#52

――その後、朝食を終えたグレイシャルは、ガルノルフが待っているという地下へと向かった。


暗い廊下には、松明を掛けるためのフックがあり、先に入っているガルノルフが付けてくれたのか、点々と光が灯っている。


そんな中を進みながら、グレイシャルはガルノルフが自分に何の話があるのかを考えていた。


ウェルズ領を手にし、これからのことはすでに中庭で皆を集めて話している。


とりあえずまだ決定ではないが。


メアリーが完全に回復するまでの間は、領内の安定と今後サングィスリング帝国と事を構えるため、内政と軍備の強化が当面の目的となった。


幸い領内に住む貴族や民は、赤の女王を受け入れている。


さらに先ほど聞いた話では、領内に残っている帝国の残存勢力はファリスが数人と仲間を連れて対処しているはずだ。


この状況でメアリーが動けるようになり、話がどう変わるかはグレイシャルには想像がつかない。


「でも……なんかすっごく怖い顔してたなぁ……」


席を立ったときのガルノルフの表情を思い出す。


あれは何か心配事があるからだろうとは推測できるが、ガルノルフは一体なんの話をしようとしているのか?


グレイシャルが考えながら進んでいると、奥にガルノルフの姿が見えてきた。


「おう、わりぃな。いきなり呼び出しちまってよ」


「それはいいんですけど……。話ってなんなんですか? しかもわざわざこんなところで」


「なあに、お前には先に知っておいてもらったほうがいいと思ってよ。ついて来てくれ。この先だ」


そう言ったガルノルフは地下内部を進んでいった。


グレイシャルはふとメアリーたちが城内に入るときに地下通路を使った話を思い出したが、どうやらそれは違う別のものだと、すぐに理解した。


奥に進むと鉄格子が目に入り、そこには捕らえた帝国兵たちが牢屋に入れられていたからだった。


どうやら襲撃で受けた傷は治療されているようで、帝国兵たちは包帯だらけに体で暗がりでうつむいている。


尋問ならすでにガルノルフ立会いの下、ファリスが担当して終わらせているはずだがと、グレイシャルは黙ったまま後に続く。


しばらく牢屋が並ぶ道を進むと、奥に扉が見えた。


ガルノルフはその扉の前で足を止め、鍵を開けて中へと入っていく。


「オ、オニキース……ッ!」


その扉の中には、このウェルズ領を任されていたサングィスリング帝国の幹部オニキースがいた。


オニキースは身に付けていた鎧を脱がされ、上半身裸に包帯だらけの姿だった。


他の帝国兵と同じく治療を受けたのだろう。


だが他の者とは違い、その両手にはかせが付けられている。


さらにいえばオニキースは、捕らえられた兵たちと違って悲愴感などなく、扉から入ってきたグレイシャルを見てニヤリと笑みを浮かべていた。


「よう、ドワーフ。今日はあの狼娘はいないのか?」


「ああ、いねぇよ。お前があんまりにもあおるから、もうここへ連れてくるつもりはねぇ。もしあいつが次にここへ来たなら、そんときはお前が死ぬときだろうよ」


気さくに声をかけてきたオニキースに対して、ガルノルフは冷たく返事をした。


グレイシャルはそんなオニキースの態度が理解できなかった。


オニキースは手枷をしたまま牢に入れられ、どう考えても絶望的な状況だ。


それなのにこの男は、他の帝国兵とは違って余裕がある。


いつ殺されてもおかしくないというのに、この男は軽口を叩き、あのファリスを挑発したのか?


もう何もかも諦めているからこういう態度になるのか?


――と思いながら、グレイシャルは視線を向けてきたオニキースを見て、背筋がこおった。


「その小僧はなぜ連れてきた? どうみても拷問に向いているタイプではないだろう?」


「拷問なんてしねぇよ。つーか素人しかいないのに拷問なんてしたら殺しちまうだろ。ファリスは今でもやりたがっているけどな」


そう答えたガルノルフは、壁にあった蝋燭ろうそくに火を付け始めた。


薄暗い室内が、先ほどよりはいくらか明るくなる。


「こっちの目的は情報か、またはお前を人質にして帝国相手に優位に立つことだ。殺したら損しかしねぇ」


「前にも話したが、俺に人質の価値はない。代わりなどいくらでもいるし、俺の地位を狙う連中も多くいる。そういうやからは今頃この状況を喜んでいるだろうな。どの道、失敗した者には先はない。帝国とはそういうところだ」


グレイシャルはぞっとした。


オニキースは帝国の幹部でウェルズ領を任されていた人物だ。


そんな男に人質の価値がないだなんて、それではまるで使い捨てにされていた自分たち魔導兵士と同じではないかと。


「だが情報はあんだろ? こないだも訊いてもいねぇのに、俺たちが知らねぇことを話してくれたじゃねぇか。ベラベラとよぉ」


「……そうか。その話を聞かせたくて小僧を連れてきたんだな」


「こないだは話の途中でファリスが暴れたせいで最後まで聞けなかったしな。話してくれたらちょっと豪華な朝メシやるからよ」


「いいだろう……。俺も小僧の反応が気になる」


2人の会話からグレイシャルが理解できたのは、こないだの尋問のときにオニキースが何かについて話し始め、それに対してファリスが激昂げきこうして中断してしまったということだった。


ガルノルフはここへ来る前に、グレイシャルに対して「知っておいたほうがいい」と口にしていた。


それは十中八九、オニキースが彼とファリスに話したことだろう。


だがファリスが怒り狂うような話を、自分が知っておいたほうがいいとはどういうことだろう?


(うーん……我ながら察しが悪い……。こういうことはルヴァーナさんから教えてもらわなかったからなぁ……)


グレイシャルは、なぜガルノルフがオニキースの前に自分を連れてきたのかが、考えてもわからずにいた。


だがそんな彼のことなど気にせずに、オニキースがその口角を上げて話を始める。


「最初にこれだけは小僧に言っておくか。メアリー·ウェスレグームがお前たちに嘘をついているということを」

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