#42

ファリスに後を任せ、グレイシャルはただ走る。


彼女ならば大丈夫だと、何度も心の中で叫びながらメアリーのいる領主の間へと駆けていく。


そう――ファリスは自分よりも強いのだ。


あんな動きの鈍い鎧人形の集団なんかには負けないと、彼女ならばなんとかできると、湧き出る罪悪感を抑え込む。


ファリスもガルノルフも、そして赤の女王のメンバーみんなの代わりに、自分がメアリーを助けるのだと、グレイシャルは改めて思った。


覚悟ならとっくに決めていた。


もう迷わない。


何があっても情けないことは考えない。


今はただ大事な人のために戦う。


「くッ!? こんなときになんで涙が出るんだよ!」


目頭が熱くなる。


胸や肩が重くなる。


ずっと走りっぱなしだったからか?


いや、違う。


これは皆の想いを背負っているからだ。


そして、それは自分やメアリーの想いでもある。


グレイシャルは今にもこぼれ落ちそうな涙を拭い、領主の間へとたどり着いた。


扉は開いていた。


中からは激しい金属音が鳴り響いている。


すでにメアリーが戦っているのだ。


凄まじい金属の打撃音は鳴り止まず、戦いの激しさがそれを物語っていた。


あの重傷でここまでできるなんて――。


だが、彼女がいつまでも戦えるはずがない。


もし全身の傷口が開いたら、血を流しすぎて死んでしまう可能性だってある。


一刻も早く彼女の加勢をしなければと、グレイシャルは領主の間へと踏み込む。


「無双三連ッ!」


グレイシャルが中へと入った瞬間、メアリーの剣技――西陸流せいりくりゅうの技が放たれた。


閃光のような三段突きが同時に襲いかかったが、敵はフンッと鼻を鳴らして叫ぶ。


「遅いぞ、小娘ッ!」


「キャァァァッ!」


敵の反撃でメアリーは壁へと叩きつけられた。


彼女の技が破られた?


言葉にならない驚愕がグレイシャルを襲ったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


叫びながら吹き飛ばされていく姿を見た彼は、すぐに彼女の傍へと駆け寄る。


「メアリー!? 大丈夫!? しっかりしてッ!」


「グ、グレイシャル……? どうしてあなたがここに……?」


息も絶え絶えのメアリーを優しく抱き起したグレイシャルは、彼女の傷の具合を見た。


全身に巻かれた包帯から血がにじみ、ふさがっていた傷口が開いてしまっている。


もう戦えそうにない。


いや違う。


そもそもメアリーは、すでに戦えるような体ではなかったのだ。


それなのに無理をして、仲間たちをふるい立たせるために戦場へと出てきた。


グレイシャルはそんなメアリーをいとしく思い、彼女を優しく寝かせて敵のほうへ体を向ける。


「小僧、今度は貴様が相手をしてくれるのか?」


短く刈り上げた黒髪に、黒い甲冑を身に付けた屈強な体を持つ大男。


その手には禍々しく光る黒い宝石が埋め込まれた槍が見える。


見たことはないが間違いない。


話してきていた男は、サングィスリング帝国の幹部である槍使いオニキースだ。


「オニキース……よくも彼女を傷つけたなッ!」


めずらしく感情的になるグレイシャル。


それも当然だ。


ここへ来るまでに背負った仲間たちの想いに加えて、さらに目の前で大事な人が傷つけられたのだ。


たとえ襲撃したのがこちら側だとしても、今のグレイシャルにはどうでもいい理屈だ。


対するオニキースは、拳を握ってその身を震わせてにらんでくるグレイシャルを見て、呆れるように笑う。


「俺は賊を排除しようとしただけだ。それにしても手ごたえがなかったな。赤の女王のリーダーだったか? 身のこなしも技も、まったく話にならんレベルだ」


「あなたになにがわかる!? メアリーは戦う前から大怪我していたんだ! 動きが悪くて当然だろう!?」


わめくな、小僧。耳障みみざわりでしょうがない」


オニキースはうんざりした様子でそう言うと、持っていた槍を風車のように回し、体をほぐすように両手を動かした。


そしてピタッと槍を止めると、グレイシャルを見据えて言う。


「そんな言い訳が戦場で通用すると思っているのなら、貴様はここへ来るべきではなかった」


「なにをえらそうになことをッ!」


「貴様の尺度しゃくどまで落としていえば、その小娘は偉かったぞ。なにせ今の貴様が口にした言い訳は一切いわなかったからな」


「当たり前だ! メアリーが泣き言をいうような子だったら、こんな体でひとりで戦ったりするもんか!」


そう叫び返したグレイシャルは、オニキースへと飛びかかった。


拳に魔力を纏い、そのふんぞり返った態度をできないようにしてやると、走りながら右腕を振りかぶった。


向かってくるグレイシャルに対し、オニキースは槍を構えて放たれた拳を受ける。


領主の間にグレイシャルの拳に纏った光と轟音が響き渡った。


「この力……まさか貴様、魔導兵士か?」


「だったらなんだ!?」


叫ぶような返事を聞き、オニキースの口元がニヤリと上がる。


「ならば貴様を殺すわけにはいかんな。必ず捕らえて、リベデラット殿どののもとへ送らねば」

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