#55

――赤の女王がウェルズ領を手に入れてから数週間が経っていた。


城内にはもう血生臭い雰囲気はなくなり、この場に戦いがあったとは思えないほど整理整頓、清潔になっている。


さらにガルノルフの指揮のもと、これから領を取り返しに来るであろうでサングィスリング帝国と戦うための軍備も整いつつあった。


赤の女王は100人にも満たない少数ではあったが、幸いなことにウェルズ領の中心部にある城は守り安く攻めにくい地形であるため、戦える者が少なくてもなんとかなる。


「山に囲まれた天然の要害……。とはいっても限界はあるよな……」


それでも帝国が本腰を入れて万単位の大群を送ってくれば、とても防ぎきれない。


ガルノルフは敵が本格的に進軍を開始する前に、なんとか根本的な対策を考えねばと頭を悩ませていた。


時期はもう秋が終わり、冬に入っている。


北国ほくこくではないにしても、この西国せいこくでも冬の遠征は堪えるものだ。


おそらくサングィスリング帝国が大群で攻めてくるのは来年の春頃だろうと、ガルノルフは考えていた。


「それまでになんとかしねぇとな……。だが、その前に……」


「ガルノルフさん! ファリスが戻ってきたよ!」


ガルノルフが思索しさくふけっていると、そこへグレイシャルが走ってきた。


ファリスが数人の仲間を連れて領内に残っていた帝国の勢力を潰し、中央にあるこの城へ戻ってきたのだ。


はしゃぎながらやってきたグレイシャルを見てガルノルフは呆れる。


「お前さ、ファリスには結構キツいこと言われてんのに、あいつが帰ってきてそんなに嬉しいのかよ?」


「えッ? だってファリスは仲間だし。それにメアリーの義姉妹だったらオレの妹みたいなもんでしょ?」


グレイシャルの返事を聞いたガルノルフは笑った。


久しぶりに大声で高笑い、彼の背中をバンッと強く叩く。


そうだ、こいつはこういうヤツだったと、小首を傾げているグレイシャルと共にファリスがいるところへと歩を進める。


「なにがそんなにおかしいんですか?」


「なんでもねぇよ。それよりもファリスは城に入ってからどこへ行ったんだ?」


「ああ、まずはメアリーに報告をするって」


グレイシャルの言葉を聞いたガルノルフは、一変して血の気が引いた。


ファリスは当然のことをしているのだが、今は彼女がメアリーと会うのはあまりよくないと、慌てて駆け出す。


急に走り出したガルノルフに、グレイシャルも驚きながらもついていく。


「いきなりどうしたんですか、ガルノルフさん?」


「わかんねぇのかよ!? ファリスは報告の後に十中八九お嬢にオニキースに聞かされた話をすんだろうが! そうなるといろいろ面倒なことになりそうだ!」


重傷を負っていたメアリーの傷はほぼ癒えていた。


だがガルノルフが病み上がりで動く必要はないと進言し、彼女は城内にある部屋で体を休めている。


本当ならオニキースら帝国軍に勝利したうたげは、メアリーが回復次第に行われるはずだった。


だがファリスが城を出ていたため、彼女が戻るまで延期となっていた。


城内の廊下を走るグレイシャルの目には、そんな宴の準備を始めようとしている仲間たちの姿が入っていた。


誰もがこれでようやくパーティーができると、ウキウキとしている様子が見て取れる。


一方でガルノルフはそれどころではなかった。


ファリスは間違いなくメアリーにオニキースの話――王族の血筋ではないという話をするだろう。


彼女は詳しい話を聞く前に怒鳴り散らしたので、王族がどうのという話は知らなかったが、メアリーが仲間たちに嘘をついているとは聞いている。


あの狼系獣人の娘は、絶対にそのことをメアリーに訊ねるはずだ。


「お嬢がどんな反応するかはわからねぇがともかくあいつがお嬢の部屋に行く前に止めるんだ!」


そしてグレイシャルとガルノルフは、メアリーの部屋の前にたどり着いた。


扉が開いていたので、中から声が聞こえてくる。


その声はファリスのものだった。


グレイシャルはガルノルフと顔を見合わせると、部屋の中に駆け込んだ。


「なんだお前ら? 部屋に入るときはノックぐらいしろよ」


そこにはファリスともちろんメアリーの姿があった。


ファリスの手にはひげの生えた男の首が持たれており、彼女は部屋に入ってきたグレイシャルたちを見て、呆れている。


「その首は、もしかして領内に残って帝国の指揮官のか?」


ガルノルフが訊ねると、ファリスは持っていた首を彼らの前に放った。


すでにかなりの時間が経っていたのだろう。


転がった首からは出血はなく、凄まじい《ぎょうそう》形相で虚空こくうを見ているだけだ。


「ああ、そうだよ。最初は殺さずに捕まえるつもりだったんだけど、こいつがやってたことが許せなくてな。ついカッとなってっちまった」


ファリスはそう言うとメアリーのほうを向き、2人が来たのは丁度いいと報告を始めた。


彼女が探していたウェルズ領内に残っていた帝国の勢力は、 どうやらオニキースが捕らえられたことを知ったようで、慌てて逃げ回っていたため探すのに苦労したらしい。


だが、それだけならファリスも殺すまでしない。


面倒だなと苛立つだろうが、メアリーが決めた極力敵を生かして捕らえる指示は、彼女も守る意志は強かった。


では、なぜ敵の指揮官が首だけにされてしまったのか?


それはこの指揮官の指示で、逃げ回っていた少数の帝国兵たちが、とある流言りゅうげんを言いふらしていたからだった。


「その話があまりにヒデーもんでよ。さすがのあたしもキレちまったっわけ」


「その話って、なんなの?」


恐る恐る訊ねたグレイシャルに、ファリスは苦虫を噛み潰したかのような顔で答える。


「それはメア姉の家系、ウェスレグーム家の王ってのが代々女好きって話さ」

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