#15

――それからグレイシャルは森を抜けて、地図にあった目的地の目の前へと着いていた。


ルヴァーナから聞いていた通り、馬では通れない近道を移動していたのもあって、走ればあっという間だった。


地図には迷いそうな森での目印なども記載されていて、グレイシャルは改めてあの酔っ払いエルフがとても優秀だということを思い知る。


「地図によるとあの町なんだけど……メアリーたちはまだ来てないみたいだなぁ」


グレイシャルは地図を眺めてしまうと、町のほうを見た。


遠目だが見たところ騒ぎが起こっている様子もないので、メアリーとファリスよりも早く着いてしまったことに困る。


だが先に町へ入っていたほうが、何か起きたときに対応しやすいと思ったグレイシャルは、とりあえず町中のどこかで待機していようと考えた。


メアリーとファリスの断片的な会話や、ルヴァーナから聞いた話から想像するに、相手は人攫いをしているドワーフの集団のはず。


ドワーフ族は背が低くたくましい体をしていて、子どもでもひげを生やしている者が多いのが特徴だ。


そんな連中が集団でいればすぐにわかるだろうと、グレイシャルは町の中へと入っていった。


町には特に柵もなく、歩行者も少なく、酒場、宿屋などの店は開いてはいるが、全体的に沈んだ雰囲気が漂っていた。


さらに警備兵が巡回していないところを見るに、ここはサングィスリング帝国も管理していない小さな町なのだろう。


そういうことなら治安が悪いにもうなづける。


何しろサングィスリング帝国がヴェリアス大陸を統治するようになってから、この大陸にある四つの国は荒れに荒れているのだ。


それでも栄えている地域は比較的安全ではあるが、こんな国の端にあるような町は、帝国から税を取られるだけで、野盗などから守ってすらもらえないのが現状だった。


グレイシャルはサングィスリング帝国から逃亡してしばらく放浪していたのあって、当時こそ頭ではわかっていなかったものの、そのときでも体感的には理解していた。


今はルヴァーナから世情せじょうを教えてもらったのもあって尚更なおさらだ。


「だからメアリーたちは……こういうところを守っているのかな……」


舗装ほそうも何もない地面を見つめながら、グレイシャルが呟く。


メアリーたち“赤の女王”は、裏社会から人を救っている。


それは表立って行動すれば、サングィスリング帝国から目を付けられるからだ。


しかし、当然というべきか。


裏社会は悪人の巣窟そうくつである。


隙を見せれば喰われるような世界だ。


サングィスリング帝国から身を隠しながら、さらに闇に潜む悪人たちとの勢力争いを続ける。


余程の覚悟がなければ、とても続けられるようなことじゃない。


「でも実際はどうなんだろう……? メアリーって、そんな強そうじゃないし……」


ルヴァーナから聞いた話では――。


メアリーは相当な実力者らしいが、グレイシャルから見ればどこにでもいる普通の女の子にしか見えなかった。


彼女とは対照的に狼系獣人の少女ファリスは、そのおっかない雰囲気もあって腕っぷしが強そうだが。


それでもたった二人でドワーフの一団を倒せるものなのだろうかと、グレイシャルは町を歩きながら考えていた。


「でも……だからこそだよね……」


グッと拳を強く握り、決意を固める。


グレイシャルは荒事から彼女たちを守ることで、これまでお世話になってきたことへの恩返しができると考えていた。


ルヴァーナの助言がなければやろうとも思ってなかったことだが。


今の彼は、メアリーに降りかかる火の粉は自分が払うのだと、めずらしくやる気になっている。


「おい、いつまで休んでいるんだ、このチビどもが!」


グレイシャルがひとり意気込んでいると、前のほうから男の怒鳴り声が聞こえてきた。


一体何事かとビクッと身を震わしながらも、彼は声のするほうへと歩を進める。


「だけどよ、こっちはろくに寝てないんだぜ。少しくらい休みをもらわねぇと……」


「ほう。いいのか? そんなことを言って。俺に逆らえばどうなるか、もしかしてまだわかってなかったのか?」


前方にはフルプレート·アーマーを身に付けた男と、その男に怒鳴られているドワーフの集団がいた。


これはまさか聞いていたドワーフの一団かと思ったグレイシャルは、そっと側にあった建物の陰に隠れる。


そして気付かれないように、こっそりと彼らのことを見た。


ドワーフ族は成人してもそれほど背は高くならないが、それにしても小さい者が多かった。


特徴である髭を生やしている者も少なく、グレイシャルはドワーフの一団が自分とそう変わらない年齢なのではないかと思った。


「あの鎧のヤツは、ドワーフには見えないけど……」


その中で目立つのがやはりフルプレート·アーマーを身に付けた男だった。


男は明らかにドワーフよりも背が高く、声も低い。


顔は面部を開閉できるよう蝶番式の面頬の付けられた兜――バシネットのせいでわからなかったが、仕草や態度、体型から見て中年の人族であろう。


なぜ人族の、しかも大人の男がドワーフの集団といるのか?


グレイシャルには考えてもわからなかったため、とりあえず見つけた人攫いだと思われる一団を見張ることにした。


「くッ……わかった……。今すぐやるよ……」


「それでいい。まったく、いちいち口を出させるな。これだからガキは……」


すると人攫いだと思われる一団は、グレイシャルの見えない位置にあった馬車を動かし始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る