#57

ファリスとガルノルフは去って行き、部屋にはグレイシャルとメアリーだけが残った。


グレイシャルは、ガルノルフが自分に何をたくしたのかは理解していた。


それは地下牢でオニキースから聞いた話――。


メアリーが赤の女王の仲間たちに嘘をついているという話についてだ。


普段は察しの悪いグレイシャルでも(さっきファリスに言われたばかりだ)、さすがにこのことはわかっている。


「ねえ、グレイシャル。ガルノルフの言っていたことって?」


メアリーがたずねてきた。


それも当然だ。


ファリスと言い争ってあとを追いかけたかと思えば、急に何か含みのある言葉を残していったのだ。


しかも「お嬢を……な!」と切迫した雰囲気だった。


どんな人間でも気になるのは当たり前だ。


「えーと……そ、それはね……」


ビクッと身を震わせて激しく動揺するグレイシャル。


彼は強張った笑みを見せながら、どう話を切り出していいかを必死で考えていた。


そんな彼の表情から察したのか。


メアリーは彼に再びく。


「もしかしたらあなたたちはもう知っていたの、さっきのこと?」


「えッ!? いや、その……うん、全部じゃないけど、それとなく、ね……」


訊かれたグレイシャルは、まるで罪を白状するように答えた。


実はメアリーの療養中りょうようちゅうに、このウェルズ領を任されていたサングィスリング帝国の幹部――オニキースから、メアリーが王族ではないということを聞かされたと。


メアリーの名前がウェスレグーム家の家系図になかったと、グレイシャルは問い詰められているかのような態度で話した。


「そっか……。家系図なんてあったんだね……」


オニキースの言った話を聞いたメアリーは、グレイシャルに背を向けて窓から外を眺めていた。


その背中がとても寂しそうに見えたグレイシャルは、急に胸が締め付けられるような痛みを覚えた。


彼女が辛そうにしているのに、自分には何もできないのか?


いや、なんでもいいから声をかけるのだと、グレイシャルの頭の中では自問自答が繰り返される。


「あのさ! オニキースの話だけどさ! あの人がメアリーを王族じゃないって言った理由がさっきファリスが話してたことで解決したよね!」


オニキースはメアリーが仲間に嘘をついていると言った。


それは彼女の名がウェスレグーム家の家系図になかったからで、先ほどファリスがした話からわかる。


その話を聞くに、メアリーの父親かまたは祖父の西国せいこくの王はかなりの好色家で、身分も種族も問わずに誰かれかまわず子を作ったからだった。


ということは、メアリーは仲間に嘘はついていない。


グレイシャルはそう思い、彼女を安心させようとしていた。


「それにメアリーが嘘くらいついても誰も気にしないと思うし。全然気にするようなことは――」


「違うの、グレイシャル……」


振り返ったメアリーの目からは、涙がこぼれていた。


身を震わせ、堪えられず流れる涙。


グレイシャルは彼女と出会ってからの色んな表情を見てきたが、泣き顔を見るのは初めてだった。


「わたしはお母さまからずっと、お前はウェスレグーム家の血を引いているって言われていたの……。だけど、どうやらわたし……偽物だったみたい……」


「そんなことないよ! だって家系図に名前がなかっただけで、メアリーが王族だってことはさっきの話からわかるでしょ!?」


慌てたグレイシャルは、すぐに扉を閉めて彼女をなぐさめようとした。


自分は何を勘違いしていたのだろう。


メアリーが気にしていたのはオニキースの言ったことではなく、自分の素性についてだ。


その態度からして、彼女は自分の出生について何も聞かされていなかったのだろう。


自分が王族の血筋ではあるものの、まさかそんな事実があったことを、メアリーは今初めて知ったのだ。


(もしルヴァーナさんがここにいたらゲンコツ喰らっているよ! って、今はそんなこと考える場合じゃないッ!)


グレイシャルは慌てながら思う。


おそらくはそれだけを支えにこれまでやってきたのだろう彼女の気持ちに、どうして気づいてやれなかった?


まだ幼い少女が、ずっと裏社会の人間やサングィスリング帝国と戦ってこれたのは、自分の生まれに矜持を持っていたからだ。


それが今その他大勢と変わらない、大した意味もないと知ったときの絶望に、どうして気づいてやれなかったのだと、グレイシャルは自分のことが許せなくなっていた。


「泣かないでよメアリー! なんでもするから泣かないでッ!」


グレイシャルはなんとかメアリーの涙を止めようとする。


思いつく限りの言葉を吐き、彼女を笑顔にしようとその場でバタバタと手を振りながら動き回っていた。


だがメアリーが泣き止むことはない。


何を言おうがどんな言葉をかけようが、彼女は両手で顔を覆って、静かにすすり泣くだけだった。


こんなときどうすればいいのか?


グレイシャルには経験もおつむも足りない。


なんとかできないかとずっと考える中、彼はふとルヴァーナから言われたことを思い出す。


「よく見せようとするな。今お前ができる最高をやってみせろ」


それは彼女から造形魔術を習っているときだった。


グレイシャルは氷の魔術を使って必死に思い描いたものを造ろうとしたが、どうも想像しているようなものができずに、悩んでいたときにかけられた言葉だ。


師に言われたことを思い出し、グレイシャルは深呼吸する。


そして静かにメアリーに声をかけた。


「メアリー、ちょっと見ててね」

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