#21

――ファーソルやドワーフの集団との戦い――人攫い事件から数日後。


グレイシャルは、もちろんルヴァーナの丸太小屋がある森へと帰ってきていた。


そして再び学問や魔術の鍛錬を繰り返す日々を送り、ここへ来た頃と同じ生活を送っている。


あれからメアリーは、ドワーフの集団の中の年長者だったあごひげを生やした青年ガルノルフと話し合い、彼らを赤の女王のメンバーに入れることにした。


これで赤の女王は人族、獣人族、ドワーフ族の子どもたちという三種類の種族で構成されることになり、その力をさらに増すことになる。


彼らを率いていたフルプレート·アーマーの男ファーソルのほうはというと、ファリスの拷問によって洗いざらい喋らされ、その後はメアリーによって命だけは取られずに西国せいこくに二度と足を踏み入れないという条件で逃がされた。


グレイシャルはそれらの話をそれとなく聞いていたが、ファーソルがなぜ人を誘拐していたかや、ドワーフの子どもらがどうして彼に従っていたのかは知らなかった。


いや、そこまで知ろうと気が回らない精神状態だったというのが正しい。


それは今のグレイシャルが、あの事件の日にメアリーの強さを見てから、自分の存在意義を失っていたからだった。


彼はてっきりメアリーが自分を旦那にするといって手元に置いていた理由が、魔導兵士としての力を求めているからだと思っていた。


だが実際グレイシャルが魔導の力を駆使しても歯が立たなかった相手を、彼女はいともたやすく倒してみせた。


メアリーが想像していた以上に強かったことは別に気にすることではなかったが、それならばどうして彼女は自分を傍に置いておくのか。


わざわざルヴァーナに文字の読み書きなどを教えるのを頼み、魔術を使えるように指導させたのか。


すべては将来的に自分の右腕として、そして組織の盾として役に立ってもらいたいからではなかったのか?


いや、メアリーの右腕ならばすでにもうファリスがいる。


彼女は魔術こそ使えないが、あのグレイシャルが敵わなかったファーソルを相手に優位に戦いを進めていた。


もしメアリーが割って入らなくとも、ファリスならばファーソルを倒していただろう。


そうなると、メアリーにとって自分は一体なんなのだろう?


魔導兵士なのに彼女たちよりも弱いという事実が、グレイシャルが持っていた自尊心とメアリーの役に立ちたいという気持ちをえさせていた。


役に立たない自分がここにいてよいのか?


グレイシャルはあの事件からずっと、自分の存在意義がないことに頭を悩ませていた。


「なんじゃグレイシャル? ぜんぜん身が入っておらんではないか?」


午前の授業を終え、日課である魔術の鍛錬に入っていたとき――。


ルヴァーナはここ最近のグレイシャルの異変に気がつき、彼の態度に注意をした。


もう造形魔術を使えるようになったグレイシャルは次の段階に入っているところだったが、ずっと上の空だったので注意されても仕方がない。


「そんなことないですよ。でも、やっぱり難しくて……」


「今のお前ならできるはずじゃ。もしかして、あのファーソルとかいうヤツとやり合ったとき何かあったのか?」


ルヴァーナに見抜かれ、グレイシャルは口をつぐんだ。


これまで誤魔化してきた彼だったが、やはりというべきか、常に一緒にいるルヴァーナには気付かれている。


そう思ったせいで、いつもの愛想笑いすらできなかった。


ここ数日がこんな調子だったので、造形魔術が次の段階に入っていても、グレイシャルに進歩がないのだから勘づかれもする。


その造形魔術の次の段階とは、自分の体よりも大きなものを魔術で生成することだった。


今までのグレイシャルはよく知るものならば、すぐに氷像ひょうぞうにして作り出すことができたが、すべて手のひらに乗せられるほどの大きさのものしかできなかった。


それでもルヴァーナの判断で、もうできる頃だろうと思われて実践しているところだったのだが――。


「こんなこと……意味あるんですかね」


ルヴァーナと顔を一切合わせずに、グレイシャルは言った。


造形魔術など覚えてなんになるのだ。


どうせならばより強力なものを覚えなければ、魔術の技術を高める意味なんてないのではないかと。


投げやりな態度のグレイシャルを見たルヴァーナは、酒瓶を口につけて一口飲むと、大きなため息を吐いた。


そして彼の傍に近寄ると、その酒臭い息を吐きかけるように言う。


「お前がなんで不貞腐れているのかが、今の発言からわかったぞ。大方こないだの戦いでメアリーの足でも引っ張ったのじゃろう」


「い、今はそんな話してないじゃないですか。そんなことよりもどうせ覚えるならもっと凄い、戦いの役に立つような――ッ!?」


ルヴァーナはグレイシャルの言葉をさえぎるように、彼の頭を鷲掴みにして自分のほうを向けさせた。


そして、顔を近づけて言う。


「言いたいことがあるなら、ちゃんと相手の顔を見て話せ」

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