魔導兵士の逃亡先
コラム
#1
燃え上がる街中を、大勢の少年少女が走っていた。
皆、同じ黒い制服に身を包み、引きつった顔で駆けている。
そんな少年少女の目の前には、いくつもの首を持った巨大な海蛇――ヒュドラの群れがいた。
ヒュドラの群れには5本、多いものは9本もの首を振り回し、街を破壊し尽くしている。
巨大な海蛇の群れの下には、彼ら彼女らよりも先にたどり着いたのだろう、別の少年少女たちの死体が転がっていた。
全員が恐怖で硬直して死んだ顔のまま、無残にも息絶えている。
それでもまだ五体満足な者はマシだったといえた。
死体の中には、上半身かまた下半身を食いちぎられた者や、ヒュドラの吐く毒におかされて腐った四肢のまま死んでしまった者らの姿もあったからだ。
目に入る
そこら中から子どもの
その光は、少年少女の拳や放たれた蹴りから輝いていた。
彼ら彼女らの攻撃を受けたヒュドラは、一撃で首が吹き飛び、中には絶命した個体もあった。
「いい、いい。その調子ですよ。我が魔導兵士たちよ」
少年少女の背後から、彼ら彼女らの活躍に歓声を送る男の声が聞こえた。
その男の名はリベデラット。
丸メガネをかけた細身の男で、彼はこのヴェリアス大陸を突如襲ったヒュドラの群れを倒すために、魔導兵士を誕生させた研究者だ。
ヴェリアス大陸とは、海のように深く広い川がある大陸で、その川を挟んで四つの国がある土地だ。
四つの国は地図でいうならば上が
それぞれの国には多少の差はあれど、人族、魔族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族など多くの種族が分け隔てなく暮らしていた。
だが先に述べたように、突如現れたヒュドラの群れによって四つの国は壊滅の危機に
「見たかね、諸君。これぞこれまでの研究結果の
リベデラットが興奮気味に声を張ると、彼と共にいた何人もの男女が拍手を送って
その誰もが強固な甲冑に身を包み、さらには魔術で作り出したのか光の壁の後ろにいる。
そしてリベデラットが誕生させた魔導兵士とは、人工的に魔力を宿す処置を受けた者たちのことだ。
年齢は様々で、下は3歳、上は16歳の未成年者のみで構成されている。
魔導兵士は通常の火水風土を操るような魔術は使えないが、体内にある魔力を体に纏うことで強力な攻撃をすることができた。
現在このヴェリアス大陸で魔力を持つ者は希少だった。
そのため、強力な魔物――ましてやそれが群れで現れようなものなら対処に困るのが実情で、そのことを懸念していたリベデラットが長年の研究からついに誕生させたのが魔導兵士というわけだった。
リベデラットを含めた彼らの組織は魔導兵士の少年少女を使って、ヴェリアス大陸すべての国を救おうとしているのだ。
「ふむ。だいぶ数が減ってしまいましたね」
大人たちは魔導兵士の活躍に歓喜の声を上げていたが、少年少女たちの猛攻はいつまでも続かなかった。
すぐにヒュドラの群れの反撃が始まり、またも死体の山が築かれていく。
しかし大人たちの誰もが気にも留めず、使えないとばかりに薄ら笑っているだけだった。
「では第二陣といきましょう。さあ、我が魔導兵士たちよ。ヒュドラの群れを倒しなさい」
リベデラットが声を上げると、戦っていた少年少女と同じ格好をした子どもたちが彼らのいる場所からヒュドラの群れへと向かって走り出した。
子どもたちは先ほどの少年少女よりもさらに若く、全員がやはり同じように顔を引きつらせている。
「なんで……俺がこんな目に……」
その駆けていく集団の中にいた少年が呟いた。
少年グレイシャルは、自分の黒い髪を掻きむしりながら、ただ列に並んで走る中にいながら思う。
一体どうして自分はこんなことをしなければいけないのか?
戦いなんて大人たちがやればいいじゃないかと、先を走る同世代の少年少女が殺されていくのを見ながら恐怖に
だが幼い頃から戦うことだけを教えられ、他に何も知らない魔導兵士の少年少女たちには、リベデラットたち大人の言うことは絶対だった。
逆らえば罰を与えられ、常に同胞たちの中でも抜きん出た存在になるように
その結果がこれかと、グレイシャルは死の道へと向かう少年少女に続いてヒュドラの群れへと向かっていく。
「うおぉぉぉッ! 死にたくないッ! 俺はこんなところでわけがわからないまま死にたくないッ!」
戦っても地獄。
逃げても地獄。
だったら何が何でも生き残って隙を見て逃げ出してやる。
グレイシャルは死に物狂いで魔力を纏った拳を振り回しながら、ヒュドラの群れに飛び込んでいった。
この戦いは後に“水蛇災害”と呼ばれ、世界のあり方を大きく変えた。
四つの国はリベデラットの所属する組織によって管理され、ヴェリアス大陸に住むすべての者たちにとって、貧困と差別が渦巻く、凄まじい分断の時代へと変わっていくことになるのであった。
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