#34

全身のほとんどを包帯で巻いているメアリー。


なんとも痛々しい姿ではあったが、その顔にはいつも彼女が放っている覇気に満ち溢れている。


それを見た赤の女王のメンバーは皆、一斉にリーダーの前に群がった。


体は大丈夫なのか、もう動いて平気なのかと、誰もがメアリーのことを心配している。


ファリスなどは目に涙を浮かべて彼女にすがりつき、今にも泣き喚きそうな顔をしていた。


「よしよし、そんな顔しないで、ファリス。みんなにも心配かけちゃったわね、ごめんなさい」


「いや、別にお嬢が謝ることはねぇんだが……。その……動いて大丈夫なのかよ、その体で?」


メアリーがファリスの頭を撫で、仲間たち一人ひとりの顔を見て謝ると、ガルノルフが先ほどから皆が口にしていることを改めて訊いた。


訊ねれたメアリーは、拳をグッと突き上げると、笑顔で彼に答える。


「これくらいで寝てなんかいられないわよ。この日のためにみんなには頑張ってもらっていたし。特にガルノルフなんか一番大変だったでしょう?」


メアリーの返事を聞いたガルノルフは、言葉を失っていた。


それは他の赤の女王のメンバーも同じで、誰もが信じられないといった表情で立ち尽くしている。


「いや、俺のことは別にいいんだが……」


ようやく口を開いたガルノルフだが、彼はメアリーの作戦の参加を止めることもできず、酷く戸惑っていた。


メアリーが無理をしているのはわかり切っている。


赤の女王のメンバーに医者や治癒魔術が使える者はいないが、彼女の怪我の具合が重傷だということは素人から見ても明らかだ。


そんな状態で戦いに身を投じようものなら、確実に命の危険がある。


しかしメアリーがやるといったらやると決めたとき、それが止めても無駄だということは、彼女をよく知る者ならば理解していることだった。


誰も何も言えず、ただ満身創痍に姿であるリーダーを見つめる中――。


急に涙を拭って顔を上げたファリスが、皆に向かって叫ぶかのように皆へ言う。


「メア姉がやるって言うからにはやるんだよ! 心配なんていらねぇ! メア姉に手を出すヤツはあたしが全員ぶっ殺すからなッ!」


ファリスの言葉を聞き、その場にいた全員の表情が明るいものになっていく。


そうだ、いくらメアリーが戦えなくとも、彼女が傍にいるだけで自分たちは奮い立つ。


何があっても自分たちがリーダーを守ればいいと、赤の女王のメンバー全員が拳を握り込んでいた。


「みんなもう聞いているかも知れないけど、一応話しておくね」


メアリーはそんな仲間たちに向かって、笑顔のまま話を始めた。


彼女がどうして大怪我を負ったのかを。


そして、その負傷はすべて自分の軽率な行動に問題があったからだと。


「アドウェルザーって、名前くらいは聞いたことあるでしょ? あの生きる伝説って言われてる男の人。実は偶然、ウェルズ領に来る途中で彼に出会ったんだけど」


メアリーはアドウェルザーとウェルズ領内へ入る山岳地帯――岩壁に囲まれている道で顔を合わせ、今回のウェルズ領の攻略に力を貸してほしいと頼んだ。


アドウェルザーはヴェリアス大陸で魔術、武芸をたしなむ者で、彼の名を知らない人間はいないほどの男だ。


もし味方陣営に引き入れられれば、ウェルズ領の攻略が完全なものになるという考えから、メアリーは報酬ならばいくらでも払うと声をかけた。


だがその結果は――。


「そしたらいきなり何を勘違いしたのか、わたしたちが彼の探している敵と関りがある思ったみたいで、それで殺されそうになったのよね」


今メアリーが仲間たちに話していることは、すでにグレイシャルから伝えられていたが、彼女本人が語ったことは少し違っていた。


それはグレイシャルに非がないことを強調するもので、あくまで自分がアドウェルザーに声をかけなければこんな怪我は負わなかったと、彼女はまるで他人事のように話した。


ちなみにグレイシャルがガルノルフたちに話した内容は、アドウェルザーが彼を狙ってきてメアリーが命を懸けて助けてくれたというものだった。


その違いから、メアリーがグレイシャルをかばっているのは誰の目から見ても明らかだった。


彼女はそういう人間だ。


誰かひとりに責任を押しつけるような真似をするくらいなら、すべて自分が悪かったというような、人の上に立つ者ならば当たり前に持ち合わせている責任感がある。


赤の女王のメンバーは皆、そんなメアリーだからこそついて来ているのだ。


仲間内で新参者といえるガルノルフたちドワーフ族らも、強引にメンバーに入れられても心からメアリーに忠誠を誓うようになったのは、彼女のこういった人柄に寄るところが大きい。


今は亡き西国せいこく王家のウェスレグーム家の血筋だと自称する赤い髪の少女は、それが嘘か本当か誰にも明らかにできないが、仲間たちの誰もそんなことは小さなことだと考えている。


それはメアリーには、この人についていきたいと思わせるところがあるからだ。


「アドウェルザーには炎の魔術も西陸流せいりくりゅうの技も全然通じなくてさ。今わたしができる最大の無双九連も簡単に返されちゃって、ホントまだまだだなって思わされちゃったわね。さすがは生きる伝説って感じ」


自分の失敗談を語るように笑うメアリーを見て、赤の女王のメンバーも彼女につられて笑う。


アドウェルザーなんて男、本当に存在していたんだなとか。


メアリーが敵わないなんてどんだけ強いんだよとか。


仲間たちから声が漏れ、終わった悲劇を吹き飛ばす空気が広がり始めていた。


「まあ、アドウェルザーは元々は魔術師だったらしいし、さらに二大流派の達人だって話だしな」


アドウェルザーをまるで竜か何かの怪物だと話が盛り上がる中、ガルノルフが説明口調で話に入ってきた。

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