#2
――ヴェリアス大陸で起きた“水蛇災害”から2年が経ち、世界は安定を取り戻した。
ヒュドラの群れが残した傷跡は残りつつも、住民たちには以前と近い生活が始まっている。
その頃、黒い髪の少年グレイシャルは、
物心つく前から魔導兵士の育成施設にいた彼も歳を重ね、12歳になっていた。
それでもまだまだ子どもで、容姿も当然、幼さの残る顔をしている。
グレイシャルはみすぼらしい姿――まるで浮浪者のような格好で、引きつった笑みを浮かべながら酒場の店主である老婆に声をかける。
「あの、すみません。これで何か食べるものをゆずってもらえないでしょうか?」
彼は“水蛇災害”を生き延び、その後の騒ぎの中、組織を脱走した。
それはグレイシャルだけではなく、ほとんどの生き残った魔導兵士の少年少女は、大人たちのもとから逃げ出していた。
彼ら彼女らは組織に見つからないように、誰もが現在のグレイシャルのように放浪生活を送っている状態だった。
グレイシャルが持っている硬貨は、日雇いの船の荷揚げや建設の肉体労働などの仕事で手に入れたものだ。
当然、誰でもできる仕事というのもあって賃金は安く、なんとか食いつないでいくことしかできない。
魔導兵士である彼ならば、傭兵などにでもなればもっと稼ぎはよかったのだろう。
だが組織に追われる身であるため、そういう
いや、もちろんそれも理由ではあったが、何よりもグレイシャルはもう戦いたくなかった。
それはあのとき――“水蛇災害”で死んでいった同世代の少年少女の姿が、今でもグレイシャルの夢に出るほどの
「あんたねぇ、こんなんじゃパンの一つも買えないよ」
「えッ? そ、そうなんですか? 別の町ではこれで買えたんですけど……」
銅貨を二枚出したグレイシャルだったが、老婆はそれでは足りないと答えた。
さらに彼女は、このところ物価が上がり続けているから前に買ったときと値段が違うのだろうと、冷たい口調で説明した。
話を聞き、肩を落としたグレイシャルは、愛想笑いを浮かべて店を出ていく。
その姿を見ていた店内にいた男女数人が、酒を煽りながら不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。
外へ出たグレイシャルは、ふと空を見上げた。
昼の陽射しは強いが、こないだまでいた
それからグレイシャルは、どこかで食べるものを手に入れなければと、歩き出そうとすると――。
「あれに……なんかあるかな……」
酒場の外にあった残飯の山が目に入った。
グレイシャルはノソノソと残飯の山へと近づき、それを漁り始める。
残飯の山にはコバエがたがっていて、さらにはネズミまで飛び出してきたが、グレイシャルは気にせずにまだ食べれそうなものを探した。
かじられた果実や肉のカスが残った骨を見つけると、彼は迷わずそれを口に運ぶ。
そんなみすぼらしい少年の姿を、店の前を通り過ぎていく歩行者たちの誰もが眉をひそめていた。
一方で空腹なのだから仕方がないだろうと言わんばかりに、グレイシャルは人目を気にすることなく残飯を漁り続けた。
「マジかよ、こいつ……」
「うわぁ、ないわぁ……」
酒場から出てきた男女の集団が、残飯を漁るグレイシャルを見て歩行者たちと同じように不快感を
それだけならよかったのだが、男女の集団は酒が入っているのもあってか、グレイシャルのことをからかうように囲み始める。
くわえていた骨を捨て、彼らのほうを振り向いたグレイシャル。
その顔は引きつった笑みを浮かべており、それが男女の集団をさらに気味悪がらせた。
「気持ちわりぃガキだな! なに昼間から残飯なんて漁ってんだよ!」
「つーか店の人にちゃんと断ってやってんでしょうね!? ゴミだからって勝手に漁ったらいけないんだよ!」
酒が入って顔を真っ赤にした二人の男女が、集団の中から声を上げた。
グレイシャルは何か言いたげな顔をして、再び引きつった笑みを彼らに返すと、申し訳なさそうにその場を去ろうとした。
そんな彼の弱気な態度が男女の集団の
集団の男の一人が、グレイシャルの腹部をいきなり蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたグレイシャルはそのまま残飯の山にぶつかり、先ほどよりも汚らしい姿となった。
「うお、汚ねぇ! オラ、こっちくんなよ、残飯野郎!」
「あんた余所もんでしょ? あんたみたいなのが住み着くと、ウチらの町が汚れちまうんだよ!」
その後、グレイシャルは集団から暴行を受けた。
歩行者たちはその光景を一瞥するだけで、誰も止めようとはしなかった。
このような出来事は“水蛇災害”以降、どこでも起きている。
誰かが攻撃されていても見て見ぬふりをし、関わるなと思ってる。
歩行者たちがおかしいのではない。
この町で起こっていることが、ヴェリアス大陸の全土で起こっているだけだ。
元々人間には、辛いことや満たされぬことがあると不快感を覚える相手に怒りを向けるより弱い者――ほんのわずかでも自分たちコミュニティから外れている者を見つけ、迫害することで、それをまぎらそうとする傾向がある。
そう――グレイシャルを襲った男女の集団もまた“水蛇災害”以降、新しく国を治めるようになった政治体制によって
でなければ若い男女の集団が、昼間から酒場でたまってアルコールで
彼らもまたグレイシャルほどではないにしても、ろくな仕事にも就つけない社会的な弱者なのだ。
「コラあんたら! 店の外で何をしてんだい!?」
店主である老婆の怒鳴り声を聞いた男女の集団は、慌ててその場から去っていった。
そこにいるのは、傷だらけになったみすぼらしい少年と、乱雑になった残飯の山が見える。
そんな光景を見た老婆は大きくため息をつくと、倒れているグレイシャルに声をかけた。
「大丈夫かい、あんた? とりあえず店に入んな。傷の手当てをしないとねぇ」
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