#48

グレイシャルは思う。


そうだ。


アドウェルザーとの戦闘では、魔力を纏った拳を軽々受け止められ、必死で戦うメアリーを前に、呆然と立ち尽くしてしまっていた。


その圧倒的な実力の差に震えて何もできず、大剣で胴体を貫かれて死にかけた。


メアリーのために今回のウェルズ領の攻略作戦に参加したのに、その前に彼女を守れずに殺されかけた。


だけど、今は違う。


通じないと思っていたアダマント製の鎧を殴りつけ、一度はオニキースを倒した。


とはいっても、今が絶体絶命であることは変わらない。


満身創痍のメアリーを背に、とてもここからの逆転など望みは薄い。


だがそれでも、アドウェルザーと対峙したときほどの絶望感に比べたら、自分はまだ動けている。


オニキースが復活し、4体の魔導兵が同時に襲ってきても、あのときほど戦意は失われてはいない。


諦めるにはまだ早い。


グレイシャルは顔を拭ってメアリーへ笑みを返す。


「メアリーは本当にすごいよ……。オレ、今さっきまでもうダメだとしか思えなかった……だけどッ!」


拳を強く握り、襲ってくる魔導兵らに向かって振り上げる。


「君の言う通り、あのときほどじゃないッ!」


グレイシャルが放った魔力を纏った拳が、魔導兵の甲冑を貫いた。


続けて向かってきていたもう1体のほうにも、返す刀で裏拳を打ちつける。


そして同じく、その1体のアーメット兜の顔面を破壊する。


「バカな!? 魔導兵はアダマント製だぞ!? それにさっきは俺の鎧すら貫けなかったのにッ!?」


オニキースが驚愕の声を上げた。


その言葉の通り、先ほどグレイシャルの拳は、オニキースの身に付けた鎧をへこませるくらいしかできなかった。


だがそれが、同じ材質であるアダマント製の魔導兵を砕いたのだ。


その土壇場でのグレイシャルの急成長に、驚かずにはいられないのは当然だ。


「フレイム·バレットッ!」


「ぐわぁぁぁッ!?」


そこへすかさず、メアリーが炎の魔術を使って火の弾丸をオニキースへと放った。


親指を立て、人差し指を向けて狙いを定めた彼女の得意の炎魔術だ。


顔面が燃え盛り、オニキースは慌てて残っていたポーションを頭からかぶり始めていた。


それを見たメアリーは、火が消えてから苦しそうにしているオニキースに向かって言う。


「ポーションの無駄遣いってとこね。これでもう回復はできないでしょう」


「くぅッ!? 小娘、貴様ぁぁぁッ!」


逆上したオニキースは魔槍リストレントを振るい、魔導兵をけしかける。


だが今のグレイシャルには、自慢の配下も役には立たなかった。


グレイシャルは振り落とされた武器ごと魔導兵を殴り飛ばし、武器ごとその甲冑をぶち壊していく。


追い詰めたと思いきや、いつの間にか窮追きゅうついされたのはオニキースのほうとなった。


「おのれ小僧! だがまだ敗れたわけではない! 間合いさえ取れば、貴様ごときに遅れはとらんぞ!」


だが、オニキースはまだ戦意にあふれていた。


たしかに先ほどの密着状態にさえおちいらなければ、槍のリーチの長さを活かして戦いを有利に進められる。


事実、単純な戦闘技術でいえばグレイシャルは目の前の相手を殴ることしか知らない素人に近い。


対するオニキースは西陸流せいりくりゅう槍術の使い手だ。


まだこれまでの戦闘では見せていないが、メアリーの放つ“無双三連”のような技を隠しているのかもしれない。


どちらが勝つかわからないのが現状だ。


しかし、それはオニキースにとっても同じ。


なにせ今のグレイシャルは、アダマント製の鎧を砕くほどの力がある。


一体何が起きて急にそんな力を得たのかはオニキースにはわからないが、グレイシャルがもう先ほどよりも余裕を持って戦える相手ではないことはたしかだ。


「西陸流槍術の技、とくと味わえ小僧ッ!」


声を張り上げ、オニキースがグレイシャルへと襲いかかった。


嵐のような連続の突きが降り注いでくる。


しかも上段、中段、下段と、まるで槍技のお手本のような打ち込みだ。


さらにしっかりと相手との距離を取り、グレイシャルの拳がけして届かないように攻撃している。


グレイシャルはこれをなんとか避けながらじっくりと間合いを詰めようとするが、オニキースは連打しながらも魔槍による魔術も忘れない。


相手が突きをかわせば槍の刃がほとばしり、稲妻が放たれる。


これにはいくら魔術を相殺できるとはいえ、距離を詰めることは難しかった。


完全にオニキースが戦いの主導権を握り、やはりグレイシャルとの戦闘経験の差が如実にょじつにあらわれ始める。


「くッ!? ダメだ! これじゃ近づけない!?」


「グレイシャルッ!?」


思わず内心が漏れたグレイシャルに、メアリーが声を張り上げた。


彼女は再び長剣を手にしていたが、加勢したくても戦いに割って入れずにいた。


それでもなんとか炎の魔術で援護しようとしていたが、オニキースにそのすきが見当たらない。


「ハハハッ! どうした小僧!? 手も足も出んか、あん!? 所詮、貴様程度では俺の足元に及ばんッ!」


意気揚々と歓喜の声を発したオニキース。


格でいえばやはり相手のほうが上か。


グレイシャルはそう思っていたが、それでもその目はまだ死んでいなかった。


オニキースの猛攻を受けながらも、彼は反撃の機会をうかがっている。


(イメージしろ……。非力な自分が相手を倒すイメージを……。想像を、最後まで想像力を忘れるなって……あの人がいつも言っていたじゃないか……)


そう心の中で呟きながら、グレイシャルの脳裏にルヴァーナの姿が浮かんでいた。

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