#31

アドウェルザーと同じく白い髪に紫色の目を持った男の子。


その子は口を開き、アドウェルザーに何か言いたそうにしていた。


その開いた口からは鋭い牙が見えた。


おそらくは魔族か、少なくとも人族ではないだろう。


「少し待っていろ」


歩を進めてくる少年に気が付いたアドウェルザーは、彼に背を向けたまま口を開いた。


そして少年に言葉をかけた後、次の瞬間にはアドウェルザーは血塗れになっていた。


その血は彼のものでなく、目の前にいたグレイシャルのものだった。


アドウェルザーは、少年に声をかけると同時に、グレイシャルの胴体に大剣の刃を突き刺した。


刺した剣が体から抜けたことで、開いた体の穴から血が噴き出し、それをもろに浴びたのだ。


その一瞬の出来事に、メアリーは少し遅れて叫び声を上げた。


「グレイシャルッ!? グレイシャル! グレイシャルゥゥゥッ!」


彼女は何度もグレイシャルの名を叫び、駆け寄ろうとした。


そして、転びながらも身を引きずって彼に近づこうとしていた。


何をされたのか理解していないグレイシャルは倒れ、彼の耳にはただメアリーの泣き声だけが聞こえている。


薄れていく意識の中で、グレイシャルは思う。


ああ、また役に立てなかった。


ダメでもダメなりに、メアリーのために何かしてあげたかったのに。


ここで終わってしまうのか。


せめてメアリーがサングィスリング帝国から西国せいこくを……いや、ウェルザー領を取り返してから死にたかった。


民の大歓声を浴びながら、皆が喜ぶ姿を見て満面の笑みを浮かべる彼女の顔が見たかった。


だが、それはもう叶わない。


自分はここで死ぬのだ。


「ル……ヴァーナさん……ごめん、なさい……オ、レ……やっぱり、ダメでした……」


そう呟いた後、グレイシャルは完全に動かなくなった。


メアリーはそれでも体を引きずり、必死で彼に近づこうとしていた。


グレイシャルの名を呼ぶのを止め、まるで傷ついた獣のように叫びながら、この場にいるはずがないファリス、ガルノルフ仲間たちに助けを求めた。


一方でアドウェルザーは、大剣についた血を風を起こして払うと、近寄ってきた少年と何か会話をしていた。


その間メアリーはようやくグレイシャルの体へとたどり着き、泣きながら彼に声をかけ続けていた。


当然、返事はない。


虚ろな目で真上を眺めているグレイシャルは、彼女の声には応えない。


しばらく周りを囲む岩壁にメアリーの泣き叫ぶ声が反響していたが、彼女は何を思ったのか、アドウェルザーに声をかけた。


「お願い! グレイシャルを、グレイシャルを救ってッ! あなたならできるでしょ!?」


メアリーは、なんとアドウェルザーに助けを求めた。


戦いの中で彼の持つ魔術を見て、その技量からかなり高度な治癒魔術を使えると思ったのだ。


これにはさすがに驚かされたのか。


これまで見せていたアドウェルザーの涼しい顔が崩れる。


「喚き過ぎて頭がおかしくなったのか? どうしてわざわざ殺した相手を救ってやらなねばならない」


「そんなことわかってるわよ! 敵であるあなたにこんなこと頼むわたしはどうかしてる! でも、でも……それでも……もうあなたに頼むしかグレイシャルを救う方法がないのッ!」


敵に命乞いする以上のことを求めたメアリー。


たしかにこの場で瀕死ひんしになったグレイシャルを救える可能性を持つのは、アドウェルザーだけといえる。


それでもだ。


メアリーが自分でも口にしているように、その発言はあり得なさ過ぎて、彼女の姿は滑稽こっけいにすら映った。


アドウェルザーは、必死に訴えかけてくる赤い髪の少女を見て、不可解そうに訊ねる。


「また同じことを言わせてもらうが、そいつに一体なんの価値がある? お前のような者がそこまでするような奴には思えんが」


「彼が好きなの! ただ、それ……だけよぉ……」


そう答えたメアリーは、その場に倒れ込んだ。


いや、むしろもうとっくに限界を超えていた彼女が、ここまで動けていたのが奇跡だといえた。


動かなくなったメアリーから顔を背けると、アドウェルザーはその場を去ろうとした。


このまま放っておけばグレイシャルはもちろん、重傷を負っているメアリーも死ぬだろう。


アドウェルザーは、それが当たり前だといわんばかりに彼らから離れる。


「う……」


だか近寄ってきていた魔族と思われる少年が、彼のマントのすそを掴んで止める。


少年は掴んだマントをグイグイと引っ張りながら、その首を左右に振っていた。


そのときの少年の顔は、アドウェルザーに何かを訴えかけているかのようだった。


「こいつは毒されていない……お前はそう言うのか?」


魔族だと思われる少年は、アドウェルザーにそう訊ねられると、彼と同じ紫色の瞳で見つめ返す。


何も答えずに、ただアドウェルザーに目を合わせているだけだ。


すると、少年の思いをんだのか。


アドウェルザーは、倒れているグレイシャルとメアリーのほうへと戻った。

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