#7

――グレイシャルが真っ赤な天幕に入ってから数時間後。


彼はメアリーと共に、天幕のあった平野から離れていた。


そのときにはもうファリスを含めた人族と獣人族の集団の姿はなく、グレイシャルは彼女と二人きりだった。


しかも馬は一頭。


その上に2人でまたがり、手綱を引くメアリーの後ろでグレイシャルは彼女の腰に手を回していた。


よくある男女の二人乗りの絵面としては、前に男性、後ろが女性が横座りで、後ろの女性が男性の腰に腕を回すようにもたれているのがよく見られるが。


グレイシャルとメアリーは完全に逆になっていた(さすがに横座りはしていないが)。


これはグレイシャルに乗馬の経験がないせいなのだが。


世間では先に述べたことが一般的だと、まだ組織にいた頃に同世代の少年少女から聞いたことがあったため、グレイシャルは恥ずかしくて仕方がなかった。


「あともう少しで到着するわ」


そんなグレイシャルの男心などつゆ知らず、メアリーは馬を走らせていく。


天幕にいたときからしばらくしたのもあって、グレイシャルは少しずつだが落ち着いてきていた。


そして改めてメアリーが口にした言葉――。


「あなたがわたしの旦那に相応しいかを知るためよ」


について考えていた。


メアリーの年齢はグレイシャルと同じ12歳だ(天幕内で本人が言っていた)。


グレイシャルは王族についてそんなに詳しく知っているわけではなかったが、おそらくは結婚観が普通ではないのだろうことは想像がついた。


先ほど天幕内でメアリーが言ったことをすべて鵜呑うのみにするならば、彼女は今は亡き元西国せいこくの王族――ウェスレグーム家の人間なのだ。


王には第一夫人、第二夫人と、複数の妻がいるのが常識で、さらにはめかけを囲うのはよく知られた事実である。


だから冷静に考えてみれば、単に旦那候補の一人だというだけのはず。


「あれ? でも、それって男の王様の場合じゃなかったっけ……?」


「なにブツブツ言ってるの? ほら、もう目的地は見えてきたわよ」


一人小首を傾げていたグレイシャルに、メアリーは言った。


前を見ると、そこは森への入り口だった。


木々で覆い尽くされた深い森からは、鳥や獣の鳴き声が聞こえている。


こんなところに連れてきてどうするつもりなのだろうと、グレイシャルが考えていると、そんな彼に気が付いたメアリーがようやく目的を話す。


「ここにはわたしの嫁候補がいるの」


「嫁候補? でもメアリーって女の子だよね? それにさっきは俺のことを旦那にどうとか言ってなかった?」


「グレイシャルったら、ずいぶんと古臭いのね。今時は男も女も関係ないのよ。それにお互いに納得していれば、連れ合いが何人いたっていいじゃないの」


そういうものなのか?


グレイシャルは自分が知らないだけで、世間は進んでいるものなのかもしれないと思っていると、メアリーは馬の走る速度を上げ始めた。


木々の隙間から入る陽射しを浴びながら、二人は森の中を駆けていく。


生まれて初めて馬に乗ったグレイシャルは、思っていた以上に速かった馬の足に驚き、メアリーの体にしがみついていた。


そして森の中を進んでいくにつれて、その速度にも慣れていくと、周囲の景色を眺めた。


木の上に佇んでいるリスの親子や、こちらを眺めているシカなどが緑が溢れる光景の中に溶け合っている。


森など何度も歩いたが、自然がこんなに綺麗なものだと、グレイシャルはこのときに知った。


そんな光景に見惚れているうちに、目の前に丸太小屋が見えてきた。


「ルヴァーナ! わたしよ、メアリーよ! 今日は前に話してた子を連れてきたわ!」


馬の上から声を張り上げたメアリーが丸太小屋の前で馬の足を止めると、建物から人が出てきた。


彼女は嫁候補だと言っていただけに、グレイシャルは当然、同世代の少女が出てくると思ったが、現れたのは大人の女性だった。


「相変わらず騒がしいのう、メアリーは」


丸太小屋から出てきたのは、金色の髪に青い瞳を持った女性で、何よりも目を引いたのがその長くとがった耳だった。


その特徴的な耳を見て、グレイシャルはすぐに彼女がエルフ族だと気が付いた。


二人が馬から降りて挨拶をすると、ルヴァーナと呼ばれたエルフ族の女性が、緩んだ表情で笑みを返してくる。


「紹介するわ、グレイシャル。この人はルヴァーナ。わたしの嫁候補の一人よ」


「400歳以上としの離れた女を、嫁候補なんて言うもんじゃない。言われてるこっちが恥ずかしいわい」


グレイシャルは引きつった笑みを浮かべて頭を下げると、改めてルヴァーナのことを見た。


当然、大人だけあってグレイシャルやメアリーよりも背は高く、何よりもその長くとがった耳以上に存在感を放っていたのは、彼女の豊かな胸と盛り上がった尻だった。


着ているのは古びた法衣だったが、全体的に着崩しているせいで露出が多く、目のやり場に困る。


「は、初めまして……グ、グレイシャルと言います……」


「ほう、グレイシャルというのか。まあ、立ち話もなんじゃ、二人とも中に入るといい」


そう言ったルヴァーナがゆらゆらと覚束ない足取りで丸太小屋に入っていくと、メアリーはグレイシャルの手を引いて彼女のあとに続いた。

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