#46

そう声を張り上げたグレイシャルは、オニキースへと歩を進めた。


拳を強くにぎり込み、彼の全身が魔力によって光を放ち始める。


そのときのグレイシャルの表情に、もう恐怖の色はなかった。


何度も迷っては覚悟を決め、その度に震え上がっていた少年はここへきてようやく吹っ切れていた。


もう二度とメアリーを失うようなことがないように――。


彼女が自分のために傷つかないように――。


そのためならば命すら惜しくないといった気迫が、グレイシャルの放つ魔力から感じられた。


「まるで人が変わったかのような面構えだな。見違えたぞ、小僧」


オニキースは、そんな彼の改めた決意を感じ取ったのか。


先ほどまで浮かべていた薄ら笑いが消えていた。


その顔は、強敵を前にした戦士のそれだ。


さすがはくさっても西陸流にしりくりゅうの使い手というわけか。


魔槍まそうリストレントもオニキースに呼応して、凄まじい魔力を放ち始める。


「そんなにその小娘が大事か?」


「ああ、大事だよ。だからあなたを倒す」


そう答えたグレイシャルの表情は変化していた。


視線こそ鋭いままだったが、まるで氷のような冷たい面相めんそうになっており、彼の持つ幼さや甘えが顔から消え去っている。


それに比べて体から放たれている魔力のほうは、町をひとつ焼きつくさんばかりに轟々ごうごううごめいていた。


そして、グレイシャルは足を止めた。


オニキースの魔槍の間合いだ。


だがオニキースから仕掛けることはなく、槍を構えながらグレイシャルの様子をうかがっている。


対峙した両者に動きはない。


しばらくの間視線を交わし、そして次の瞬間――。


まるで溜まったマグマが火口から噴火するように、互いの魔力がぶつかり合う。


先手を取ったのはグレイシャル。


彼は魔槍の放つ雷を拳で払いながら、オニキースの真下へと踏み込んだ。


そして下から突き上げるように拳を振るう。


その一撃はオニキースのあごをかすめた。


オニキースは冷や汗をきながら、なんとかグレイシャルと距離を取ろうとするが、そんなすきは与えられない。


槍の振れない近距離から、グレイシャルの怒濤どとうの攻めが始まる。


左右の拳を小刻みに打ち続ける。


最初こそかわせたオニキースだったが、ほぼ密着状態であるため胴体への攻撃は避けれなかった。


それでも身に付けている鎧は超硬度金属――アダマント製だ。


たとえ魔力を纏った拳だとしてもダメージはないと、オニキースは思っていた。


だがその考えは甘かった。


(こいつ!? さっきよりも魔力が上がっているのか!?)


小突かれ続けているうちに、次第に鎧が変形してきていた。


打たれたときの衝撃も想像よりも重く、ダメージらしいダメージはないものの、オニキースはこのままでは不味いと動揺を隠しきれない。


しかしそうは言っても、グレイシャルにピタリと貼り付かれているといった状況。


得意の槍は振れず、さらにはこれまでは有利だと思っていた体格差が、逆に相手をとらえにくくさせていた。


なんとか魔槍の力で雷を放ち、自分の間合いを取り戻そうとするが、グレイシャルはそれを拳で相殺そうさいしてくるので意味がない。


今のオニキースは振りづらい槍をなんとか使って、柄で相手の攻撃を受けるのに精一杯になっていた。


「えーい! やりづらくてかなわん!」


「喋る余裕があったの?」


オニキースが愚痴ぐちをこぼした瞬間、グレイシャルの振り上げた拳がその胴体を捉える。


これまでの小突いていたものとは違い、しっかりと腰の入った一撃だ。


深く心臓へと突き刺さった一撃が、鎧の上からでも衝撃を与え、オニキースは一瞬ときが止まったかのように全身が動かなくなる。


「ガッ!?」


そこへグレイシャルは追い打ちをかけた。


ここで決めるんだといわんばかりに左右の拳を何度も振り上げ、屈んで腰を落としたオニキースの顔面をメッタ打ちにする。


魔力を纏った拳をモロに喰らい続けたオニキースの顔が変形していき、グレイシャルがまだ殴り続けている途中で倒れた。


バタンという大きな音が領主の間を覆い尽くす。


「はぁ……はぁ……」


グレイシャルは足元にオニキースが転がっていることに気づくと、乱れた呼吸を整えていた。


魔導兵士の攻撃はまともに喰らえばヒュドラすら一撃で仕留めるほどの威力だ。


いくら槍の使い手として名が通っているとはいえ、普通の人間であるオニキースでは耐えられるはずもない。


まだ完全に呼吸が整っていなかったが、グレイシャルはメアリーのもとへと歩み寄った。


戦いは終わった。


ウェルズ領を指揮する帝国の将を倒したのだ。


あとは仲間たちと合流し、残っている敵を倒せばすべてが片付く。


グレイシャルはそう思っていたが――。


「まだよグレイシャルッ! そいつはまだ動いてる!」


メアリーが近づいてくるグレイシャルに叫び、振り返るとオニキースが立ち上がっていた。


オニキースは変形した顔を怒りでさらに歪ませながら、その口を開く。


「貴様のような小僧にいい様にされるとは……。だがこれで終わりだなどと思うなよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る