#49

ルヴァーナとの森での日々が唐突とうとつが思い出される。


彼女はグレイシャルに戦い方など一切教えなかった。


もちろん西陸流せいりくりゅうという武芸の流派や、槍との戦闘の仕方などもだ。


グレイシャルが彼女から習ったのは文字の読み書きや世情せじょうなどの一般的な知識。


そして、人工的に定着させられた魔導兵士としての力――魔力から発展させた造形魔術だけだった。


ルヴァーナのおかげで人並みの教養と自分の魔術属性を知ったグレイシャルは、日々研鑽けんさんはげんだ。


それは彼を戦士にするというよりは自己を見つめることに近く、グレイシャルはルヴァーナから教えてもらった造形魔術から、想像力という概念がいねんを理論や理屈で覚えた。


これまでの12年間――。


ただ他人に言われたことだけを覚え、やらされてきた少年は、頭で理解するということを知らなかった。


だが、今は違う。


メアリーにルヴァーナのところへ連れて行かれ、そこでグレイシャルは自分で考えるということを覚えた。


イメージをすることを――想像することを教えてもらった。


今でも体と頭に染みついた、すべてを感覚でやってしまう癖は抜けきっていないが、冷静さにさえなれば、その両方を実践できる。


グレイシャルがルヴァーナのもとで学んだ2年間は、感覚と思考を同時にこなすことだった。


感じたものを頭で理解し、湧き出る想像力を形にする。


グレイシャルの脳裏に浮かぶルヴァーナが、彼に向かって言う。


「思いは想像力をはぐくむ。そして奇跡を生む魔術は想像なしにはあり得ない」


酒瓶を片手に、エルフ族の師が言葉を続ける。


「想像が魔術のみなもとならば、すべての奇跡もまた想像によって作られる。人はそれを魔術という」


そう――。


今のグレイシャルは以前とは違う。


これまで嫌々でも鍛えてきた魔力を、魔術として表現できる。


それは持たざる少年にとって奇跡だった。


ルヴァーナの言葉――想像によってもたされる奇跡を魔術と呼ぶならば、それが今のグレイシャルにも起こせるはずだ。


必ずメアリーを守る。


そして、彼女や仲間たちと共にウェルズ領を手に入れる。


そのために、自分が敵を倒すイメージを持てと、グレイシャルは思考を巡らせながら、愚直ぐちょくに前に出る。


すでにオニキースの槍を避け切れず、雷が体をかすめながらも、それでも歩みを止めない。


「その根性だけは褒めてやる。だが、これで止めだ!」


オニキースが勝負に出た。


槍の連打を止めて柄の握り方を変える。


「西陸流槍術、残像突きッ!」


張り上げた声と同時に、オニキースの姿がいくつも現れた。


西陸流は速度と攻撃力に特化した技を得意とし、いわば攻めの流派。


その技の一つとして――移動と停止を超スピードで繰り返すことで敵の眼に残像を写し、翻弄ほんろうさせることが可能である。


さらに残像が繰り出す攻撃は、そのまま実体を持つ。


「これで終わりだ、小僧ッ!」


5人となったオニキースが槍を同時に放った。


今のグレイシャルにはとても避けきれない。


いや、彼は避けるつもりがなかった。


なんとこの状況でグレイシャルは、両手を前にかざして立っていた。


すると全身に行き渡っていた魔力が動き始め、光の輝きが両腕に集まってくる。


集まっていた光はなんと氷霜ひょうそうとなり、翳した両手が次第にこおりついていく。


「アイシング ハーデンッ!」


氷の壁が現れて槍を防ぎ、さらに氷霜がオニキースの体をおおっていく。


オニキースの動きが鈍る――というか身動きひとつできない。


「バカな!? 魔導兵士が魔術だとッ!? そんなことできるはずがない!?」


「できないことをやるから……奇跡というんだッ!」


グレイシャルは前に飛び出していた。


右の拳に魔力を纏い、跳躍ちょうやくしてオニキースの顔面に一撃ぶち込む。


まともに殴りつけられたオニキースはそのまま吹き飛び、壁へと叩きつけられた。


だがグレイシャルもまた魔力を使い果たし、その場に崩れ落ちてしまう。


「くッ!? 情けないけど……これ以上は無理だぁ……」


それでもグレイシャルは勝利を確信していた。


アダマント製の鎧ではなく、生身の顔を魔力を纏った拳で打ち抜いたのだ。


絶対に立てるはずがないと、魔力切れを自嘲しながらも壁にめり込んだオニキースのほうを見る。


「ぐわぁぁぁッ! ふざけるなッ! 使い捨ての道具が魔術など覚えおってぇぇぇッ!」


「な……ッ!? そ、そんなぁ……まだ動けるなんて……」


血反吐を吐きながらもオニキースは立ち上がった。


もはや怒りとダメージで我を忘れているが、槍を手に取ることもせずに片膝をついているグレイシャルへと突っ込んでくる。


ダメだ、やられる!?


グレイシャルは死を覚悟した。


だが次の瞬間、彼の想像を超えることが起こる。


「できないことをやる……それが奇跡なんでしょ、グレイシャル? だったらわたしだってッ!」


メアリーがロングソードを握り、突進してくるオニキースに向かって行っていた。


彼女は声を張り上げながら剣を構え、白目をむいて咆哮ほうこうする敵へと技を放つ。


「はぁぁぁッ! 無双九連!」


放たれた閃光が九つ同時にオニキースの体を打ち抜いた。


その攻撃でまたも壁に叩きつけられたオニキースは、そのまま衝撃で破壊された領主の間の壁にその身を沈める。


もはやオニキースはピクリとも動かない。


グレイシャルとメアリーの勝利だ。


「立てる? って言っても……わたしも限界なんだけどぉ……」


「メアリー!? メアリィィィッ!?」


メアリーはグレイシャルを振り返っていつもの笑みを見せると、そのままバタリと倒れた。

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