#23

――グレイシャルがルヴァーナのいる森の丸太小屋へ来てから、おおよそ2年が経っていた。


以前は中性的だった彼の容姿も、今はもう誰の目にも男の子だとわかるものへと成長している。


それも当然で特別な環境や体質でもなければ、持って生まれた性別らしい顔つきや体型になるものだ。


ましてや今のグレイシャルは14歳だ。


一緒に暮らしている様々な種族の子どもたちも大きくなっていたが、彼はその中でも年長者だったのもあって、ほんの少しの頼もしさも身に付けていた。


もちろん今では文字の読み書きも覚え、以前なら会話中に言葉がどもってしまっていたこともあったが、もはやそんなこともなくなっている(気の小さいところはまだ残っているが)。


この改善は2年という期間とルヴァーナの教育、そして子どもたちとの共同生活の賜物たまものといえた。


さらに付け加えるならば、一緒に過ごしてきた人間の中に、性格が悪い者が誰一人いなかったこともあるだろう。


ルヴァーナを筆頭ひっとうに丸太小屋の住民たちがグレイシャルをからかったりすることはあったが、けして彼が傷つくようなことを言ったりしなかったのが大きかった。


「あ、グレイシャル。メアリーが来てるよ」


「あとファリスとガルノルフも」


グレイシャルが日課である町への買い出しから戻ってくると、子どもたちは彼に声をかけ、メアリーたちが丸太小屋に来ていることを伝えた。


丸太小屋の外で遊んでいた子どもたちが、グレイシャルの姿を見るなり知らせてきた理由は、彼がメアリーに好意を持っていることを知っているからだった。


それは別に事情を先に知ったルヴァーナが皆に言いふらしたわけでもなく、グレイシャルのメアリーへの態度が彼ら彼女らでもわかるほど露骨ろこつだったからだ。


グレイシャルは一応はメアリーの伴侶はんりょではあるのだが、どうやら数いる旦那と嫁の中の一人らしいことを、後に知らされた。


2年前にもルヴァーナもメアリーの嫁の一人だとは聞いていたが。


他にも男や女がいると聞いたときのグレイシャルのショックは大きかったようで、彼はその話を知ってからしばらくの間、食欲不振と睡眠不足のおちいって激痩せした。


その伴侶たちとメアリーが婚姻を結んだのは、まだグレイシャルが彼女と出会う前の話のようで、いろいろと事情があって他の国にいるらしい(手紙のやりとりなど続いていて仲は良好という話だ)。


今ではメアリーが亡き西国せいこくの王族ウェスレグーム家の血筋であることから、王族の婚姻意識に対して理解を得たため気にしなくなっているが、当時はそれはそれは大変だった。


ルヴァーナや子どもたちが総動員でグレイシャルを励まし、なんとか立ち直らせたのだ。


その傾向けいこうはなにもグレイシャルだけが特別というわけではなく、この丸太小屋では誰かが落ち込めば皆で励ますのが当たり前のことだった。


当時のメアリーもまた結婚というものをちゃんと理解していなかったようで、現在は簡単に旦那候補だ、嫁候補だとは言わなくなっている(むしろ彼女からすると言われたくない恥ずかしい過去)。


「えッ? 今日はガルノルフさんまでいるんだ。なんかあったのかな」


メアリーとファリスはよく丸太小屋に顔を出していたが、ガルノルフまで来るのはめずらしい。


不思議に思ったグレイシャルは、町で買ってきた荷物から焼き菓子を子どもたちに配ると、丸太小屋へと入っていった。


小屋の中には、ルヴァーナと話しているメアリーたちがいた。


グレイシャルと同じくメアリーたちも成長し、当然、顔つきも体型も以前よりも大人びたものへと変わっている。


メアリーは以前の快活さこそ残っているが、14歳という年齢よりも大人びた印象を受ける感じになっていた。


一方でファリスは12歳という以前のグレイシャルやメアリーと同じ歳になっていたが。


彼女が獣人族だからなのか普通の人族の少女よりも身長が高く、体つきも大人の女性顔負けの体つきに成長していた。


反対にドワーフ族であるガルノルフはグレイシャルたちよりも年上の18歳だが、少し顎髭あごひげを伸ばしたくらいで何一つ変わっていない。


「みんな、久しぶり。特にガルノルフさんとは1年ぶりくらいかな?」


「デカくなったな、グレイシャル。一瞬誰かわからなかったぜ」


ガルノルフは背の伸びたグレイシャルを見上げながら、部屋に入ってきた彼の肩をポンポン叩く。


2年前にあった人攫い事件の後からは、ガルノルフもすっかりメアリー率いる“赤の女王”のメンバーとして、他のドワーフ族の仲間と共にすっかり馴染んでいた。


彼も今ではメンバー内で主に情報収集を担当する一団を任されており、今ではもう組織になくてはならない人材になっている。


それはガルノルフの努力の結果だといえたが、何よりも彼は自分たち身寄りのないドワーフ族全員を受け入れてくれたメアリーの役に立とうと、深い忠誠心を持って仕事に取り組んだことに他ならなかった。


「ケッ、デカくなったっていってもあたしよりは小さいじゃん」


ファリスはグレイシャルの顔を見た途端とたんに顔をしかめ、なんだか張り合うようにそう言った。


グレイシャルもまたガルノルフたちと同じように、他の“赤の女王”のメンバーと親しくなっていたが、どうしてだが彼女はまだ冷たいままだ(しかもグレイシャルにだけ)。


もっともグレイシャルはそのことを気にしておらず、彼女からいくら邪険じゃけんあつかわれようとも悪い感情は持っていなかった。


「おい、ファリス。テメェはなんでそう当たりがきついんだ?」


「ふん。別に普通だけど」


注意したガルノルフにそう答え、ファリスはプイッとそっぽを向いた。


彼女の態度に呆れるガルノルフと苦笑いするグレイシャルだったが、そんな彼らとは違ってメアリーとルヴァーナは嬉しそうに笑っている。


そんな空気の中で、グレイシャルは町で買ってきた品物を棚にしまいながら訊ねる。


「それにしてもガルノルフさんまで来るなんて、何か大きな問題でもあったんですか?」


「問題というよりも、ようやく準備が整ったってところかな」


身を乗り出してきたメアリーは、品物を棚にしまうグレイシャルを手伝いながら、皆で丸太小屋へ来た理由を話し始めた。

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