#20
メアリーはそう言い終えると、いきり立つファーソルのほうへと駆け出していった。
彼女はなんだかとても嬉しそうにしていて、先ほど義理の妹に言った心配しているような様子は見られない。
そんな
そして呆れながらも、彼女もまたメアリーのように笑みを浮かべる。
「あれは……? え、え、えぇぇぇッ!? メアリーッ!? それにファリスもッ!?」
立ち尽くしていたグレイシャルがようやく我に返り、現れた二人に気がつく。
魔導の力が通じなかったショックで意識が
それからグレイシャルはなぜだか笑顔でファーソルへと向かっていくメアリーと、それを止めようともしないファリスを見てこれでもかというほど声を張り上げた。
「危ないよ、メアリー! その人の鎧には、魔力を纏った攻撃も通じなかったんだッ!」
そう叫んだグレイシャルは走り出していた。
先ほどは戦いの最中に戦意喪失してしまったファーソルの前へ、メアリーよりも先に向かおうと全力で駆ける。
それは無意識のうちに体が勝手に動いた結果で、何よりグレイシャルは、まず恩人であるメアリーを助けたい一心だった。
一方でメアリーのほうはいうと――。
「グレイシャル……手伝いに来てくれたんだ」
大声を出して走ってくるグレイシャルを一瞥してさらに口角を上げ、すぐ目の前にいるファーソルに向かって走りながら剣を抜く。
「初めまして、全身バケツのおじさん。わたしはあなたが昔お世話になったファリスの姉で“赤の女王”のリーダー、メアリー·ウェスレグームよッ!」
「敵に向かっていくのに自己紹介にその笑み……頭のおかしな小娘だ。来るならまずはお前から殺してやるッ!」
バトルアックスを振り上げ、向かってくるメアリーの頭上へと振り落とそうとしたファーソル。
それを見ていたグレイシャルは思った。
メアリーがどれだけ剣の技術に長けていたとしても、アダマント製の鎧に刃は通らない。
さらにいえば、戦斧を剣で受けても不味い。
きっと受けた瞬間に刃が折られてしまう。
グレイシャルはさらに足に力を込めて呼吸をするのも忘れて全力疾走したが、もう間に合いそうになかった。
歯を食いしばったグレイシャルが目を
「無双三連ッ!」
なんとメアリーが叫んだ後、彼女の剣がファーソルの戦斧よりも先にその体に届き、アダマント製の甲冑を破壊したのだ。
魔力を纏った攻撃ですら傷一つつけられなかったフルプレート·アーマーが砕かれ、ファーソルは驚愕の表情で吹き飛ばされていく。
そして大人の巨体がまるで放たれた矢のように放物線を描き、そのまま建物の屋根の上へと落ちた。
「メア姉、別に譲ってくれとは言わないけどよ。せめてもう少しマシな理由で代わってくれないか」
「なにを言ってるのよ? ファリスはわたしの大事な家族なんだから、昔お世話になったっていう相手なら、やっぱりお姉さんのわたしが出ていかなきゃでしょ」
ファリスが呆れながらメアリーに声をかけ、義姉の返事を聞いた彼女はさらに困った顔をしていた。
足を止めていたグレイシャルは、そんな彼女たちの様子から見るに、ファーソルぐらいの相手など二人にとって大した敵ではなかったのだなと全身の力が抜けていく。
ついにはその場に両膝をついてしまい、彼は
そんなグレイシャルに気が付いた二人は、ゆっくりと傍へと近寄ってくる。
メアリーは唖然としているグレイシャルに手を差し伸べ、いつもの満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「わたしたちが心配で来てくれたんでしょ。ありがとうね、グレイシャル」
「加勢しに来てやられそうになってちゃ意味ないけどな」
「もうファリスったら、そんな意地の悪いこと言わないの。きっとルヴァーナからわたしたち二人だけで戦うって聞いて、じっとしてられなかったのよ、グレイシャルは」
メアリーはファリスを
立ち上がったグレイシャルは思う。
自分が来る必要なんてなかった。
メアリーも、そしてファリスも、二人とも自分よりも全然強い。
グレイシャルは、メアリーが無事だったことはよかったと思った。
だが彼女にとって自分は必要なのかと考えると、全身が重くなっていく。
「さてと、じゃあドワーフの子たちと話をつけなきゃね」
「あとファーソルから今回のことも含めていろいろ聞き出さなきゃな」
そんなグレイシャルのことなど気にせずに、メアリーとファリスは人攫い事件の後始末を始めるのだった。
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