#38

「おいどうした、グレイシャル? なんかずっと元気ねぇじゃねぇか?」


心配になったガルノルフは、グレイシャルを元気づけようと会話を続けようとした。


だが、彼にはわかっていた。


それはメアリーが目覚めてからずっと――いや、アドウェルザーとのことが会ってからグレイシャルが自分に負い目を感じ続けていることを。


気が付いているのはガルノルフだけではない。


赤の女王のメンバーは皆、気付いている。


その落ち込みようは、グレイシャルを責めていたファリスでさえもう彼には文句を言わなくなるほどで、本人は普段通りにしているつもりだろうが、周りから見れば明らかだった。


「……道中でのことを気にするなとは言わねぇけどよぉ」


ガルノルフはグレイシャルの横に腰を下ろし、彼の隣に並んで座った。


馬車内は城内に運ぶ食料の山と彼らだけで、後の仲間たちは皆、馬の手綱を引く御者ぎょしゃや周囲を見張るように歩いている。


外からは馬車を引く馬のひづめが石畳の道を踏み鳴らす音や、荷車の車輪がきしむ音が聞こえてきていた。


「お嬢を避けるのはよくねぇんじゃねぇか?」


グレイシャルはうつむきながら引きつった笑みを浮かべると、何も言わずにただコクッとうなづいた。


それを横目で見たガルノルフは、やれやれと苦い顔をすると彼に、昨夜に2人が隠れ家に戻ってきた後にあったことを話し始めた。


外からグレイシャルが戻り、それから少し遅れてメアリーが帰ってきたとき――。


彼女は酷く慌てた様子で、地下室で話をしていたガルノルフとファリスのところにやってきたそうだ。


メアリーは彼らにすがりつくように近づくと、自分がグレイシャルに避けられてると今にも泣きそうな顔で言い出した。


最初は、先ほどメアリーは目覚めたばかりで――それがこの短い間に何が起こっているんだと、ガルノルフはわけがわからなかった。


一方でそんなメアリーを見たファリスは怒り狂い、ガルノルフが造ったアダマント製のカトラスの二刀を持って部屋を飛び出そうとする。


ガルノルフは間違いなくファリスがグレイシャルのところへ行くつもりだと察し、彼女のことを慌てて止めた。


それから荒れ狂う狼系獣人の少女を落ち着かせ、メアリーから詳しい話を聞くことに――。


「お前さ、お嬢が話したかったこと聞こうとしなかったんだってな。なんで聞かなかったんだよ? わざわざ外まで行ったんだから、聞いてやりゃよかったのに」


訊ねられてもグレイシャルは答えない。


先ほどと同じように、馬車内の床を見つめながら引きつった笑顔でいるだけだった。


いつまでも態度を変えないグレイシャルに、ガルノルフは呆れていた。


昨夜2人が別れた後に、メアリーがどんな状態だったのかを話してもこの調子だ。


元々、他人とのやり取りや意思疎通が苦手だと思っていたが、まさかメアリー相手にここまでこじらせるとはと。


(いや、むしろお嬢だからこそか……。こいつにとっちゃ、こんなになっちまうほどの相手なんだろうし……)


だが、それでもガルノルフは話を続ける。


「……お嬢がお前に伝えたかったことってのはな。アドウェルザーに殺されかけたとき、お前のことを好きだって言ったことの説明を、ちゃんとしたかったそうだぜ」


ガルノルフは、昨夜泣きながら部屋にやってきたメアリーの話したかったことを口にし始めた。


今から2年前――。


メアリーは西国せいこくに魔導兵士が現れたことを噂で聞いた。


なんでもその少年は、自分を追っているサングィスリング帝国の兵たちが町に現れたとき、どうしてだかわざわざ自分から姿をさらしたらしい。


その理由は、彼に食べ物と泊まるところを紹介した酒場の店主の老婆が帝国兵に絡まれたため、魔導兵士の少年は老婆を救うために飛び出したようだ。


事情を聞いたメアリーは、めずらしく私情で“赤の女王”を動かし、魔導兵士の捜索を始めた。


そして、ついに魔導兵士と対面することとなった彼女は、その少年からいろいろなことを訊ねた。


ガルノルフの始めた昔話を聞いているうちに、グレイシャルはそのときに聞いたメアリーの言葉が脳裏をかすめる。


「あなたがわたしの旦那に相応しいかを知るためよ」


そのときは王族の女性は特別な力を持つ人間を伴侶はんりょするものだと思い込んでいたが、ルヴァーナから常識を学んだことで、考えてみればおかしなことだと知った。


メアリーがルヴァーナも嫁だと言ったことや、他にも伴侶となる者がいると言ったことも誤解する要因だった。


どうして自分を旦那にするなどと彼女は言い出したのだろう?


今になって考えれば、その理由がわからない。


引きつった笑みを止め、考え込み始めたグレイシャルに、ガルノルフは言う。


「お嬢はな。あのとき勢いで好きだと言っちまったんで、改めてお前を旦那に選んだ理由を話しておきたかっただとよ」

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