#54

鉄格子越しに互いの主張を口にし合う。


ガルノルフは感情的になっているグレイシャルと、それをからかうように言い返しているオニキースのことをしばらく静観していた。


そして、ようやく聞けたメアリーがついているという嘘の内容を考える。


まずはガルノルフが思ったのは、メアリーがウェスレグーム家の血筋だと口にすることのメリットだ。


西国せいこくの盗賊や人攫いが仕切る裏社会に、突如現れた赤い髪と瞳を持った少女が王族の生き残りだと口にすれば、その噂は瞬く間に広がっていく。


それが嘘か真実かは重要ではない。


メアリーの名は知れ渡り、そんな彼女のことを聞いて結成当時の赤の女王に参加した者もいるだろう。


そして、現在――。


西国はサングィスリング帝国の手によって事実上滅ぼされ、民たちには重い税を課せられている。


さらに治安は荒れる一方で、西国は弱き者が蹂躙じゅうりんされる地獄絵図と化していた。


そこへ滅んだと思われたウェスレグーム家の少女が登場し、犯罪組織を相手に闇から民を救えば、誰の目から見ても彼女を英雄として称えるに決まっている。


実際にガルノルフたち帰る家のないドワーフ族の子どもたちも、メアリーのおかげで奴隷のような生活から解放され、今では彼女の下についている。


そう考えると、メアリーが王族の生き残りだと嘘をつくことはメリットしかない。


もしデメリットがあるとすれば、今目の前で起きていること――。


オニキースのように、メアリーがウェスレグーム家の血筋ではないという証拠を持った人間が出てくることだ。


メアリーがウェスレグーム家だと嘘をついてたということが西国中に伝われば、非常に不味い事態になる。


これまで彼女を称えてきた民たちが一瞬で軽蔑けいべつする可能性が高い。


民衆とはそういうものだと、ガルノルフはこの事実にどう対処していいのかを考えたが、やはりどうしようもできないという結果が出た。


「おい、グレイシャル。その辺にしておけ」


ガルノルフは鉄格子にかぶりついているグレイシャルを止め、背負っていた荷物の中からパン干し肉、そして果実と水の入った布袋を出した。


それからそれら食べ物を牢の中にいるオニキースの前に放り投げると、彼に向かって言う。


「約束のちょっと豪華な朝メシだ」


「ついでにかせも外してくれたらもっと食べやすいんだが」


「ふざけるなよ。負けたっていってもお前はお嬢とグレイシャルの相手を同時にできるようなヤツだ。たとえおりの中に入れてても油断できねぇ」


め言葉と思っておこうか。それで、話を聞いてお前はこれからどうするんだ、ドワーフ? 今の話を仲間に言えば、もしかしたら幻滅する奴もでてくるかもしれん。かといって黙っておくのも悪手だろう」


「お前には関係ない」


「いっそ本人に問いただしてみるか? まあ、本当のことを言う保証はないがな」


「……いくぞ、グレイシャル」


ガルノルフは室内の灯りをいくつか消して、部屋を後にする。


薄暗くなった中でグレイシャルは、出て行く前にオニキースへ向かって口を開いた。


「最後にこれだけは言っておきます。オレはメアリーが王族だろうがそうじゃなかろうがどっちでもいい……。彼女の価値ってそういう身分とか肩書きとかそういうんじゃないから……。たぶんだけど……赤の女王のみんなも同じ気持ちだと思います」


「そう言い切れるお前がうらやましい……。今吐いた気持ちを、せいぜい大事することだ」


沈んだ表情で笑みを見せたオニキースを一瞥し、グレイシャルは部屋を出ていった。


それからグレイシャルとガルノルフは、帝国兵がいる牢の前を進み、今いる地下から城内へと戻る。


道中で彼らの間に会話らしい会話はなかった。


その理由は、オニキースの話したことが尾を引いていたからなのは明白だった。


「大丈夫だとは思うが、あいつから聞いた話は誰にも言うなよ」


「……うん」


「お嬢が全快して、領内が落ちついたら本人に訊いてみよう。問い詰めるとかそういうんじゃなくて、その対策つーか、そういう話をな」


ガルノルフは呟くようにそう言うと、グレイシャルの前から去っていった。


ひとり残されたグレイシャルは、城内の掃除をしている仲間たちのところへ向かう。


そして、城内の廊下を歩きながら思う。


大丈夫だ。


ガルノルフはオニキースの話を聞いても変わっていない。


いつもの彼だった。


それはもちろん自分も同じで、たとえメアリーが王族の血筋ではなくても何も変わらない。


「おう、グレイシャル。尋問はどうだった?」


「なにか聞けたの?」


清掃を任されている者たちのところにたどり着いたグレイシャルに、仲間たちが訊ねてきた。


グレイシャルは彼ら彼女らに首を左右に振って応えると、掃除用具を手に取って言う。


「結局、全部ガルノルフさんがやっちゃったから、オレが行く意味なかったよ」


彼の返事を聞いた仲間たちは、「まあ、そうだよな」と言って笑っていた。


赤の女王のメンバーの誰もが、グレイシャルが尋問などに向いていないことはわかっている。


きっと彼が魔導兵士だったという理由で、何か有利に事が運べるかもしれないと連れていったと仲間たちは皆思っていたが、想像通りの結果だと口にしてすぐにまた掃除を始めた。


グレイシャルは、そんな仲間たちを見て考える。


(オニキースにはああ言ったけど……。みんな……メアリーが王族じゃないって聞いたらどう思うんだろう……)


不安がよぎる。


牢の前で、たとえメアリーが嘘をついていたとしても仲間たちは気にしないと言っておいて、今さらながら心配になってくる。


だが誰も彼女がウェスレグーム家の生き残りだからついて来ているわけではないと、グレイシャルはそんな疑念を抑え込んだ。


皆のことを信じるのだと。


仲間たちはメアリーの身分ではなく、彼女のこれまでやってきたことでついて来ているのだと。


「よし、今日で掃除を終わらせるてみせるぞ!」


独り言を大声で発したグレイシャル。


それから彼は、急に声を張り上げたことでビックリしている仲間たちのことを気にせず、無心で清掃を始めた。

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