#51

そして彼ら彼女らは実際に、メアリーがまともに動けるようになるまでうたげおこなわなかった。


では何をしていたかというと城内の清掃や捕らえた兵の尋問じんもん(ガルノルフ立会いの下、ファリスが担当)。


さらにはウェルズ領内にある町や村すべてに視野を送り、赤の女王がやったことを伝えた。


サングィスリング帝国の幹部オニキースが捕らえられ、これからこの地域は、西国せいこくの正当なる統治者――ウェスレグーム王家の血筋であるメアリー·ウェスレグームが治めるのだと。


この伝言はままたく間に領内全域に広がっていき、メアリーへの感謝の書状や贈り物などが、中心部にある城へと運ばれた。


贈り物の中心は麦や野菜、さらに果物などが中心だった。


その贈り物から推測するに、きっと農民たちはおろか貴族たちもまた、オニキースの課した税に苦しめられていたことがわかる。


だがろくな備蓄びちくもなかった赤の女王にとってこれは助け舟となり、わざわざ城内を出て食料を手に入れる算段を付ける必要がなくなった。


なぜそんな大事なことがおろそかになっていたのか?


それは どうやらウェルズ領の攻略作戦を一手にになっていたガルノルフでも、さすがに占領後のことまでは考えていなかったらしい。


客観的に見れば、実際にそこまで余裕があるはずもないので、むしろほぼ作戦通りに事が進んだ彼を賞賛しょうさんするべきだろう。


荒事に慣れているとはいえ、赤の女王のメンバーの多くがまだ10代の子どもばかりだ。


そんなゴロツキともチンピラともいえない少年少女の集団を使って、サングィスリング帝国から領地を手に入れたのだ。


それを成し遂げたガルノルフの知恵がどれだけ凄いかは、赤の女王のメンバーならば誰でも知っている。


「そういえばファリスを見ないね」


赤の女王がウェルズ領の城を奪ってから数日後――。


皆で朝食を取っているときに、グレイシャルがファリスの姿がないことに気が付いた。


訊ねられたガルノルフが彼に答える。


「ああ、あいつには何人か連れて、領内に残っている帝国の勢力の鎮圧ちんあつに行ってもらってる」


ファリスは帝国兵の尋問を終えると、手が空いたといって不満を言い出していた。


ガルノルフはそんな狼系獣人の少女に城内の清掃を皆と手伝うように頼んだが、彼女を含めた荒っぽい仲間たちは皆、それをこばんだ。


そんなことよりも何かあるだろうとファリスたちはガルノルフに詰め寄り、ならばということでウェルズ領の各所あるサングィスリング帝国の駐屯所の制圧に向かわせた。


「えッそれって大丈夫なんですか!? というかそんな話があったならオレにも声をかけてくれればッ!」


「残ってるのは大した数じゃねぇことは調査済みだったし、まあ問題はねぇだろ。それにあいつがやられるわけねぇしな。たしか魔導兵だっけか? アダマント製の鎧人形をひとりで何体も片付けちまうんだからよ」


ガルノルフの言うことはもっともだった。


ファリスは城内に突然現れた魔導兵を単独で撃破しているのだ。


並みの相手では彼女の相手にはならないだろう。


それを思いかえせば、今回のウェルズ領の攻略作戦の陰の功労者はファリスであった。


彼女が魔導兵を抑えてくれなければ、グレイシャルは領主の間へと向かうことできず、さらにいえば中庭にいたガルノルフや廊下で戦っていた赤の女王のメンバーもやられてしまっていたはずだ。


思い返せば、城内には至るところに鎧人形がかざられていた。


ファリスは自分では一切語らないが。


おそらく彼女は、領主の間にあった魔導兵以外もすべてをひとりで打ち倒し、その後に戦闘後のメアリーを発見したのだ。


赤の女王の中でも最古参であるファリスだが、その年齢はまだ12歳とメンバー内でも年少組に入る。


メアリーも若干14歳で炎の魔術を操り、さらに西陸流せいりくりゅうの達人レベルの実力があるが、ファリスはそれ以上に末恐ろしいといえた。


「あの子はわたしよりも強いわよ。魔術は使えないけど、それでもファリスよりも強い人になんて、わたしは会ったことないなぁ」


グレイシャルは以前にルヴァーナの住む丸太小屋で、子どもたちがメアリーと話していた内容をふと思い出していた。


子どもたちがメアリーとファリスはどちらが強いのかと言い争いになり、訊ねられたメアリーがその答えを皆に教えたときのことだ。


これにはルヴァーナも同意すると言い、なんでも彼女が説明していたことによると、単純な戦闘力では獣人族が一番能力が高いらしい。


その中でも特にファリスは天賦てんぷの才があり、生まれが生まれならば、すでに世に名をせていてもおかしくないと話していた。


戦いに身を置く者ならば、当然そんなメアリーとルヴァーナが認める強さを持つファリスに嫉妬しっとしそうなものだが。


グレイシャルは、別に自分は彼女より下でいいと考えていた。


年頃の男が年下の少女よりも弱いということは、グレイシャルのような特別な力を持つ少年にとって劣等感を抱かせそうなものだが、彼がそのような感情を持つことはなかった。


それは自己肯定感の低さからくるものというよりは、単純にグレイシャルがファリスのことを色眼鏡をかけて見ていないことが大きい。


男だとか女だとか――。


年上とか年下とか――。


人族とか獣人族とかなど、この赤の女王という組織やルヴァーナの住む丸太小屋には、そういう差をつけたりしない空気があったからだった。


その理由は、まだメンバーが皆ろくに世間の常識を知らない子どもだったことと、リーダーであるメアリーやルヴァーナがそう偏見を持たない人物だからであろう。


リーダーからして旦那だ嫁だと複数の伴侶を持っているのだ。


ルヴァーナに関しては、勉強を教えるのと料理をする以外はずっと酒を飲んでいるような怠け者だ


そういうおかしな環境というのもあって、世間的には違和感を覚えるようなことも、仲間内では気になるようなことではなかった。


「そうですね。ファリス……彼女がいるなら、たとえ帝国の幹部がいてもなんとかしてくれる気がします」


グレイシャルがそう言うと、ガルノルフは笑みを返した。


すると急に彼は表情を強張らせ、食事が済んだら話があると言って席を立った。

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