#53

「メアリーが嘘を……? なんですかそれッ!? 彼女がオレたちにどんな嘘をついているって言うん――ッ!?」


ガルノルフが訊ねようとしたグレイシャルのことを止めた。


彼は、納得がいかないといった表情のグレイシャルが見てきたので、人差し指を口の前に立てて黙って聞くようにうながした。


そのポーズのまま首を左右に振っていたガルノルフを見たグレイシャルは、とりあえず最後まで聞こうと不満そうに両腕を組む。


ちなみにガルノルフは前にオニキースの話を聞いたときに、今のグレイシャルのような態度を取った人物を知っている。


それはファリスだ。


彼女はオニキースからメアリーが自分たち赤の女王のメンバー全員に嘘をついていると聞くと、突然、鉄格子を蹴って喚き出したのだ。


それでもオニキースは、にやけながらも話を続けようとした。


だがファリスがそれから牢屋の中に入って彼を殺そうとしたので、ガルノルフは慌てて彼女を止めてその日は終わった。


そしてガルノルフの判断で、このことを仲間たちに知らせる前に、先にグレイシャルに聞かせようと思い立った。


理由としては簡単だ。


グレイシャルは赤の女王のメンバーたちと違い、別に彼女の配下というわけではない。


正式に婚約も結婚式も挙げてはいないが、彼らは互いに相手のことを自分の伴侶はんりょだと認識している。


もしメアリーに何か仲間に言えない秘密があるのなら(オニキースのでっち上げた話かもしれないが)、グレイシャルに先に知らせるのが筋ではないかと、ガルノルフは思ったのだ。


(本当ならファリスのヤツにもいてほしかったんだけどなぁ……。あとが面倒そうだが、しょうがねぇ……)


ファリスもまた妹分という立場であり、ガルノルフとしては彼女にもこの場にいてほしかったのだが、とても黙って聞くタイプではないので諦めていた。


そしてガルノルフはこの後に、オニキースから聞いた話を皆に伝えるかを決めるのも、グレイシャルとファリスに任せようとしている。


こう見ると厄介事を2人に押しつけているようにも感じるが、ガルノルフはあくまで自分の立場がメアリーの配下だと思っている。


つまりはそれ以上でもそれ以下でもないため、出すぎた真似はしないように努めているのだ。


あるじの秘密など知ったところでろくなものでないので、むしろガルノルフはオニキースの話など聞きたくないくらいだった。


しかしたとえ嘘かもしれなくとも、メアリーの大事な話であることには変わりない。


そんな案件なのだが、感情的になって話を聞けないファリスと、話を聞いても誰にも言わないまま抱えそうなグレイシャルでは心許こころもとないため、こうして間に入っていた。


つくづく骨の折れる役回りである。


もはや赤の女王の軍師、参謀というよりは、苦労人といったほうが本人にはしっくりきそうだ。


「ククク、狼娘ほどじゃないが予想通りの反応だ」


「いいから早く話せよ」


拘束されたまま座っているオニキースが肩を揺らしながらグレイシャルの態度を楽しんでいると、ガルノルフはため息をつきながら言った。


そのドワーフの青年の言葉を聞き、オニキースは「わかったわかった」とでも言いたそうに話を再開する。


「答えから言えば、メアリー·ウェスレグームは王族ではない。それがあの小娘のついている嘘だ」


「なッ!? なんであなたにそんなことが――ッ!?」


グレイシャルが再び声を張り上げたが、ガルノルフはそっと手を出して制した。


歯を食いしばったグレイシャルは不満そうなままだったが、彼に従って口を閉ざす。


そんな彼らの様子を見ていたオニキースは、さらに笑みを深めてまた口を開いた。


オニキースがいうメアリーが王族の血筋ではないという根拠こんきょは、彼が西国せいこくを治めるウェスレグーム家の家系図を見たことがあったというのがその理由だった。


メアリーは年齢からみて先代の王の孫か、またはその兄弟、姉妹の子ということになるが、家系図には彼女の名はどこにも記載されていなかったと言う。


「俺が西国の王宮に入ったときに興味本位で見たが、メアリーなどという名はどこにもなかった。それがあの小娘の嘘をついているという証拠だ。お前たちが何を考えて赤の女王などという組織に従っているかは知らんが、あの小娘には西国を治める資格などない。お前らと同じ馬の骨だ」


「嘘だ! オレは西国の王族のことなんて何も知らないけど、知っている人から聞いた話だとウェスレグーム家の血を引く子はみんなメアリーと同じ髪と目の色してるって言ってた!」


グレイシャルは吠えるように反論した。


メアリーは絶対に王族だと。


そこまでグレイシャルに自信があったのは、ルヴァーナから西国の王族が持つ容姿について聞いていたからだった。


ウェスレグーム家の血筋の者は、代々赤い髪と瞳を持って生まれる。


まさにメアリーの特徴そのものだ。


それが何よりの証拠だと、グレイシャルは鉄格子を両手に掴んで、牢の中にいるオニキースを黙らせようとした。


だがオニキースは、そんな彼を見てフンッと鼻を鳴らす。


「赤い髪に赤い瞳などめずらしくもないだろう。あの娘は自分のその容姿を利用して、ウェスレグーム家の所縁ゆかりの者だと言い回っているだけだ。それに家系図に名がないことが証拠だとさっき言っただろうが」


「書き忘れたのかもしれないでしょ!? よくは知らないけど王族っていうのは奥さんをたくさん作ったり愛人を囲ったりするって聞いた! だから家系図に名前がないからってメアリーが嘘をついていることにはならないはずだ!」


そこからグレイシャルとオニキースの言い争いが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る