#56

領内で出回っていた噂とは――。


西国せいこくをずっと治めてきたウェスレグーム家についてだった。


ウェスレグーム家の男は代々好色家が多く、妻だけなく側室もかなりの数がいたらしい。


本来、王族の結婚は外交の一部なので、王族には自分が愛する女性と結婚する自由はない。


そこで王族は自分の愛する女性を公妾こうしょうとして大っぴらに宮廷に入れ、私生活上のパートナーとすることが認められていた。


ただし公妾に生まれた子供は世継ぎとはなれない。


貴族の地位を与えられて、宮廷内でそれなりに優遇ゆうぐうされるだけだ。


だが先々代の西国の王はウェスレグーム家の中でも輪をかけて女好きで、後宮に女性を招くだけでなく、城の外を出ては情事を繰り返していた。


それはまるで美術品を集めるコレクターの如くだったようで、王族、貴族はもちろん、気に入れば農民、奴隷にまで手を出していたという。


身分だけではない。


さらには獣人族、エルフ族、ドワーフ族、魔族など、種族さえ問わずに抱きまくっていたらしい。


先々代の王はそのことを、西国内で自分と交わっていない美人はいないと、誇らしくさえ思っていたようだ。


「話はわかったが、それがどうメアリーの悪い噂に繋がるの?」


グレイシャルが訊ねると、ファリスは不機嫌そうに彼を睨んだ。


その顔は「わからねぇのか?」とでも言いたそうだった。


そんな彼女に代わって、今の話から内容を理解したガルノルフが口を開く。


「その女好きの王さまがお嬢の父親だって言い回ってたんだろ?」


「えッ? それってどういうこと?」


「つまりだな」


ガルノルフはおそらくと前置きをしてから、グレイシャルに説明した。


ファリスが首だけにした帝国の残存勢力の指揮官は、メアリーがその好色家の王が適当に国内の女に産ませた人間だと、領内に吹聴ふいちょうしていたのだろうと。


要はメアリーはそこらにいる下賤げせんの出で、父親こそ王族だが、母親のほうは素性もわからない身分の低い女だと言っていたのだ。


話が終わると、ファリスが口を開く


「まあ、大体ガルノルフの言う通りだ」


「で、でも、それでもメアリーのお父さんが王さまだってのは変わらないんじゃない? なんでそれが悪い噂に?」


「お前はホント察しが悪いな」


ファリスはここまで聞いてもまだ理解していないグレイシャルに呆れながら、再び話を始める。


「このヒゲ野郎が言うにはな。そのメア姉の親父だかじいさんだか思われるその王さまは、西国内だけでも200人以上の子がいるとか抜かしやがったんだ。それがどういうことなのかはわかんだろ?」


「ご、ごめん、わからない」


「わかれよ、バカ! 簡単に言えばな! このヒゲ野郎は、メア姉が王族を名乗ることに意味なんてねぇって言ってんだ!」


その噂の意味するところとは――。


先々代の王の子は認知されていないだけでも200人以上はおり、メアリーのような者などめずらしくなく、王族としての価値などないということらしい。


正式にウェスレグーム家の家系図に名がない彼女は、そもそもどこぞの馬の骨だと、それが首だけになったひげの指揮官の言い回っていたことだった。


ファリスはせっかく手に入れたウェルズ領内でそんな噂を流していたことが許せず、感情的になって殺した――それが彼女の言いたい話だ。


「報告はこんな感じだよ、メア姉。ともかくもう噂が広がることはねぇし、領民連中もメア姉のことは好きそうだったから、大きな問題はないと思う」


「そっか……。外に出てて疲れてるのにありがとうね、ファリス」


これまでずっと黙っていたメアリーがファリスをねぎらった。


彼女は笑みこそ浮かべていたが、その顔はどこか不安そうだと、グレイシャルには見えていた。


「じゃあ、この話はこれで終わりな。そういえばまだパーティーはやってねぇんだろ? ならあたしはその前にちょっと飲ませてもらう」


「おい、ファリス! この話をこのまま放っておいていいはずがねぇだろ!?」


ガルノルフが声を荒げてファリスを止める。


彼としては今はよくても、後に響く問題だと思っているようだった。


大々的にウェスレグーム家の血筋だと自分で言い回っていたメアリーが、実はその他大勢の下賤の者と変わらないと広まれば、よく思わない人間も出てくる。


特に西国は身分に関して厳しい国だ。


ガルノルフとしては、早々に何か対策を考えるべきだと主張したが――。


「この話はもう終わりだって言っただろうが!」


ファリスは吠えるように大声を出して返した。


「そんなに心配なら、これからこの話題を出したヤツをあたしが片っ端から殺してやる。それで問題解決だ」


「マジで言ってんのかファリス!? そんなことで解決するわけねぇだろ!?」


「それでいいんだよ! いくらガルノルフでも、これ以上この話をすんなら容赦しねぇぞ!」


ファリスはそう叫ぶと部屋を出ていった。


一方でガルノルフは頭を抱えると、すぐに彼女の後を追いかけた。


「おい、グレイシャル! あいつは俺がなんとかするから! お前はお嬢のほうを……なッ!」


そして部屋を出る前に、ガルノルフはグレイシャルにそう言い残していった。

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