#35

それからガルノルフは、剣術について話し始めた。


ヴェリアス大陸には大きく分けて二つの流派があり、その一つがメアリーが使う西陸流せいりくりゅうと、もう一つが東陸流とうりくりゅうだ。


それぞれ名前からわかる通り、西陸流は西国せいこく、東陸流は東国とうこくで生まれた剣技である。


戦闘スタイルとしては、西陸流は速度と攻撃力に特化した技を得意とし、いわば攻めの剣。


対する東陸流は、受け流しとカウンターを主体とした防御に特化した流派で、両流派はまさに対極ともいえる剣技である。


たとえ道場や師を持たない者であっても、生まれた国や関係で自然とどちらかの流派にかたよると言われている。


ガルノルフの説明を聞いていると、ファリスが不可解そうに彼に訊ねた。


「おい、ガルノルフ。だったらあたしはなに流になんだよ? 一応あたしも刃物を使う戦い方をするぞ。もしかしてあたしみてぇなタイプってかなり特別なのか?」


「お前のスタイルなんてド素人から見てもわかるだろ」


ファリスは正確には剣士ではない。


それでも短刀術を得意とするファリスは、戦い方を誰かに学んだわけではない完全な我流だが、彼女の生まれが西国というのもあってどちらかというと西陸流のスタイルに近い。


それと長年一緒にいるメアリーの影響も大きいので間違いなく西陸流だろうと、ガルノルフは答えた。


「言われてみるとたしかにファリスは攻めのスタイルよね。しかもわたし以上に。ふーん、でもずいぶん剣技に詳しいのね、ガルノルフ。あなたは斧とか戦鎚せんついを使ってるから、ちょっと意外」


「鍛冶職人の工房にいりゃ勝手に覚える知識だよ。それで話を戻すと、アドウェルザーは西陸流と東陸流の両方を極めた、いってみりゃ東西流剣術ってとこか」


「なにそれ? ただ名前をくっつけただけじゃないの」


ガルノルフが得意気に言うと、メアリーはクスッと笑って突っ込みを入れた。


彼女の言う通りだと赤の女王のメンバーも笑い出し、なんだか語彙力ごいりょくのなさを露呈ろていしてしまったと言いたげに、ガルノルフの顔が真っ赤になっていた。


すっかりいつもの笑顔の多い和やかな雰囲気になる中で、メアリーはその包帯に巻かれた拳を突き上げて言う。


「よし、じゃあアドウェルザーを仲間に入れることには失敗しちゃったけど。わたしたちのウェルズ領の攻略にそれは関係ってことで! 明日の夜に作戦を決行しましょうッ!」


リーダーの決定に、人族、獣人族、ドワーフ族の少年少女らが歓声を返した。


自分たちの手で西国を取り戻すのだと、誰もが声を張り上げてメアリーと同じように拳を突き上げている。


もはや迷いも悩みも一切ない、皆、覇気に満ちた状態だ。


グレイシャルはそんな光景を眺めながら、メアリーが元気になったことを喜び、そっと地下室から出ていった。


彼だけが味方の熱狂にあおられることもなく、笑みを浮かべながらもどこか悲しそうな顔をしていた。


「オレは……ここにいてもいいのかな……」


灯りのない階段をゆっくりとのぼりながら、そう呟いたグレイシャル。


アドウェルザーの一件で彼を責める者はファリスだけだったが、それでもやはり心に残った自責の念は消えない。


いくらメアリーが皆の前で、すべての責任は軽率な行動をした自分にあると言ってくれても、それで気分は晴れやしない。


なんせグレイシャルは本来守るべき大事な人を守れず、その人を命の危険にさらしてしまったからだ。


さらにいえば、むしろ自分が守られていた。


考えてみれば2年前もそうだ。


アダマント製の武具を前に手も足も出ず、今回もまた同じ結果だった。


魔導兵士の力が通用しなかったというだけで戦意損失し、メアリーのようにたとえかなわなくでも相手に向かっていく闘争心を持てなかった。


ファリスに言われたように、自分はメアリーが血塗れにされたとき、一体何をしていた?


ただ小突かれただけで嘔吐おうとしてその場に屈し、恐怖に震えながら敵にされるがままだっただけじゃないか……。


考えれば考えるほどに。


グレイシャルは自分の無力さに打ちのめされていった。


今度こそメアリーの役に立ちたいと言って、森を出てきたのにと。


「ねえ、グレイシャル!」


グレイシャルが一階にたどり着くと、背後から声が聞こえた。


振り返ると、そこにはメアリーが息を切らして立っていた。


おそらく地下室を出ていった彼の姿に気がついて、慌てて追いかけてきたのだろう。


メアリーは肩で息をしながら、振り返ったグレイシャルに向かって口を開く。


「ちょっと今からいい?」


「オレはいいけど……。明日のためにも少しでも休んでたほうがいいんじゃない?」


メアリーから視線をそらしながら返事をしたグレイシャル。


だが彼女はそんな態度など気にせずに、彼の手を取って駆け出す。


「よかった! グレイシャルがいいなら話したいことがあるの!」


そして、驚いているグレイシャルに向かってそう言って笑った。


そのときのグレイシャルは、本当は放っておいてほしいと、手を引かれながら内心で呟くのだった。

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