#45
オニキースが振るう魔術を放つことができる武器の正体は、魔導兵士の命から作られていた。
その事実を知ったグレイシャルは、振り払ったはずの帝国への恐怖が再びぶり返し、拳を
それも当然のことといえた。
次に捕まればグレイシャルの体は破壊され、魔力を定着させた心臓を抜きとられ、永遠に道具として生きることを強要されるのだ。
そうなればもう、自分の意志でどうすることもできない。
死ぬよりも恐ろしいことが待っている。
オニキースは、恐怖で
魔槍の刃を向け、煽るかのようにその歪んだ笑みで口を開く。
「さっきの勢いはどうした? かかってこないのか? それとも怯えて動けんか? うん?」
「はぁぁぁッ!」
そのとき、張り上げた声と共に赤い髪の少女がオニキースの体を吹き飛ばした。
それは全身の傷口が開いて動けないはずのメアリーだった。
彼女は満身創痍の状態ながらも剣を振るい、オニキースをグレイシャルから引き離したのだ。
「大丈夫よ、グレイシャル。わたしが、わたしたちが……あなたを帝国なんかに絶対に渡さないから」
全身に巻かれた白い包帯から、彼女の瞳や髪と同じ真っ赤な血が
メアリーは笑顔ではいるものの、その呼吸は激しく乱れ、顔色も真っ青になっていた。
とても剣を振れるような状態ではない。
だがそれでも彼女は、グレイシャルを守ろうと前に出る。
「その怪我でまだ動けるとは、小賢しいにもほどがある」
オニキースは不機嫌そうにそう言うと、ゆっくりと距離を詰めてきた。
先ほどのメアリーの攻撃は槍で防いでいて、ダメージはほとんど見られない。
おそらく魔槍リストレントもまた、メアリーのロングソードと同じ超硬度金属――アダマント製だ。
いくら魔導兵士の命から作った武具であっても、普通の金属ならば今の一撃で砕けていてもおかしくはない。
「わたしは負けるわけにはいかないの! 仲間のため、みんなの笑顔のため、そしてなによりもわたし自身のためにも……必ず
メアリーから仕掛ける。
だが剣術の素人であるグレイシャルから見ても、今のメアリーの動きは鈍かった。
万全の状態である彼女とは、剣速も踏み込みもすべてが遅く、どう見てもオニキースと戦って勝てるとは思えない。
それでもメアリーは
体から吹き出る血を振り撒きながら、敵へと向かっていく。
「なにが国を取り戻すだ。貴様のような小娘に、そんなことができるはずがなかろう!」
「できるできないじゃない! やるかやらないか、それだけよッ!」
メアリーのロングソードとオニキースの持つ魔槍リストレントがぶつかり合った。
ガキンという金属音が領主の間に響き渡る。
そこから両者の剣は、さらに激しさを増していった。
剣と槍という違いこそあれど、どちらも
西陸流の戦闘スタイルは速度と攻撃力に特化した技を得意とし、いわば攻めの剣だ。
そのため、メアリーの素早い斬撃もオニキースの鋭い突きも、相手に届く前に刃同士がぶつかり合っていた。
「メ、メアリー……」
グレイシャルは2人の戦いを、ただ立ち尽くして見ていた。
そして、捕まれば生きたまま武具に加工されるという恐怖よりも、もっと恐ろしかったことを思い出す。
それは山岳地帯で偶然にも
アドウェルザーの凄まじい強さを前に、何もできなかった自分。
倒されても何度も立ち上がり、
今、目の前で傷だらけで大男へと向かっていく彼女の姿が、あのときの――無力だった自分を振り返させる。
「ヤ、ヤダ……、もうあのときみたいなのは……ヤダ……」
グレイシャルはアドウェルザーに殺されかけたときの恐怖以上に、メアリーを失うことに
それは辛くも生き残った自分に、同じように生き残った彼女がかけようとしてくれた言葉が大きかった。
もしガルノルフからメアリーが伝えたかったことを聞いていなかったら、今このときでもアドウェルザーに対する
だが今のグレイシャルは、なによりもメアリーが大事だと改めて認識していた。
メアリーとオニキースの戦いは激しさを増していく。
しかしこのまま長期戦になれば、重傷を負っているメアリーが負けるのは目に見えていた。
彼女もそれを理解しているのか、一気に
「無双三連ッ!」
「その技は俺には通じんぞ、小娘ッ!」
メアリーが西陸流の技――無双三連を繰り出したが、やはり今の大怪我を負った彼女ではオニキースに届かず、反対に吹き飛ばされてしまった。
彼女はこのまま再び壁に叩きつけられるかと思われたが、グレイシャルが吹き飛んでいくその体を受け止める。
「グレイシャル……?」
「もう十分だよ、メアリー。ごめんね、オレが情けないせいで、また君に無理をさせちゃった」
グレイシャルはメアリーをゆっくりと床に寝かせると、オニキースを
「もう大丈夫だから……あとはオレに任せてくれ!」
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