#19
メアリーを手伝って彼女に恩を返すはずが、逃げていたサングィスリング帝国と関わりのある者と出会ってしまった。
いや、それだけならばまだよかったが、まさか頼みの綱といえた魔力を纏った攻撃が通じないなんて、グレイシャルは考えもしていなかった。
もちろん魔導兵士が無敵ではないことは、彼も以前から知っている。
それは2年前に起こった水蛇災害での戦いで、多くの魔導兵士がヒュドラの群れに殺されていったからだ。
まるで使い捨ての道具のように死んでいく同胞たちを見ても、それでもグレイシャルは信じていた。
自分の持つこの力は、普通の人間を超えるものだと。
だからこそ
たとえ大人たちが戦いの道具にするためにこの魔導の力を与えたのだとしても、それだけが彼に残された自尊心だった。
メアリーにルヴァーナのいる森に連れていかれるまでの逃亡生活の中――。
ずっと拾った硬貨を使ったりゴミを漁ったりと、浮浪者のように浅ましく生きてきたグレイシャルでも、自分の持つ魔導兵士としての力だけには誇りを持っていた。
だからこそ彼は魔導の力を使わずにいたのだ。
この力は人を苦しめる脅威に対してのみ行使するものであって、けして自分の私利私欲のために使うものではないと。
当然、魔導の力を使うことで、サングィスリング帝国に自分の居場所を知られるということも考えていたが。
一番の理由は自分の持つ力に対して、グレイシャルなりに向き合っていたからだった。
だがその最後の
グレイシャルはただ心の中でメアリーに何度も謝罪し、自分の不甲斐なさに打ちのめされているだけだった。
「この程度で戦意損失か。魔導兵士といっても所詮はガキだな」
「それ以上、その子に触らないで」
ファーソルが立ち尽くしているグレイシャルの体を掴まえようとしたとき――。
彼の背後から女の声が聞こえた。
振り返るとそこには、赤い髪の少女と狼系獣人の少女二人が立っていた。
二人の姿を見たファーソルは舌打ちをしたが、すぐに彼女たちのほうへ体を向ける。
「久しぶりだな。まだ生きてたのか、ファリス」
「うん? 誰だよ、お前。あたしの知り合いに全身板金のおっさんなんていないけど」
「俺だ、ファーソルだ。お前がまだ駆け出しのときに、いろいろ世話してやっただろう? 恩人のことを忘れるなよ」
ファーソルの言葉を聞き、狼系獣人の少女――ファリスの口角が上がった。
だがそれは敵意むき出しの笑みで、彼女の毛が逆立っていく。
「あーいたいた。強いヤツにはヘコヘコして弱いヤツには偉そうにする、そんなおっさんが。バケツ被ってるからわからなかったよ」
「チッ、相変わらず口が悪いな。まあいい。今日の俺は機嫌がいいんだ。邪魔しないなら見逃してやる。さっさとそこの赤い髪のガキと一緒に消えろ」
ファーソルがそう吐き捨てるように言った瞬間――。
彼の全身にナイフが飛んできていた。
それは何本もありとても避け切れなかったが、ファーソルはフルプレート·アーマーを身に付けているので
ナイフを受けたファーソルは
「誰が消えるか、お前みたいなクズ野郎を置いてよ!」
すでにファリスが目の前におり、両手に握っているナイフで突き刺され、続けて顔面を蹴り飛ばされた。
フルプレート·アーマーを身に付けているため当然ダメージはないかと思われたが、ファーソルの
ファリスは痛みで兜の中で顔を歪めているファーソルに向かって、殺気立った笑みを浮かべて声をかける。
「自慢の鎧もあたしの前じゃ意味がない。ドワーフたちに人攫いをやらせてた黒幕がお前でよかったよ。元々あったやる気がさらに上がったからな」
再びナイフを構えるファリス。
彼女のフルプレート·アーマーへの対策は、その鎧の隙間を攻撃するというものだ。
当然、甲冑を身に付けるのは人間で、手足を動かすためには、すべてを板金で覆うわけにはいかない。
必ず関節部には空間がある。
普通の武器ではその小さな隙間を突くのは難しいが、ナイフ使いであるファリスにとってはお手の物だ。
「バカが、こんなかすり傷をつけたくらいで浮かれおって。昔のよしみで見逃てやるつもりだったが、そこまで望むなら殺してやる」
「やれるもんならやってみな。もうお前が知っている頃のあたしじゃねぇんだよ。殺すのはこっちだ」
すでに戦闘態勢に入っていたファリスだったが、急にメアリーが彼女の前に出てくる。
そしてメアリーは振り返ると、彼女に向かって満面の笑みを浮かべて言う。
「待ってよ、ファリス。あんなおっかなそうな人の相手、大事な妹分にさせるわけにはいかないでしょう」
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