#44

今オニキースが持っている槍――これが先ほどの魔術のような攻撃の正体。


その槍の名は魔槍まそうリストレント。


この槍はその名の通り、魔術の力がそなわっている魔導武具ともいうべきものだと、オニキースは言う。


「ま、まさか帝国は、武器にまで魔力を定着させることができるようになったのかッ!?」


驚愕の声を上げたグレイシャル。


彼の両足は、まるで寒さに震える羊のようになっていたが、それでもなんとかオニキースの姿を見据えていた。


今にも逃げ出したい衝動を抑えながら、なんとか目だけはそらさない。


「いや、違う。そうなればもっと楽に魔導武具を量産できるんだが、そうはいかなかった。だが惜しい、惜しいぞ小僧。もう半分正解だといっても過言かごんではない」


オニキースの笑みが深くなる。


本人がわかっているのかは知らないが、非常に下卑げひた笑み。


それは大人が何もわからない子どもを見て、その頭の悪さをからかうのに似ている――そんな下品な表情だった。


グレイシャルはその深くなった笑みを薄気味悪いと感じ、前だけは向きつつも、足のほうが勝手に距離を取ろうとしてしまっていた。


彼がおぞましいと思っていると、オニキースは答えが出ないとみて、その下卑た笑みのまま口を開く。


「時間切れだ。では、答えを教えてやろう。順々にゆっくりとな」


オニキースはクククと肩を揺らしながら言葉を続ける。


「この魔槍はお前ら魔導兵士ならばよく知る男、リベデラット殿どのが手掛けたものだ。つまりはさっきお前が予想した、槍に人工的に魔力を定着させたのではないかと思われるが、そうではないッ!」


視線を外さないグレイシャルを見たオニキースは、鼻息を荒くして、魔槍リストレントを振って回転させ始めた。


そのグレイシャルと対峙したときに見せたような――まるで風車のように回している様子は、彼がじっとしていられないことがわかるものだった。


ともかく楽しくなって動きたくて仕方がないのだろう。


オニキースは、魔槍を振り回しながら話を続ける。


「この槍に付いている宝玉ほうぎょくを見よ。これがこの槍を魔槍へと変えているものだ」


そしてピタッと振り回していた槍を止めると、グレイシャルによく見えるように槍を立てる。


禍々しく光る黒い宝石が刃の中央部にめ込まれている。


ということはと、グレイシャルは考える。


あの宝石――いや、魔石といったほうがいいか。


オニキースがやった魔術のような攻撃は、あの魔石から槍を通して放たれたとすると、あれさえ破壊できればもう魔術は使えなくなる。


さらにもうオニキースがたねを明かしてくれたので、それを想定して戦えば勝機はある。


ルヴァーナから魔術による攻撃を相殺する方法は習っている。


向かってきた魔術に魔力を纏った拳なりなんなりをぶつければ、打ち消すことができるのだ。


だが先ほどからあの魔槍から感じる、この胸のざわつきはなんだろう?


凄く嫌な感じがする――グレイシャルがそう思考を巡らせていると、オニキースがまた話を始めた。


「フフフ、その様子からして、先ほどから感じているようだな。無理もない。なぜならばこの宝玉はいわば貴様と同類といっていいい存在なのだからな」


「同類? それってどういうこと……?」


「この宝玉、つまり魔槍はな。貴様ら魔導兵士の命から作られた、いわば人間を武具にしたものなのよ」


「な、なんだって……ッ!?」


もし持たざる者が後天的に使用したいのならば――。


グレイシャルのように人工的に魔力を体に定着させるか、または子どもが老人になるくらいの時間をかけた修行が必要だ。


そのことをルヴァーナから聞いていたグレイシャルは、どちらも正解ではないと思っていた。


それは成人した者の体には魔力が定着しないと聞いていたからだった。


だからこそオニキースたちが所属する組織――帝国は、グレイシャルたちのような身寄りのない子どもを集める必要があった。


そして子どもたちを使って、自分たちの敵と戦わせるという人道的に酷いやり方をしていた。


だがオニキースの口にしたことは、それ以上に最悪だった。


魔力を人工的に体に定着させた子どもを加工し、それを武具に埋め込むなど、人としてけしてやってはいけない領域だ。


このことを大陸中の人間が知れば、サングィスリング帝国が糾弾きゅうだんされることは間違いない。


今でこそ帝国は、数年前の“水蛇災害”と呼ばれるヒュドラの群れからヴェリアス大陸全土を救い、すべての国を治める権利を得た英雄となった。


それでもこの人を人と思わない事実は、帝国を今の立場から引きずり下ろすに十分に非道な行為であった。


しかしグレイシャルは、そこまで頭が回らない。


逃げ出したい衝動がさらに増し、無理矢理押さえ込んでいた震えが全身を襲い始める。


「これでなぜ俺が貴様を殺さずに捕えたいかがわかっただろう? 魔導兵士は我々にとって今も価値のある資産なのだ。もう命令を聞かなくても構わん。なにせ完全な道具となってしまえば、もはや逃げることも逆らうこともできんのだからな」


オニキースは槍を一振りすると、さあ始めようとばかりに身構えた。


そんなオニキースを見たグレイシャルは、恐怖のあまりに後退あとずさってしまっていた。

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