#50
――ウェルズ領の襲撃から一夜明け、城内に静けさが戻っていた。
戦いは“赤の女王”の勝利に終わり、捕らえられたサングィスリング帝国の兵たちは皆、
城内は中庭から廊下、さらに大広間中が血塗れになっていた。
それはもちろん領主の間も例外ではなく、その光景が戦いの凄まじさを物語っている。
「なんでメア姉があんなボロボロになってんだ! あたしは助けろって言ったよな!? おいコラッ! 聞いてんのかグレイシャル!?」
平穏となった城内に、狼系獣人の少女ファリスの怒号が響き渡っていた。
彼女は魔導兵を相手にしながらも、誰よりも早く領主の間へとたどり着き、そこで倒れているメアリーを見て気が気ではなかった。
ファリスは半壊した壁に埋もれているオニキースや、片膝をついていたグレイシャルのことなど気にもかけず、すぐにメアリーを運んで治療を
だがその後に、グレイシャルへと食ってかかっていたのだ。
約束が違うだろうと、ファリスはガミガミと魔力切れで
「ごめんよぉ……。でも、やっぱオレじゃ助けるなんてことできなくて、メアリーを手伝うので精一杯だったんだ……」
「精一杯だったじゃねぇ! メア姉が無事だったからよかったものの、もしなんかあったらあたしはあんたを殺すだけじゃ済まさなかったぞッ!」
グレイシャルは言い訳をしなかった。
彼は最後はメアリーがオニキースを倒したとだけ伝え、その説明のせいもあってファリスが激しく誤解しているのだ。
だが“赤の女王”のメンバーは皆、理解している。
戦う前から重傷を負っていたメアリーが敵の将を討ち、そして辛くも生き残ることができたのは、すべてグレイシャルの頑張りによるものだと。
見かねたドワーフ族の青年ガルノルフが、ファリスに向かって口を開く。
「まあまあ、もういいじゃねぇか。グレイシャルはよくやってくれたって」
「なに甘いこと言ってんだ、ガルノルフ!? お前はメア姉がどんな状態でいたか見てねぇからそんなことが言えんだよ! 全身の傷が開いていて、あと少し手当てが遅れたら危ないとこだったんだ! それなのにこいつは大したケガでもねぇのに魔力切れで動けねぇと抜かし――ッ!」
「でもお嬢は生きてる」
ガルノルフは、まくし立てるように喚くファリスの言葉を
そして、顔をゆがめた彼女に言葉を続ける。
「そいつはグレイシャルの頑張りのおかげだ。それともなんだ? お前はグレイシャルが手でも足でもどっか千切れてたら満足したのかよ? 名誉の負傷でもしてればよかったのか?」
「そ、そんなこたぁ……ねぇけどぉ……」
「じゃあ、この話はもう終わりだ。あんまり噛みつくなよ。ウェルズ領は取ったし、お嬢も無事だったんだ。これ以上何を望むんだ」
周囲にいた赤の女王のメンバーも、ガルノルフに同意するかのようにコクコクと
中には目に涙を浮かべる者もおり、自分たちが成し遂げたことを改めて実感しているようだった。
すると、ファリスは決まりが悪くなったのか。
顔を赤くしながらその場から去っていく。
皆、ファリスのメアリーへの想いを知っているだけに、誰も彼女の態度を責めようとは思わない。
でもまあ、少々グレイシャルへの当たりがキツいとは誰もが思ってはいるが、それは彼への
「あいつ、ああは言ってるけどよ。それだけ信じてんだよ。お前なら絶対にお嬢を守れるはずだってな」
「守れた……んですかねぇ……」
「上等上等。さっきも言ったが、こっちは望んでたもん全部叶ってんだ。これ以上は欲張り過ぎだろ」
ガルノルフがグレイシャルの肩に手を乗せ、ニカッと歯を見せた。
その顔も手も体も傷だらけだったことから見るに、彼もまた中庭を死守するのに命懸けだったことがわかる。
「オニキースを生きたまま捕らえるっておまけもついてるしな。だからよぉ。お前はもっと胸を張っていい。みんなもそう思ってるぜ」
ガルノルフの言葉に、周囲にいた赤の女王の仲間たちも同意していた。
メアリーがあの怪我でもオニキースに勝てたのは、グレイシャルがいたからだと。
そして、あの生きる伝説と呼ばれたアドウェルザーと戦って生き残った2人なら、今回も絶対に仲間たちとまた顔を合わせることができると。
誰もが傷だらけの顔で、笑みを浮かべながら口にしていた。
「ガルノルフさん……みんなも……。うぅ……。オ、オレ……オレはぁぁぁッ!」
グレイシャルは皆の言葉に感極まったのか。
両目から涙が溢れ、ろくに喋れない状態で何か話していた。
その情けない姿を見て、仲間たちはさらに笑っている。
締まらないなと――。
メアリーを助けた英雄が泣くなよと――。
やっぱりグレイシャルらしいと――。
それぞれが和やかな雰囲気で感想を
「よし、みんなッ! お嬢が元気なったらこのバカでけー城で、ビックパーティーとでもいこうぜ!」
ガルノルフは泣きじゃくるグレイシャルの頭を擦りながら、赤の女王の仲間たちに向かってそう声を張り上げた。
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