#22

ルヴァーナにすごまれたグレイシャルは何も言えなくなっていた。


さらに顔を背けたくても、彼女に頭を掴まれて一切動かすことができない。


しばらくの沈黙の間、二人は視線を合わせ続けた。


そしてずっと怯えた目で見つめ返してくるグレイシャルを見て、ルヴァーナはその手を放す。


「まったく、そんなにメアリーの一番になりたいのか、お前は?」


「ちがッ!? そ、そんなんじゃないですよ!」


顔を真っ赤にして反論してきたグレイシャル。


ルヴァーナはそんな彼を見て大きくため息をつくと、腕を組んでから口を開く。


「メアリーは別にお前にそういうことは求めてないと思うんじゃがな。わしから見ればあいつは、強さとかそういうんじゃなくて、ただお前を気に入っているから伴侶になってほしいといったわけで――」


「でも俺は……彼女の役には立ちたい……です……」


今度はグレイシャルがルヴァーナの言葉を遮った。


彼はルヴァーナのことを見つめながら、まるで何かを訴えかけるような顔をしていた。


そんなグレイシャルから何かを察したのか。


ルヴァーナは丸太小屋の裏へと歩いていく。


どこへ行くつもりなんだとグレイシャルが後を追いかけると、彼女はすぐに足を止めた。


「今は自分にできることをやればいい。それだけで十分メアリーあいつの役に立つ」


ルヴァーナは丸太小屋の裏にある、何もない広く平らな場所に向かって手のひらをかざした。


すると次第に彼女の手に魔法陣が現れ、凄まじい光を放つ。


「今お前に教えようとしているこれも、その一つじゃ」


「こ、これもって……うわッ!?」


光が辺りを包むと、何もなかった広く平らな場所に塔が立っていた。


何か古代の遺跡のような装飾が付いた塔だ。


それは空にも届きそうなほどの高さで、すべて氷でできている。


そう――。


ルヴァーナはグレイシャルと同じ氷属性の魔術を使い、この氷の塔を生成したのだ。


グレイシャルが言葉を失って塔を見上げていると、ルヴァーナは翳していた手を解いて指をパチンと鳴らした。


その音と同時に氷の塔の周りに無数の火がともり、氷の塔が溶けて水へ、そして水蒸気へと変わっていく。


「どうじゃ凄いじゃろ? 造形魔術を極めれば、メアリーに宮殿でも城でもなんでも作ってやれるぞ」


酒瓶に口をつけ、一口飲んでからそう言ったルヴァーナ。


ヒックと声を出しているのが締まらないが、彼女は凄まじい魔力でもって、造形魔術の素晴らしさをグレイシャルに見せて教えた。


無数の火によって水蒸気と化していったことで、丸太小屋の空に虹ができあがる。


小屋の中からは、その虹を見て喜んでいる子どもたちの声が聞こえてきていた。


そしてグレイシャルもまた、消えてしまった氷の塔と現れた虹に見て立ち尽くしている。


「こんなことができるなんて……まるで奇跡だ……」


そんな彼の肩をパンパンと叩き、ルヴァーナが言う。


「お前が初めて造形魔術に成功したときに、作ったのはなんじゃった?」


「メ、メアリーの氷像です……。すっごく小さいやつ……」


グレイシャルの答えに、ルヴァーナは満足そうに微笑む。


「思いは想像力をはぐくむ。そして奇跡を生む魔術は想像力なしにはあり得ない」


「そ、それってどういう意味ですか?」


「想像が魔術のみなもとならば、すべての奇跡もまた想像によって作られる。人はそれを魔術という」


笑顔で腕を組みながら、ルヴァーナは言葉を続けた。


グレイシャルは何か引け目を感じてるようだが、実際メアリーに訊かねば彼女が何を考えているのかはわからない。


わからぬことで悩む気持ちは理解できる。


だがまずはできることに集中し、それから時を待って自分の立場を知るのも悪くないのではないか?


それと、グレイシャルが造形魔術ができるようになったきっかけは、メアリーへの思いからだ。


たとえメアリーがどう考えていようがそれだけは事実であり、その思いがグレイシャルの想像力を湧かせたのではないかと、彼女は実に嬉しそうに語った。


「自分の思いを、想像力を疑うな。魔術という奇跡は、お前の中から現れるもの。それを信じられないような奴に造形魔術はできん」


ルヴァーナの話を聞いたグレイシャルは、気がつけば涙ぐんでいた。


今にもこぼれそうな涙を堪えるので精一杯だった。


何か返事をしたくても上手く喋ることができない。


ルヴァーナに言いたいことがたくさんあるのに、口に出したい言葉が感情に飲み込まれていく。


「もっと自分を信じてやれ、グレイシャル。それができたとき、お前は今よりももっと大きな奇跡を起こせる」


「は、はい……ありがとうございますッ!」


ようやく出せた声を張り上げ、グレイシャルはルヴァーナに深く頭を下げた。


けして彼女に泣き顔を見られないようにと、誠心誠意のお礼の気持ちを込めて。


この日からグレイシャルは、以前からくせだった引きつった笑みをすることが減っていき、より造形魔術へとのめり込んでいくようになった。

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