#47

声を張り上げたオニキース。


だが、その両足はまるで産まれたばかりの小鹿のように震え、立っているのがやっとといった様子だった。


魔力を纏った拳をモロに喰らったのだ。


むしろ立ち上がったのが奇跡といっていい。


これ以上はとても戦えない――グレイシャルも叫んだメアリーもそう思っていた。


「お、俺を倒したからといっていい気になるなよ! 貴様らも、ここへ来る前に見ているはずだ! 魔導兵士とは違う、我々帝国の新たなる兵隊をな!」


オニキースはそう叫ぶと、自分を支える杖代わりにしていた魔槍まそうリストレントをかかげた。


すると刃の中央部にめ込まれている黒い宝石が輝き始め、禍々しい光を放ち始める。


また雷でも放つのか?


グレイシャルは魔術による攻撃ならばいくらでも防げると考えていたが、それでは先に吠えるように言ったオニキースの言葉とは食い違いと、違和感を覚えていた。


彼とは違い、メアリーのほうは敵の意図に気がついていた。


彼女は傷だらけの体を無理やりに起こし、グレイシャルの隣に並んで言う。


「来るわよ、グレイシャル。あいつの言葉がハッタリじゃなければ、あなたも見たはず」


「来るって……まさかッ!?」


ようやくグレイシャルがオニキースの言葉の意味を理解したとき、領主の間に飾られていた甲冑の置き物が動き出した。


そのフルプレート·アーマーの数は4体。


おそらくすべてアダマント製だ。


アダマントは北国の奥地で採れる超硬度金属のことだ。


加工するのには特別な技術が必要で、さらには希少価値も高い高級品でもある。


以前は北国によってそれぞれの国に輸出されていたが、水蛇災害が起きて以降はサングィスリング帝国が独占している。


その硬度は非常に強固であり、かなり強力な魔法や魔力の高い攻撃、または物理的ダメージを蓄積させ続けないと破壊できないと言われている。


そんな希少な金属を使った武具を、帝国はどのくらい保有しているのか。


先ほどここにたどり着く前に、相性が悪いとファリスが残った場所にいたのが最後だと思われたが、どうやら領主の間に飾られていた鎧甲冑もまた、魔導の力で動かせる兵隊だったようだ。


「貴様らはウェルズ領が手薄になったと聞いて襲撃してきたのだろうが、こちらも対策はしている。この新たな魔導兵がいれば、兵の数などいくらでも増やせるのだ」


これは非常に不味い。


オニキースが魔導兵と呼んだ魔力で動くフルプレート·アーマーは、その動きこそ遅いが、かなりの頑丈さを誇ることは予想できる。


さらにメアリーはすでに満身創痍。


今すぐ治療しないと命に関わるほどの状態だ。


自分だけでこの4体を倒すことができるか?


しかもメアリーを庇いながらの戦い。


正直いって自信がない――と、グレイシャルは歯を食いしばらせていた。


魔導兵が動き出す。


それぞれ剣、槍、斧などを振るい、グレイシャルとメアリーへと襲いかかってくる。


グレイシャルは慌ててメアリーを背後に後退させたが、領主の間がそれほど広くないのもあって、すぐに壁際まで追い詰められてしまった。


避ければメアリーに当たる。


今の彼女が敵の攻撃を喰らったら確実に死ぬ。


それだけは嫌だ。


自分がなんとかしなければ……。


だがいつまで自分の魔力が持つか――と、グレイシャルは向かってくる刃を魔力を纏った拳で払いながら考えていた。


しかし焦れば焦るほど考えがまとまらない。


さらに魔導兵の攻撃は想像以上に重く、このままではやられてしまうと、グレイシャルは泣きそうになっていた。


ここまで来たのに――。


今度こそ彼女を、メアリーを助けることができたのに――。


それがこんな結果で終わるのか?


「奇しくも新旧魔導兵同士の戦い。しかし、それもいつまで持つかな?」


オニキースは隠し持っていた小瓶を飲み干した。


それは魔法の水薬――ポーションだ。


ポーションはヴェリアス大陸で手に入る一般的な回復薬だ。


これは町でも売っているもので、軍などでは必需品とされている。


しかし現在ではアダマントと同じく、すべてサングィスリング帝国が大陸中から奪い取ったため、一般人には手に入らない品物になっていた。


完全に傷が癒えるというわけではなかったが(顔は腫れ上がったままだ)、オニキースは笑みを浮かべながら小瓶を床に放り投げている。


「あいつまでまた戦えるようになっちゃった……」


グレイシャルは、こらえていた涙がこぼれ落ちそうになっていた。


仮に魔導兵を4体に勝つことができても、ポーションのせいでオニキースと再び戦わなければならなくなった。


こんな絶体絶命の状況を、どうやって乗り切ればいいんだと今にも泣き喚きたくなっている。


「大丈夫よ、グレイシャル。わたしたちなら必ずこの窮地きゅうちだっすることができるわ」


そんなグレイシャルにメアリーが声をかけた。


彼女はまるで死人のような青白い顔で笑みを浮かべ、この絶望的な状況でもまだあきらめてはいない。


いくらメアリーでも無理だ。


グレイシャルはそんな彼女の顔を見ながらそう思ったが――。


「あのときほど……アドウェルザーと戦ったときほどじゃない……。そうでしょ、グレイシャル」


彼女が後に口にした言葉を聞き、ハッと我に返った。

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