#14

一緒に小屋から出てきたファリスはすでに馬の背にまたがっており、見上げてくる子どもたちに向かって口を開く。


「メア姉はこれからあたしと仕事だ」


ファリスの言葉を聞いて、子どもたちから不満の声が上がった。


せっかく来たのにファリスはもう行ってしまうのかと。


そしてメアリーも連れて行ってしまうのかと、椅子から立ち上がって喚くように抗議している。


これには普段から荒々しい態度のファリスもさすがに困ってしまい、それを見ていたメアリーが、助け船を出すように子どもたちに声をかける。


「ごめんね、みんな。一緒に遊ぶのはまた今度にしましょう」


メアリーの一言で、子どもたちは不満そうながらも押し黙った。


彼ら彼女らもわかっているのだろう。


二人がやっている仕事がとても大事なことだということを。


「グレイシャル、みんなのこと頼んだわね。あとルヴァーナもまだ動けそうにないから、あの人のこともお願い」


「えッ? ああ、う、うん……」


馬に跨ったメアリーはグレイシャルにそう笑みを向けると、ファリスと共に丸太小屋の前から去っていった。


その去り際に、ファリスはグレイシャルを睨みつけて、フンッと鼻を鳴らしていた。


グレイシャルは最初こそ、なぜ彼女に嫌われているのかがわからなかった。


だがそれもメアリーがリーダーをしている組織――“赤の女王”のことを詳しく知ってからは、それとなく理解できるようになっていた。


ファリスは元々“赤の女王”を結成する前は、今の組織にいる獣人族の子どもたちを束ねていた存在だったらしい。


そんなファリス率いる獣人族たちがある日、役人とつるんで民から金銭や食料をだまし取っている人間がいると聞き、そいつを始末しようと男の屋敷に行ったところ――。


すでに屋敷は何者かに襲撃された後で、そこには赤髪の少女――メアリーがひとり剣を片手に、屋敷にいたゴロツキどもの死体の山の上で、男の首を持っていたのが二人の出会いだったようだ。


その後ファリスは、メアリーの西国の民を想う心意気に打たれ、彼女と義姉妹の契りを交わした。


そして後に結成された“赤の女王”で、ファリスはメアリーの右腕として活躍しているというのが話の流れだ。


それから考えるにファリスの立場からすれば、グレイシャルは何も知らない何もしていないぽっと出の男だ。


それがいきなり姉貴分の旦那になるなど、これまでメアリーを支えてきた彼女からすれば面白くないのも仕方がない。


一応ルヴァーナもメアリーの伴侶はんりょの一人――嫁となっているが、彼女は歳が離れすぎている上に同性ということもあって、あまり気にならないのだろう。


同世代の男がいきなり慕っている姉の旦那になれば、ファリスの自分に対する態度も頷ける――グレイシャルからすると、そう考えるしか他に理由が見当たらない。


「おい、グレイシャル! ちょっとこっち来い!」


メアリーとファリスを見送った後、丸太小屋からルヴァーナの呼ぶ声が聞こえた。


グレイシャルは水でも欲しいのかと中へ入ると、彼女は奥の部屋のベットに横になっていた。


その顔色は青白く、まだ昨夜の酒が抜けてないのがわかる。


「なんですか、ルヴァーナさん?」


「なんだじゃない。お前もあいつらを手伝うんじゃ。近道を使えばあいつらよりも先に着けるからのう」


「えッ!?」


何を言い出すかと思えば、ルヴァーナはメアリーたちを追いかけるように言ってきた。


なんでも彼女がいうには、メアリーとファリスはこれからドワーフの一団を退治しに行ったようだった。


その話の内容によると、どうやら他の“赤の女王”のメンバーは集められなかったらしく、メアリーたちは二人だけでドワーフらを相手するつもりらしい。


「わしが手を貸してやれればいいんじゃが、酒にやられた状態じゃそうもいかんでのう。この歳で飛んだり跳ねたりっていうのも億劫おっくうじゃし、そこでお前の出番というわけじゃ」


「で、でも、メアリーからは子どもたちとルヴァーナさんのこと頼まれているし……。勝手について行ったら嫌われないかなぁ……」


「何を言っておる? こういうときこそ日頃の恩を返す絶好の機会じゃぞ。それに荒事ならお手の物じゃろう? 魔導兵士だったお前なら」


迷っている――いや、正確には行きたくなさそうなグレイシャルを見て、ルヴァーナはベットから体を起こした。


そして彼の肩に手を回して引き寄せると、耳元でささやくように言う。


「いいから、ここで良いところ見せておけ。そうすればメアリーのお前への好感度も急上昇じゃ。さらにはお前のことを良く思っていないファリスも、窮地きゅうちを助けられたとなれば。認めざる得なくなるじゃろうて」


「メアリーが喜んでくれる……。もしそうなら……」


グレイシャルの呟くような返事を聞いたルヴァーナは、ニカッと白い歯を見せると、彼の背中をバシッと叩いた。


それから痛がるグレイシャルを無視して地図を差し出し、記載されている道通りに行けばメアリーたちに追いつくと言った。


地図を受け取ったグレイシャはルヴァーナの用意の良さに呆れたが、彼女の言う通りにすることを決め、丸太小屋を駆け足で出ていく。


「死んでも生きて帰れよ。もちろん全員でじゃぞ」


背中からルヴァーナの送り出す言葉を聞きながら、グレイシャルは「変なことを言うなぁ」と思ったが、彼女なりの激励なのだろうと思うようにした。


丸太小屋を出て子どもたちが飛び出してきた彼に気がつくと、驚いた顔で声をかけてきた。


まさかグレイシャルも行っちゃうのかと、皆、不満そうに喚いていた。


グレイシャルはそんな子どもたちに謝りながら、手を振って森へと入っていく。


「メアリーとファリスと一緒に死んでも生きて帰るから! みんなはルヴァーナさんのことをお願いね!」


走り去っていくグレイシャルの背中には、「死んでたら生きて帰って来れないぞ!」と、子どもたちの指摘する声がぶつけられていた。


グレイシャルは「その通りだなぁ」と笑うと、走る速度をさらに上げていった。

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