手に、フラフラと覚束ない足取りで言ったルヴァーナ。


向かい合っていたグレイシャルは、体内をめぐる魔力を両手へと集める。


手のひらに次第に光が宿り、やがてそれは氷霜ひょうそうへと変わっていく。


「いいぞ。もう魔力を自分の属性にするのは完璧じゃ。あとはそれを思い通りの形に変えたり、放ったりできればよい」


グレイシャルは当たり前のように言うルヴァーナに対し、それができないから練習しているんじゃないかと、両腕を覆い始めた氷霜に意識を集める。


今彼が習っているのは造形魔術。


それはグレイシャルの属性である氷で、物を作るというものだ。


この修業はこの世界にいる魔術師ならば誰でも通る道であり、基礎中の基礎である。


造形魔術を覚えることで、本人のイメージにより、属性から様々な形質、外観、機能、体積。質量を有する物質やエネルギーを作り出すことができる。


わかりやすいところで言えば、グレイシャルと同じ氷の魔術属性を持つ者ならば、魔術で氷像ひょうぞくを作りだしたり、練度が高い者ならば氷の家を一瞬で作り出すことも可能だ。


多くの魔術を扱う者はまずは造形魔術を覚え、そこから独自の魔術を発展させていく。


以前にルヴァーナが風呂上がりで水浸しだったグレイシャルを一瞬で乾かしたのは、彼女が風と火の魔術をコントロールして生み出したオリジナルの魔術である。


それでもそんなことができるのは、彼女がすべての属性の魔術を使え、さらには属性の違う魔術を完璧に操ることができるからに他ならない。


そして当然、ルヴァーナはグレイシャルと同じ氷属性の魔術を使える。


だから彼女と同じ要領でやればすぐにできるはず――と、グレイシャルは思っていたが、制御こそできるようになったものの、その先に進むことが難しかった。


「難しく考え過ぎなんじゃよ。ほれ、見てみろ」


ルヴァーナはグレイシャルにそう声をかけると、手のひらを彼に見せた。


次第に彼女の手のひらに魔力の光が集まると、そこから氷の酒瓶がポンッと現れる。


ルヴァーナは酔っ払っているのにどうしてあんな簡単にできるのだと、グレイシャルはに落ちなかったが(しかも片手で)、意識を両腕の手のひらに集め続けていた。


「別に酒瓶を作れと言っているわけじゃないぞ。お前が想像しやすいもんで構わん」


「えッ!? そんなこと言われても……なにを想像すればいいのか……」


間の抜けた声を出し、グレイシャルの両腕を覆っていた氷霜が光と変わって魔力が飛散していく。


まだ造形魔術をコントロールできない彼では、集中が途切れるとすべて消えてしまうのだ。


「なんじゃ? まさかずっと酒瓶をイメージしとったのか、お前は?」


「だってルヴァーナさんがやってたから、最初はそういうものなのかと思って……」


ルヴァーナは、酒臭い息をグレイシャルに向かって吐いた。


その臭いに思わず仰け反った彼に近づき、ルヴァーナはその額を中指で弾く。


「イタッ!? いきなり何するんですか!? こっちは一生懸命やってるのに!?」


「グレイシャル、お前は人形じゃないんじゃぞ。もっと自由に、もっと創造的に考えろ」


「そんなこと言われたってぇ……」


情けない声を出して俯いたグレイシャル。


ルヴァーナはそんな彼を見ると、大きくため息をついた。


そして彼の両腕をガシッと掴むと、その口を開く。


「こうなったら強引にやるしかないのぉ」


「えぇッ!? な、なにをするつもりですか!?」


グレイシャルは激しく動揺した。


彼は前に無理やり魔力を引き出されたときのように、また凍りつかされると思ったのだ。


だがルヴァーナは、抜け出そうとするグレイシャルを力づくで掴みながら言う。


「なあに、ちょっとお前の頭の中を見て導いてやるだけじゃ」


「よくわかんないけど、やめてください!」


「いいからじっとしていろ」


そう言ったルヴァーナが両目を瞑ると、彼女の魔力がグレイシャルの体に流れ込んできた。


腕から伝わってくるルヴァーナの魔力はそのままグレイシャルの意識へと入ってきて、まるで頭に直接声をかけられているような感覚を覚える。


すると、どういうことだろう。


グレイシャルの両手の手のひらから氷霜が現れ、やがてそれが形をなしていく。


「ほう。なんじゃ、お前にもあるじゃないか」


グレイシャルの手のひらに現れたのは、彼の手に収まる小さな氷像だった。


色が付いていないのでわかりづらいが、それは彼もルヴァーナもよく知っている人物――グレイシャルをこの丸太小屋へ連れてきた少女メアリーだ。


「こ、これは違うッ!」


グレイシャルは慌ててメアリーの氷像を隠した。


ルヴァーナに見えないように抱き込み、顔を真っ赤にして必死に誤魔化そうとしている。


そんな彼を見たルヴァーナは、ニヤリといやらしい笑みを浮かべる。


「何が違うんじゃ? どう見てもメアリー以外の何ものでもないじゃろうが? うんうん。いいのう、若いってのは」


「だからそんなんじゃないって! ただ……こないだ何も言ってあげられなくて……それでずっと……」


「それでずっとメアリーあいつのことを考えていたと。同じことじゃろう? 別に好きな女のことを考えるのは恥ずかしがるようなことじゃない」


黙り込んでしまったグレイシャルに、ルヴァーナは言葉を続ける。


「でもまあ、お前にもそういうところがあって安心したわい。それに今ので造形魔術のコツも少しはつかんだじゃろうて」


「うぅ……ルヴァーナさんの意地悪ぅ……」


思いもよらぬ恥ずかしい目に遭ったグレイシャルだったが。


彼はこの後、自然と造形魔術ができるようになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る