#33

――それから数日後。


隠れ家にある地下室の稽古場で、ウェルズ領の攻略についての話し合いが行われた。


その場にはメアリーを除く“赤の女王”のメンバーがすべて集まっており、皆、不安そうな面持ちでいる。


「じゃあ、作戦を決行するかどうか、全員の意見を聞きたい」


話し合いの進行役は、ガルノルフがやっていた。


彼はファリスや古参の仲間たちに比べると、組織に入って短い立場であったが、これまでの功績や年長者というのもあって誰も文句は言わない。


むしろこういうときは、周囲が率先してガルノルフに任せることが多かった。


ガルノルフの問いに、メンバーの誰もが口をつぐんでいた。


重苦しい雰囲気が地下室を覆い尽くしている。


これは集まる前からのもので、皆メアリーが重傷を負って運ばれてきてからは、誰もが浮かない顔になっていた。


それも当然のことだった。


メアリーの強さは、赤の女王のメンバーならば誰でも知っていることだ。


剣を振るえば立ちどころに敵を叩き伏せ、どんな状況においても笑顔で味方を奮い立たせる。


そんな太陽のような存在だったメアリーが、まさかの瀕死の状態なのだ。


実力でいえばファリスも彼女に負けてはいなかったが、精神的な支柱を失った彼ら彼女らの失意は想像に難くない。


「誰も意見はないのか? なら、ファリス。お前はどう思う? やるべきか、それとも日を改めるべきか?」


「そんなもん決まってんだろ。メア姉が参加できなきゃ、ウェルズ領を取ったってあたしらは賊扱いされて終わりだよ。領民もついてきてくれるはずがねぇ」


ファリスは、話し合いなど無駄だと言いたそうに答えた。


これは彼女だけの考えではなく、誰も口にはしていないが、組織のメンバー全員の考えだった。


これまで長い期間を経て、ようやく絶好の機会を得たウェルズ領の攻略作戦。


現在はここウェルズ領――西国せいこくにいる多くのサングィスリング帝国の将兵が、上からの命令でヴェリアス大陸の中央に集められる。


残ってウェルズ領を任されるのは、帝国の幹部のひとりであるオニキースのみ。


槍使いとして名の通った男ではあるが、領内の兵が一気に半分以下になるという赤の女王にとってはまたとないチャンスだった。


兵の数ではそれでも五分といったところではあるが、勝率はかなり高い。


この機を逃したら次はいつになるのか。


何年何十年後か、またはもうこんな機会は訪れないかもしれない。


しかし、ファリスの言葉からわかる通り、メアリーなくしてウェルズ領を手に入れても意味がない。


西国の王族――ウェスレグーム家の血筋である彼女という旗印がなければ、領民たちの目に赤の女王は単なる賊軍にしか映らない。


「お前の意見に反対するってわけじゃないが、俺たちが赤の女王を名乗ればなんとかなる気もする」


「ガルノルフ、お前もわかってて言ってんだろ? 最初のうちはいいさ。でもな、戦いが終わった後もメア姉が出てこなかったら、いくらあたしらが赤の女王を名乗っても無駄になる」


「そこは上手くよぉ……」


「仮に目を覚ましたとして、領内を安定させる激務に耐えられる体力があるはずもねぇ。死んでもやれってメア姉に言うつもりか? あたしは反対だ。メア姉に無理をさせたくねぇよ」


「あぁ……ったく、なんとかなんねぇのかよ……」


ガルノルフは必死になって、どうすればいいのか頭をひねっていた。


たとえ敵の将であるオニキースを倒してもメアリーが動けねば、戦闘後の領内の混乱を収められない。


動けても戦後の雑務で倒れれば、それこそ本末転倒だ。


重かった雰囲気がさらに増していく。


その中にはグレイシャルも当然いたが、彼は生気の抜けた顔で壁に寄りかかっているだけだった。


グレイシャルにはウェルズ領の攻略など頭になく、アドウェルザーとの戦いでメアリーに怪我をさせてしまったことへの自責の念に駆られていた。


凄まじい罪悪感が止まることなく頭の中で動き回り、あのときの――メアリーが死に物狂いで自分のために敵に向かっていく姿だけが、何度も脳裏に浮かんでいる。


体の傷はもう癒えていたが、今のグレイシャルはとても戦えるような精神状態ではなかった。


だがそれでも彼は、メアリー不在の赤の女王がウェルズ領を攻略作戦を実行に移すならば参加するつもりだ。


それが彼女の成し遂げたいことである限り、たとえ役に立たなくとも皆の盾くらいにはなってみせると。


だがどうやら話し合いの結果として、今回のウェルズ領の攻略作戦は中止になりそうだった。


正直いってガルノルフ以外のメンバーがファリスの意見に賛成なのは、口を開かなくてもわかる。


沈黙が答えになっている。


この状況を変えるのは不可能。


やはり今回のウェルズ領の攻略には、メアリーの参戦は必要不可欠だった。


「しょうがねぇ……。じゃあ、明日の朝にでも引き上げの準備に入るか」


ガルノルフが顔をしかめながらそう言ったとき――。


突然、地下室の扉が開いた。


赤の女王のメンバーは一部を除き、すべてここに集まっていたはずだが――。


「みんな、なにをそんな暗い顔してるのよ? これからウェルズ領を取り戻すっていうのに、そんな顔してちゃ勝てるいくさも勝てないわよ」


部屋に入ってきたのは、意識を失っていたはずの赤い髪の少女メアリーだった。

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