#39

ガルノルフが聞いた話によると――。


メアリーがまだ母親と暮らしていたときに、住んでいた村をヒュドラに襲われたらしい。


それを救ったのは、自分とそう変わらない幼い少年少女――魔導兵士たちだった。


つまりは世に“水蛇災害”と呼ばれているヴェリアス大陸を襲ったヒュドラの群れの事件だ。


幼い頃のメアリーは、そのときの魔導兵士たちの活躍が忘れられず、ずっと憧れを持っていたようだ。


いつかは自分も彼ら彼女らのように、虐げられている民を救うような人間になりたいと。


「その後に母親が流行り病で死んじまって、お嬢はファリスらと“赤の女王”を立ち上げた。俺やお前と会ったのは、その少し後だったそうだ」


「えッ? でもメアリーって西国せいこくの王族だったんじゃないの?」


食いついてきたな――と、ガルノルフは笑みを浮かべる。


「そこまでは聞いちゃいねぇよ。お嬢も酷く取り乱してたし、なんか事情があって村に母親といたんじゃねぇのか? まあそいつは置いといて、お嬢は憧れの魔導兵士を探させて、お前と会ったわけだ」


グレイシャルは話を聞いて、どうしてメアリーが自分を旦那にすると言ったのかを理解した。


だがそれは自分という人間のことでなく、あくまで魔導兵士という存在に対しての憧れだからという理由からだと知って落胆らくたんしていた。


まあ、そんな理由でもなければ、ネズミのようにこそこそ逃げ回っていた奴を、伴侶にするなんて言わないだろう。


だがメアリーが自分という人間ではなく、魔導兵士という肩書きで好きなったと思うと、胸が締め付けられるように苦しくなる。


「なに落ち込んでんだよ? 話はまだ終わってねぇんだから、何か思うなら最後まで話を聞いてからにしろ」


明らかに肩を落としているグレイシャルを見て、ガルノルフは彼をからかうように言った。


そして、再び話を始めた。


メアリーは憧れだった魔導兵士が、自らの身の危険もかえりみずに、老婆を救ったことに感動していたようだ。


それから実際に噂の魔導兵士――グレイシャルと話したときに彼女は確信した。


「お嬢は言ってたぜ。この人となら何があってもやっていける。これからの人生を、この人と生きていきたいってな」


両目を見開いて見てくるグレイシャルに、ガルノルフはニカッと歯を見せて言葉を続けた。


憧れていたというのはきっかけに過ぎず、実際に酒場の老婆を救うためにその身を危険にさらしたグレイシャルに、メアリーは心底惚れ込んだのだと。


「まあ、本人もそのときはまだ子どもだったって恥ずかしがってたけどな。旦那とか嫁とか、そういうのをよくわかってなかったってよ」


「そうだったですね……」


ガルノルフに笑顔で答えたグレイシャル。


その瞳はうるみ、今にも涙がこぼれそうだ。


そんなグレイシャルの肩をポンッと叩き、ガルノルフは口を開く。


「とまあ、そんな話らしいから、あんまり自分に負い目を感じんなよ。お嬢は単純にお前に惚れちまったんだ。そりゃ命も懸けんだろうが」


グレイシャルは何も答えなかった。


だが、それは明らかに今までの態度とは違う。


ガルノルフにはそれがわかった。


「それにお嬢だけじゃねぇ。俺もみんなも、ファリスのヤツだって口ではあんな感じだが、赤の女王の全員がお前のことを頼りにしてんだぜ」


「ガルノルフさん……。ありがとうございます……」


「なあに、礼をいわれるようなことじゃねぇよ。それよりも俺が勝手に話しちまったってお嬢が知ったら、一体なにをされるかと考えると怖くなってきたな」


「ハハハ、たしかに他人から伝えられたらよく思わないかも。でもオレ……話を聞けてよかったです」


グレイシャルはこぼれそうな涙を拭い、改めて思う。


メアリーが自分のことを気にかけたきっかけは、やはり自分が魔導兵士だったからだった。


だが彼女はちゃんと自分のことを――グレイシャルという人間のことを見ていていた。


それは他人からすれば小さな善行ぜんこうで、そんなことくらいでと思われるようなことだったが。


グレイシャルからすれば、メアリーは魔導兵士という肩書ではなく、自分の性格や人柄を知って好きになってくれたということが嬉しかった。


そして、こう思う。


メアリー·ウェスレグームという女の子は、大事なものや好きな人のためならば、自分の命を放り出す人なのだと。


そんな人を愛さずにはいられない。


馬車が止まる。


どうやら城内にある目的地の食糧庫に着いたようだ。


「始まるな、グレイシャル。やってやろうぜ。俺たちの未来のためによ」


ガルノルフはよっこらせと腰を上げると、側においていたウォーハンマーを肩に担いだ。


そして座っているグレイシャルへと手を伸ばした。


「はい。メアリーのためにも、絶対にみんなで生き残って、帝国からこの国を取り戻しましょう」


グレイシャルはガッチリとガルノルフの手を握って立ち上がると、覇気に満ちた笑みを返した。


その顔にはもう迷いはない。


まるで暗雲あんうんが晴れた後に差し込んだ陽射しのような、実に晴れ晴れとした表情をしている。


「おう。ひと暴れしてやろうぜ。帝国からすりゃ俺たちなんて取るに足らないガキの集団だろうが、目にも見せてやる」


立ち上がった2人は、それから互いの拳を突き合わせると、馬車から降りていった。


それが赤の女王による、ウェルズ領の攻略作戦が始まる合図となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る