#32
――薄暗い室内。
その天井にはぼんやりとだが、無数のシミが見えた。
「ここは……?」
見知らぬ部屋の中で、グレイシャルは目を覚ました。
ベットから体を起こし、自分の胸に手を当てる。
そこには傷がなかった。
おかしい?
たしかに刃がここを貫いたのに……。
グレイシャルは自分がアドウェルザーの剣によって胴体を貫かれ、死にかけていたことを思い出していた。
だが生きていることの不可解さよりも殺されかけたという現実が、彼から考えることを奪い去っていく。
恐怖で体が震え、呼吸すら苦しくなる。
さらにはヴェリアス大陸中を襲ったヒュドラの群れ――水蛇災害での出来事が不意によみがえった。
死に直面したせいで、
もう4年も前の話だが、魔導兵士として使い捨ての
グレイシャルがひとり自分のことを抱きしめるように震えていると、部屋の扉が開いた。
「起きたか、グレイシャル!?」
それは、小柄ながらも筋骨隆々の青年――
ガルノルフは震えながら視線を向けてきたグレイシャルに近寄り、彼の肩を
何があったのかを訊きたいところだが、ドワーフ族の青年は、それよりも仲間の少年のことを気遣った。
しばらくの間、部屋をの中沈黙が包む。
そして、徐々にだが震えが収まってきたグレイシャルに、ガルノルフは静かに訊ねた。
「一体誰にやられたんだ? お嬢なんか酷い状態だったぞ」
「メアリー……。そうだ! メアリーは無事なんですか、ガルノルフさんッ!?」
グレイシャルはガルノルフに飛びついた。
メアリーの名を連呼し、今彼女がどこへいるのかと声を荒げる。
ガルノルフは沈んだ表情になると、彼に動けるかを訊ねて、メアリーが今隣の部屋にいることを伝えた。
そのことを聞いたグレイシャルは部屋を飛び出した。
裸足のまま、裸同然の格好で知らない廊下を走り、目に入った扉を開けて中へと入る。
「メアリー……メアリィィィ……ッ!」
そこには全身に包帯を巻かれ、ベットで眠っているメアリーの姿があった。
部屋の中には彼女の他に“赤の女王”のメンバーが数人いたが、グレイシャルの目には誰も入っていなかった。
ただメアリーが横になっているのを見て、彼はその場に崩れる。
両膝をつき、彼女の無惨な姿を見つめて泣いているだけだ。
そんなグレイシャルに、赤の女王のメンバーの中からある人物が近づいてきて、彼の首根っこを掴んで強引に立たせた。
それは獣の耳と尻尾がある狼系の獣人の少女――メアリーの
ファリスはまるで親の仇でも見るような目でグレイシャルを睨みながら、彼に向かって声を荒げる。
「なにしてたんだよ、お前は!? メア姉がこんなになってんのに!? お前はそのときなにしてたんだッ!」
彼女がグレイシャルを責め立てると、後を追って来ていたガルノルフが慌てて止めに入った。
そんな彼に続いて、赤の女王のメンバーも一斉に、ファリスとグレイシャルのことを引き離す。
仲間に引き離されながらも、ファリスは言葉を続けた。
それはやはりグレイシャルを責めるような荒い言葉だったが、一体どうして2人が仲間たちのところにいるのかの説明でもあった。
なんでも怒り狂っているファリスが言うには、ここはウェルズ領の中心街で、ガルノルフが隠れ家として赤の女王のメンバーを集めているところだった。
そしてほんの数時間前に、気を失ったグレイシャルと
彼らを運んできたのは30代後半くらいに見える男と、口から牙が見える少年だったという。
共に白い髪と紫色の瞳を持った2人組で、明らかに旅の武芸者とその子どもといった感じだったと、ファリスの話にガルノルフが
「あいつらが……? どうして……?」
グレイシャルは、それが自分たちを襲ったアドウェルザーだとすぐにわかった。
白い髪と紫色の瞳を持つ大人と子どもの2人組など、そう見かけるものではない。
だがそんなことよりもグレイシャルが理解できなかったのは、アドウェルザーらが自分とメアリーを助けたことだ。
問答無用で襲いかかってきた男が、なぜわざわざ仲間のところまで運んでくれたのか?
それにグレイシャルがアドウェルザーにつけられた傷も綺麗に消えている。
多少の
どうして殺そうとした相手を助けたのか?
グレイシャルはわけがわからず、ただ頭を抱えてその場に屈してしまった。
「なんで……助けたんならなんでメアリーの傷も治してくれなんだよぉ……」
そう呟き、再び泣き出したグレイシャルを見たガルノルフたち赤の女王のメンバーらは、彼が余程、恐ろしい目に遭ったのだと理解した。
だがそんな中、ファリスだけはグレイシャルを睨み続けていた。
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