#4

帝国兵の姿を見たグレイシャルは慌てて俯いた。


顔を人混みに隠し、その場でみっともなく身を震わせた。


それも当然のことだった。


グレイシャルは2年前“水蛇災害”の後に、組織を逃げ出したのだ。


もし捕まったら、また魔導兵士として使い捨てにされるか。


それとも見せしめに処刑されるか。


どういう結果になろうが捕まったら地獄が待っていると思い、グレイシャルは恐怖で動けなくなる。


「たかが酒場の店主が我々に逆らうつもりか?」


「考える時間は十分に与えてやったはずだがな」


「ちょっとッ!? 何をするんだい!?」


三人の帝国兵は老婆の体を掴まえると、どこかへ連れて行こうとした。


力任せに引っ張り上げ、そのせいで老婆は痛みで悲鳴を上げている。


集まっている町の住民たちは誰もが見て見ぬ振りをしていたが、その顔には同情しているのが伝わる悲痛な表情になっていた。


老婆が連れて行かれる。


それはおそらく死を意味している。


グレイシャルは息苦しくなって、その場でさらに俯いていた。


だが次の瞬間には、彼は飛び出していた。


「うん? なんだ貴様は? ぐわぁぁぁッ!?」


飛び出したグレイシャルは、老婆の体を引っ張っていた帝国兵をぶん殴った。


その振り抜かれた拳は魔力を纏って輝いており、残った二人の兵士らは慌てて剣を抜く。


「こいつ……まさか魔導兵士か!?」


「なんでこんなとこに魔導兵士がいるんだ!?」


剣を抜いた帝国兵たちだったが、声を上げたのと同時に吹き飛ばされていた。


グレイシャルが再び拳を振るったのだ。


残った帝国兵らはその一撃で顔面が歪み、だらしなく地面に大の字になっていた。


老婆はグレイシャルの姿を見て、震える声で言う。


「あんた、魔導兵士だったのかい……? 2年前にヒュドラの群れと戦った……」


「た、食べるものをくれて……泊まるところを紹介してくれて……あ、ありがとうございました……」


「そんなことよりもあんたッ!」


言葉を遮るように振り返ったグレイシャルは、老婆に引きつった笑みを見せると、その場から走り去っていった。


背中には老婆の呼び止める声が聞こえていたが、彼はけして振り返ることなく、全力で駆けて町を出ていく。


そして、走りながら思う


やってしまった。


これでもうこの地域に魔導兵士が出たという話が広がり、サングィスリング帝国の本格的な捜索が始まるだろう。


せっかく灼熱の南国なんこくから気候の良いと聞いた西国せいこくに来たのにすべてぶち壊しだと、グレイシャルは頭を抱えながら走った。


「そ、それでも……あのお婆さんは放っておけなかった……でも、そのせいで捕まる可能性を自分で大きくしちゃって……。あぁぁぁッ! だったらどうすればよかったんだよ、オレはぁぁぁッ!」


――それから数日後。


グレイシャルはまだ西国にいた。


それは他の地域へ行くには、どうしても船に乗らなければいけないからだった。


ヴェリアス大陸には海のように深く広い川があり、その川を挟んでそれぞれ四つの国があるのだ。


とても泳いで渡ることは不可能で、おまけに川には魔物が出現する。


さらにいえば酒場の店主であった老婆を助けたことで、西国中の町に魔導兵士が現れた話が出回り、グレイシャルはどの町にも入れなくなっていた。


今の彼は人が近寄らないような山岳地帯の洞穴ほらあなにこもり、たまに森へ出て何か食べものを探す日々を送っていた。


いつサングィスリング帝国の兵士が現れるのかと怯えながら、毎日震える生活だ。


「まあ、ほとぼりが冷めたら町へ行ってみよう……。うッ、すっぱ!?」


熟していない果実をかじりながら飢えを満たすグレイシャル。


彼はろくなものこそ食べれなかったが、今の静かな暮らしをしばらく続ける覚悟をするつもりでいたのだが――。


「も、もう見つかっちゃったのか……」


ある日グレイシャルが洞穴から出ると、ガラの悪そうな男女の集団に囲まれていた。


周囲を埋め尽くす集団を見て、彼は勝手に想像する。


見た目や格好からしてサングィスリング帝国の追っ手ではない。


きっとこの連中は、帝国から魔導兵士を捕まえたら報奨金を出すとでも聞いて探していたのだろう。


それは、捜索なら地元の人間に任せるほうが効率がいいからだ。


「あ、あの……何か用ですか? もしかしてここに住んじゃいけなかったとか?」


グレイシャルはヘラヘラと笑いながら、自分を囲むガラの悪い集団に声をかけた。


集団には人族と獣人族の姿が多くみられ、その誰もがグレイシャルのことをにらみつけている。


そんな彼ら彼女らから顔をそらし、グレイシャルは後退っていた。


人と獣人の混成で、年齢は12歳とであるグレイシャルと同じか、少し上くらい。


見たまま町のチンピラの集まりのようだが、皆、剣や槍、ナイフなどの武器を持っている。


そのうえ数は10人、いや20人はいるだろうか。


とても逃げ切れる数ではないと、グレイシャルが引きつった笑みを浮かべながら考えていると、集団の中から誰かが前へと出てきた。


「あんたが魔導兵士だな。あたしは“赤の女王”のファリス。メア姉があんたに会いたがっているから、大人しくついてきてもらおうか」


出てきた獣の耳と尻尾がある狼系の獣人の少女は、両腕を組んだままグレイシャルにそう言った。

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