#8

丸太小屋の中には子どもがいた。


それも10人ほどいて、皆グレイシャルやメアリーよりもさらに幼い年齢の子たちだ。


子どもたちはメアリーに気が付くと、ニカッと歯を見せて彼女へ飛びかかっていく。


「やっぱりメアリーだ! メアリーが来た!」


「ねえメアリー! あたしも文字の読み書きできるようになったよ!」


「ぼくもぼくもッ!」


子どもたちはメアリーに飛びつくと、次々と話しかけていった。


彼女はそんな子どもたちに対して、腰を落として目線を合わし、一人ひとり丁寧に受け応えをしている。


そんな光景を呆けて見ていたグレイシャルに気が付いた子どもたちは、一斉に彼に視線を向けた。


ビクッと身を震わせたグレイシャルを見た子どもたちは、先ほどとメアリーにしたのと同じように、彼に向かって飛びかかっていく。


「ねえねえ、あなたは誰!?」


「あれだよ、あれ! メアリーが前に言ってた、旦那するって言ってた人だよ!」


「なんか暗そうだな。おい、こっち見ろよ!」


子どもたちたちに飛びつかれ、床に倒されてもみくちゃにされるグレイシャル。


メアリーはそんな彼の姿を見て腹を抱えて笑っている。


一方のグレイシャルは笑い事ではないと必死でもがいているが、子どもたちは遠慮などせず、彼のほっぺや耳を引っ張りながら声をかけ続けていた。


そして、気がつく。


頭に角の生えた子、獣耳と尻尾を持つ子、ルヴァーナと同じ長くとがった耳の子、さらには小柄で子どものわりに筋肉質な子たちと、それぞれ特徴的な外見をしていることに。


この丸太小屋にいる子たちは、人族、魔族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族と、およそヴェリアス大陸にいるすべての種族だった。


どうしてこんな森の丸太小屋に種族を超えた子どもたちがいるのか?


グレイシャルには考えてもわからなかったが、今はともかくこの状況をなんとかしないと冷静に考えることもできない。


「ちょ、ちょっと落ち着いてよ! 俺は別に怪しいもんじゃないって!」


「なんか臭いね」


「うん、それに汚いし」


「よし、みんなでメアリーの旦那さんを洗っちゃおう!」


だがグレイシャルがいくら喚いても、子どもたちは面白がるだけだった。


終いには突然服まで脱がされ、丸太小屋の奥の部屋へと運ばれていってしまう。


「助けてよメアリー! この子たちを止めてくれッ!」


「みんなあなたを歓迎してるのよ。ついでにお風呂にでも入ってきなさい。みんながあなたの体を洗ってくれるわ」


「勘弁してぇぇぇッ!」


グレイシャルの悲鳴も虚しく、彼は子どもにされるがまま浴室へと連れていかれてしまった。


ルヴァーナは大きくため息をつくと、まだ笑っているメアリーに声をかける。


「あれがお前さんの期待に応えられる男か? たしかに魔力は感じるがのう」


「まあ、想像と違ってたのは否定しないけど。うん、彼なら大丈夫」


「はぁ、大胆というか考えなしというか。わしのときもそうじゃったが、出会って間もないのに、よく嫁だ旦那だなんて口にできるもんじゃ」


「今日会ったばかりでも、さっきいっぱい彼のこと聞いたし。ちゃんと噂通りっぽかったよ」


メアリーの言葉を聞き、ルヴァーナはまた大きくため息をついていた。


彼女は首を左右に振りながら、木のテーブルに置いてあったワインの瓶を手に取る。


それにそのまま口をつけ、グビグビと飲み干すと、再びメアリーに向かって口を開いた。


「ちょっと話したくらいで相手のことがわかったら、誰も苦労せん。大小はあれど、世の中のほとんどが人と人の関係で幸福にも不幸になるもんじゃ」


「でもなんていうのかな。直観ってヤツ? こうビビッと来たっていうか」


「直観というのはな。瞬間的に対象の特質や関連性、問題の意味や重要性を認知、理解する能力のことじゃ。同じ感覚でも基本的に経験で左右されることが多い」


「じゃあ、大丈夫ね。経験ならルヴァーナがどんな人か当てちゃってるし。なによりも昨日の占いで、今日は運命の人と出会うって出てたし」


ルヴァーナはメアリーたちが来てから三回目のため息をつくと、もはや何も言う気にはならず、ただ肩をガクッと落としていた。


彼女が呆れていると、グレイシャルが子どもたちも戻ってくる。


無理やりに運ばれて疲れたのか、それとも風呂場で何かあったのか、グレイシャルは憔悴しょうすいしきった顔をしていた。


髪も体も水浸しで、ただ顔を引きつらせながら布で覆われているだけだ。


そんな彼とは反対に、子どもたちは元気いっぱいに誇らしげに声を上げる。


「メアリーの旦那さんを洗ってきた!」


「もう汚くも臭くもないよ!」


「でも、着てた服がボロボロになっちゃった!」


子どもたちの言葉を聞いたルヴァーナは、それとなく何があったのかを理解し、メアリーもまた察しって笑い始めていた。


それからメアリーがルヴァーナに目配せすると、彼女は長い耳をいじりながらグレイシャルに手をかざした。


するとルヴァーナの手のひらから火と風が現れ、それが混ざり合うとグレイシャルの全身を包んでいく。


ハッと我に返ったグレイシャルが自分のことを見てみると、濡れていた髪も体もすっかり乾いていた。


それを見た子どもたちが歓声を上げ、メアリーはパチパチパチと小さく拍手していた。


「今のって、もしかして魔術を使ったんですか?」


信じられないといった表情で訊ねてきたグレイシャルに、ルヴァーナは酒瓶を片手に答える。


「そう。今のはまあ、風と火の威力を弱めて放ったものじゃな」


「す、凄い……。属性の違う魔術を合わせて使えるなんて……」


驚愕しているグレイシャルの頭を撫で、ルヴァーナは言い返す。


「お前さんも今日からここで学ぶんじゃ。魔術はもちろん、文字の読み書きから歴史、時勢、数字やモノの数え方まで一通りな」

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