#5

――ファリスと名乗る狼系の獣人の少女に従い、グレイシャルは彼女の言うメア姉なる人物のもとへついて行くことにした。


その理由は、とても逃げ切れないと思ったからと、あとは相手の力量がわからないこと――さらにはできることならば戦いたくなかったからだった。


それに一応ファリスたちはサングィスリング帝国の人間ではなく、“赤の女王”という組織の者だと名乗ったので、帝国軍に差し出される前に隙を見て逃げればいいとも考えていた。


移動中に木製の手枷をはめられたのは嫌だったが、こんなものは魔導兵士であったグレイシャルにとってはすぐ破壊できる。


ここは黙って従っておいたほうがよい――。


グレイシャルは変に警戒されないようにと、いつも以上に従順な態度に徹していた。


山岳地帯を抜けると、集団の先頭にいたファリスが馬を走らせてグレイシャルの隣に並んできた。


当然、手枷をはめられて歩かされているグレイシャルは、狼系獣人の少女に見下ろされる形となる。


「魔導兵士っていっても、あたしらとそう変わらねぇんだな」


「か、変わらないって、なにが?」


引きつった笑顔で訊ねたグレイシャルを、ファリスは睨みながら口を開く。


「あん? としだよ、歳。そのくらい話しててわかんねぇのか?」


「ハハハ、そうだよね。お、俺もそう思ったんだけど……」


「だったら訊くなよ。ったく、イライラするヤツだな」


勝手に苛立たないでくれ――。


グレイシャルはヘラヘラと笑いながらも、内心でそう思った。


彼としては少しでも会話を盛り上げようとしただけだったのだが、どうやらファリスは態度なのかなんなのかが気に入らないようだ。


こっちはなるべく穏便に済まさせ、さっさと逃げたいのに――。


だがファリスはその後もずっとグレイシャルから黙ったまま離れず、結局は逃げ出す隙はなかった。


それから山岳地帯を越えて森を抜け、平地へとたどり着くと、そこには真っ赤な天幕が見えた。


その目立つテントを見たグレイシャルは、あそこに“赤の女王”のリーダーがいるとすぐにわかった。


名前のまんまだなと内心で呆れながら、彼はファリスに背中を押されながら、二人だけで真っ赤な天幕内へと入る。


「連れてきたよ、メア姉。こいつが噂になってる魔導兵士だ」


中に入る直前に、ファリスが声をかけた。


グレイシャルは“赤の女王”と名乗るだけあって、かなり強面の女性を想像していたのだが――。


「お疲れ様、ファリス。ふーん、この子が魔導兵士なんだ。なんか想像とかなり違うけど、本物だよね?」


それはお互い様だと、グレイシャルは内心で呟いた。


なぜならば真っ赤な天幕の中にいたのは、彼が想像していた強面の女性ではなく、小柄な少女だったからだ。


赤い瞳と髪という容姿で、鋭い目つきが特徴的だったが、どう見ても自分と同年代の女の子にしか見えない。


まさかこんな少女が――。


いくら“赤の女王”が子どもばかりだからいっても一つの組織を率いているなんて(ガラは悪いのはこの際、関係ない)、グレイシャルには考えられなかった。


「姉さんたら、あたしを疑うの? 心配しなくても裏は取ってるよ。目撃者の婆さんからこいつの特徴は聞いてたし、しかも洞穴ほらあなに隠れていたから間違いない」


「ちょっとした冗談よ。でもまあ、この子が魔導兵士に見えないのは本音だけどね」


「うん、それはわかる」


リーダーの少女がファリスと軽く会話をすると、獣人の少女は天幕を出ていった。


どういう意図なのかはわからないが。


どうやら最初からグレイシャルと赤髪の少女を、二人きりにするつもりだったようだ。


グレイシャルは、一体これから何が始まるのだろうと不安を感じながらも、変わらずに引きつった笑みを浮かべていた。


そんな彼のことを、リーダーの少女はその赤い瞳で黙ったまましばらく見続ける。


これまで魔導兵士以外の異性とろくに関わったことのなかったグレイシャルは、緊張で固まってしまう。


だがここで目をそらしたら、逆にやましいことがあると思われると考え、しっかりと見つめ返してヘラヘラと笑い続けた。


そして見つめ返しているうちに、冷や汗を掻きながらも、彼女の赤い瞳を綺麗だなと思った。


「おっと、黙っててごめんね。じゃあ、これからいくつか質問するから、答えられるものは答えてね」


グレイシャルにとって長かった時間は終わり、リーダーの少女が口を開いた。


尋問が始まるのだろうと思ったグレイシャルだったが、彼女が訊ねてきたことはおかしなことばかりだった。


まずは名前と出身地から始まり、それから好きな食べ物や趣味はあるかなど、とても脅して連れてきた人間にするような質問ではなかったのだ。


てっきり怒号を飛ばしながら、他の逃亡した魔導兵士たちはどこにいるとかを訊かれると思っていたので、グレイシャルはなんだか拍子抜けしていた。


そして、その後も雑談のような問いに答え続けていると、赤髪の少女の質問が終わる。


「なるほどなるほど。うんうん、大体わかったわ」


納得するようにコクコクと頷いていた少女に対し、グレイシャルが一体今までの質問で何がわかったんだろうと思っていると――。


「そういえば、まだ名乗ってなかったわね。わたしの名はメアリー·ウェスレグーム。西国せいこくの王族、ウェスレグーム家の血を引く者よ」

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