第一話 「異能」②


  4


「……まったく、すっかり遅くなったわ。必殺天誅人の再放送どころか、夕食も食い損ねた。おかげで腹ペコじゃ」

「だから、あんたは先帰っていいっていったじゃん。わざわざ付き合っといて文句言う、普通?」

「たわけ。お前を野放しにしといたらこっちがお叱りを受けるんじゃ、上のド阿呆どもから。GPSで常に監視されとる。知っとるじゃろうが」

「はいはい。すんませんでしたー。あたくしが悪ぅございましたー」

 車の後部座席で、顔を背け合ったまま言い合う。その後沙希はえながと共にむっと黙り込んだ。いつも任務の帰りはこういう険悪なムードだ。いい加減うんざりする。

 黒塗りの霊柩車のような車、後部座席に押し込められている。運転席にいるのは学園お抱えの運転手、兼沙希たちの監視役だ。一言も発さず、目も合わせようとしない。もしかしたら機械なのかもしれないとさすがに思い始めてきた。

 窓の外を流れる景色は既に暗くなり、灯った外灯が温く地面を照らしていた。

 あの後、やってきた後処理班と警察、救急隊に現場を引き継いだ。そして沙希は傷を負った人たちの運搬を手伝いつつ、亡くなった人たちの一人一人の亡骸に手を合わせて回った。

 死を悼んでもどうにもならない。わかっている。でもせめて、安らな場所に行けるように。そう祈るのは死者のためではなく、自分のエゴであることはわかっている。

 でもいつ自分が、死体袋に包まれる側になるか。わからないから、祈らせてほしい。

 えながは、何故かそれに毎度付き合いつつ今のようにぶつくさと文句をこぼす。……ほんとこいつ、訳わかんない。ほんとに監視役のつもりなんだろうか。いくらでもいるのに、そんなの。手首に埋め込まれたGPSを兼ねそろえた端末を眺める。

「S級異能者二名。姫沼沙希、九十九えながを連れ帰りました」

 窓を開けた運転手が門の前のマイクに向けて言う。少しの間の後、のろのろと鉄格子の門戸が開いていく。一応この周りには目には見えない結界のような防壁が張ってあるらしい。外側からの脅威というより、内側から出るのを防ぐためだろう。

 学園に帰ってきた。あたしたちの檻に。

「お疲れ様。よくやってくれたわ。あなたたちのおかげで、被害はあの程度で済んだ。きっと亡くなった人たちも浮かばれるわ。今夜はゆっくり休んで」

 車から降りると、まず理事長室に連れていかれる。無駄な装飾のない無機質な場所が、逆に嫌味に感じる。化粧の濃い理事長、豊橋恵(とよはし めぐみ)は善を押し出した笑みを沙希たちに差し向けた。

 ……この人のことは好きになれない。いや、学園に関わる人間ほぼ全員そうだ。みんな、その笑顔の下に浮かぶ嫌悪の眼差しが滲んでいるように思えるから。

 唯一心から信頼できるのは、担任である透子と、もう一人の先生くらいか。

 ようやく解放されて、寮に帰ってくることが出来た。ここにも監視カメラとセンサーがあるが、家である。それに住まう生徒たちしかいないから、一応沙希にとっては気をある程度抜けるホームではあった。

「おかえりぃ、サッキィ。大丈夫だった? ケガしてない? あれ、ちょっと顔色、悪くない?」

 談話室に入るなりノートPCをテーブルでいじっていた桃色が出迎えてくれた。自分の動画を編集していたらしい。彼女の自室には限界スペックのPCがあるから、わざわざここで自分たちが帰ってくるのを待ってくれていたのだ。ここは一年生寮なので、入寮者は沙希、えなが、桃色ともう一人を含めた四人しかいない。そのもう一人は、桃色の適合パートナーだ。

 沙希は腕を広げた桃色にぎゅっと抱き着く。こちらの方が身長が高いので、抱き寄せるような格好になった。

「ただいま、桃色。全然無事。智尋くんは、まだお仕事中?」

「そ。智尋、壊れたものとか直せる唯一の才能人だからさぁ。まあ桃色も、負けてないけど?」

「そだね。もうすぐチャンネル登録者数六十万人?」

「今日超えたったよ。今六十一万人。すごくない?」

「すげぇ! 今度いっぱいお祝いしようね」

 桃色の手をぎゅっと握る。本当なら頭を撫でたいけれど、彼女の髪を乱してはいけない。せっかく綺麗にしてるしね。

 智尋というのが桃色のパートナーだ。神木智尋(かみき ちひろ)。ボーイッシュで、沙希よりも更に手が高く、足も長い。一見美少年にも見えるのだが、「智尋は可愛いよ?」とは桃色曰く。

 菜月はこの学園で唯一壊れたものを元通り修復できる異能者だ。おかげで現場の後始末をいつも任されて帰りが遅い。桃色は今夜も、彼女を待つのだろう。申し訳ない気持ちになった。

「もういいか? 腹が減った。私は食堂に行く。夕食はいつも通り用意してあるんじゃろ?」

「うん、いつも通り調理スタッフの人が。にんじん残しちゃだめだよ、ツックー?」

「人に変なあだ名を付けるな、宝石月」

「ちょっと、九十九。桃色待ってくれてたんだよ? 何かもうちょっと言い方とかないの?」

「別に頼んどらん」

 えながはさっさと談話室の扉を閉めて出ていく。沙希は握った拳を震わせた。

「あんの薄情者ぉ……。あいつ憎たらしくない時ってないわけ?」

「まあまあ、いいじゃん。そういうドライなとこも、ツックーの良さだし。……それより、サッキィ。無理してるでしょ」

 桃色が再び沙希を抱きしめて、今度は自分の胸元に頭を預けさせてくれる。その優しい仕草と温もりで、ダメだった。

「っ……ずるいよ、桃色……。今夜は泣かないって決めてたのに……」

「いいんだよ、泣いても。そういうサッキィも、私大好きだからさ」

 彼女の身体に縋って。沙希は嗚咽をこぼした。堰き止めていたはずの涙が、零れ落ちる。

 救えなかった命。一生治らないキズを追ってしまった人々。

 そして自らの手で、奪ってしまった名も知らぬ人の命。怖い。悲しい。辛すぎる。

 ぎゅっと握りしめてくれている桃色の手も、また震えているのに気づいて。沙希は更に強く、手繰り寄せた。


  5


 こうなることは、わかり切っていた。

 夜も更け、もうすぐ日付を跨ぐ頃。沙希は間接照明を絞った薄暗い自室にて、ベッドに横たわっていた。この寮は空き室が腐るほどある。故に沙希たちはそれぞれ個室をあてがわれていた。空き室になってしまった部屋も、いくつか。

(眠れるわけ、ないよね……)

 天井を仰いだまま、息をこぼす。その吐息は、ひどく熱く、そして自分のものとは思えないほど悩ましく艶めいていた。

 今日は色々あった。だがまんじりともしないのは、それだけが原因ではない。うっとうしいことに。

 腹の奥が、切なく疼いている。きゅっと締め付けられるように、女の器官が甘く。

 身体までも熱い。擦り合わせたパジャマの太もも、その奥の足のあわい。既に下着を湿らすほど、とろけているのを感じる。

 性欲を平常に感じるほど、沙希はまだ狂っていない。これは、生理現象。異能を使ったその日は、どうしようもなく身体が求めるのだ。

 どちらかというと食欲に近い。異能の力の、補給を求めている。

 そしてそれは、同じ女の身体からしか吸収出来ない。

 コンコンコンコン。少し乱暴に四回、部屋のドアがノックされる。十五分。きっかりだった。沙希は立ち上がり、ドアを開けた。

 消灯した廊下に、えながが立っていた。オレンジ色の薄闇の中でもわかる。彼女の頬は紅潮し、息をわずか乱している。浴衣のような寝間着、丈が短く顕になった太ももを、彼女は微かに擦り合わせていた。

「……わかっとったじゃろ、来ることは」

「まあね。でも、もうちょい早くしてくれればよかったのに」

「今来るのもわかっとったくせに。意地の悪い奴じゃ。どうせ全部、お視通しなんじゃないのか」

「何でもじゃない。あたし周りのことだけだよ。しかも十五分先まで。……まあ、わかってたけど」

 避けて彼女を部屋の中に通す。わかりやすく躊躇いながら、えなががよろよろと入ってきた。何度もやってきてることなのに、不慣れな奴。……まあそれは、あたしもおんなじか。

 沙希は静かにドアを閉めると、鍵を掛けた。静かすぎて、重々しく錠が落ちる音がいつも不快だ。これから自分たちが行うことを、嫌というほど自覚させられるから。

「……で? ちゃんとシャワーとか、浴びてきて……っ⁉」

 沈黙が嫌で、振り返りながら嫌味の一つでもぶつけてやろうと思ったら。たった今閉めたばかりのドアに押し付けられている。小さいのに力強い腕力に驚いていたら、片腕で首根っこを掴まれ引き寄せられた。視界一杯が、ぼやけた彼女の瞼の色でいっぱいにされる。

 キスされている。されるとわかっていたけど、びっくりした。その唇の、深みに沈みそうなしなやかさに。そこから伝わる震えと、甘い吐息の感触に。

「はぁ……っ。あんたさぁ、入りざまにキスってどうなの。しかもあたし、初めてだったんですけど」

「何じゃ、思ったよりウブじゃの。それ以上のことなんてとっくに済ませとるくせに。どうじゃ、キスも極上じゃったろう?」

「ふざけんな下手くそ……っ。強引すぎてマジキモいっつーの! 無理っ、生理的に無理っ」

「ほぉ? その割には、何じゃ? ずいぶん切なそうな顔じゃのぉ。今まで一番乙女っぽいぞ?」

「っ……あんた、マジでキモすぎ……!」

 悪態を垂れつつ、沙希の視線は。濡れた唇を歪ませて微笑む彼女に釘付けになる。ガキみたいな容姿なのに、こんな大人びた表情を浮かべる。その不釣り合いさにどきっとさせられた。

「さ、こんなことはさっさと済ませるぞ。今夜は私が上でいいな? 異論は一切認めん」

 ──風呂は済ませたんじゃろ、石鹸の匂いがした。

 沙希の腕をぐいぐい引っ張りながら、えながはベッドへと連れ込もうとする。どういう感性で生きてるんだこいつ。さすがに頭に来た。

「異論あり。あんたが、下、でしょ」

 腕が、不意に空中に現れる。沙希の腕だ。それがえながの背中を突き飛ばした。よろけた彼女の身体を、次々現れた沙希の腕がベッドに向かって押していく。狙い通り、えながは顔からベッドに転がされ「わぶっ⁉」と変な声を上げていた。

「お前ぇ……十五分前に仕込んどったなぁ。こんな無駄なことに異能を消費しよってぇ……っ」

「いいじゃん別に。これから補給するんだからさ、その異能を。それに見下ろすのって、超快感なんだよね。あんたがとろけそうになって、あたしに降伏しちゃってるカーオっ」

 起き上がろうとしたえながを、ベッドに飛び乗った沙希は仰向けに押さえつける。両腕を抑え込まれて、悔しそうにもがく彼女の様子を見下ろすのは、やっぱり楽しいものだ。

「もっかいキスしていい?」

 彼女を真剣に覗き込みながら尋ねる。抵抗は無駄だとわかったのか、彼女は力を抜き大きくため息を付いて沙希を睨み返す。

「……好きにしろ。どうせ私が応じることも、視てたんじゃろ」

「それはしてない。から、嫌がるならやめようと思ってた」

「……訳の分からん奴じゃの。下手な口づけだと承知せぬぞ」

「さっき無理矢理キスした奴が言う?」

「上手かったじゃろうが」

 先は目を閉じ、おもむろにえながの唇を塞ぐ。

 正直、震えそうなほど緊張していた。キスは本当に初めてだ。でもせめて彼女の言う上手くできるように、優しく触れていく。

(やば……っ。めっちゃ柔らかい……。どうすればいいんだろ……っ)

 キスだけは初めてだから未知数だ。十五分先を覗いて彼女の悦ぶ触れ方は知れるけど、しない。それは失礼だ。

 沙希の異能は、『未来介入』。自分の周りでこれから起こることを、十五分先だけ先立って視る。そしてそこに、介入出来る。ショットガンの弾丸を未来の狙った場所に送り込んだり、先程えながの背中を自分の腕を送り込み、押したように。十五分後、それは必ず実現する。未来は時間が必ず辿る道だからだ。

 ただし、自分が起こせる範囲でしか介入は出来ない。異能以外は普通人間である自分の身体が使える範囲でしか。だから敵の攻撃は、止めることは出来ず予知して避けることだけが許される。

 そして異能は、燃料を必要とする。沙希以外の異能者たち、えながもその一人だ。だから定期的な補給をしなければならない。

 それが、今彼女と行っていることだった。

「はぁ……どう? 気持ちよかったっしょ」

「……まだまだじゃな、拙い。ほら、さっさと抱け。私を喘がせたら、大したもんじゃぞ」

「あんた、喘いでない時なんてあったっけ。ごめんね? 明日声がらがらにしちゃうから、先謝っとくね?」

 キスを終えて、えながと睨み合う。色気も何にもない雰囲気。まあこいつとなら、これくらいがやりやすいのかも。

「じゃあ……失礼」

 ちゃんと彼女が目を伏せて頷くのを確認してから。沙希は彼女の寝間着代わりの浴衣に手を掛ける。生地が痛まないように緩やかに、襟を開いて肌を開放していった。


  6


「……どだった? 大したもんでしょ。負けを認めたら?」

「この、鬼畜が……っ。加減くらいせぇ、明日腰が立たなくなったらどうするんじゃ……っ」

「そん時はだっこして教室まで運んであげるよ、おばあちゃん?」

「私はお前と同じ十五じゃと何度言えば……っ」

 はぁはぁと悩ましく息を乱すえながと、沙希は睨み合う。乱した浴衣をかろうじて羽織った状態の彼女は、ベッドでぐったりと伸びていた。

 満身創痍のくせに、不遜な態度は相変わらず。やっぱあたし、こいつ嫌い。改めて再認識する。

 だが彼女をそのまま放置すると自分のベッドが使えないので、仕方なしに沙希は柔らかな布で彼女の汗やら何やらを軽く拭ってやる。シャワーは……明日でもいいか。

「で、どうなの力の方は。ここまでやったんだから、完全復活っしょ?」

「……まあな。というかお前もそうじゃろ。それが共鳴じゃ」

「……そだね」

 沙希も疲れて彼女の隣に横たわる。悔しいけど、今さっきの触れ合いで満ち溢れるほどの力が自分の中に戻って来たのを感じる。

 異能に適応した女性は、触れ合うことで消費したその力の燃料を補い合うことが出来る。それが異能共鳴だ。仰々しい名前だが、要するにセックスする時の感情の昂りが共鳴し合って増幅し、力を戻す。だから、しなければならない。たとえ嫌いな相手とでも。

 この異能共鳴は異能の波長が合う相手としか上手くいかない。だが異能共鳴の相性が合うのは、生涯たった一人ではない。相性が合わない相手でも微量なら回復できるし、他にも相性が合うものは必ずいなければならない。

 もし片方が死んだ時。別の相手を見つけなければもう片方もいずれ死んだも同然の状態になるから。いや、それよりも悪い。

「……ねえあんたさ。今日のあれ見てどう思った。怖くない?」

「何じゃ、急に。異物化のことか? 毎度聞くな、お前も」

 仰向けで目を閉じたままだが、えながは隣で返事をしてくれる。

 今日戦って、殺した、あの男の人のこと。

 彼は自らに目覚めた異能に呑まれて怪物になった。それが異物化。

 沙希たちのように突然異能が目覚めて異物化しない異能適合者は、一握りもいない。そしてそれは女性に限られる。男性は今のところ、異能に目覚めるとそのまま適合できず異物化してしまう。

 だが適合者も、いつまでも異能に呑まれない保証はない。いつ化け物になるかなど誰もわからない。異能はまだ研究しきれていない新種のウイルスのようなものだ。

 だから沙希たちは、こんな檻に閉じ込められている。

「……あたし、毎回考えちゃう。あたしがああなったらどうしようって。怖いよ。あんな化け物になりたくない。死にたく、ない」

 珍しい。どうしたあたし。こんなことをこいつに話すなんて。横たわったまま掛け布団の中で、手をもじもじさせる。

「……一つ、言っておくぞ。お前が異物化しそうになったら、私は容赦なく殺しに行く。わかるな?」

「……うん」

「だから私のことも容赦なく殺せ。私らは間違いなくこの世界の脅威になる。絶対に殺してくれ」

 迷いない声で何でもないことのようにそんな言葉を並べられる。びっくりした。そんなことを考えていたのか。

「九十九……」

 彼女を見ると、もう安らかな寝息を立て始めていた。寝つきが良すぎる。いや疲れていたのか。

「てかここ、あたしの部屋なんだけど……?」

 と一人ぼやきつつ。沙希は彼女の浴衣をしっかり直してやりつつ、掛け布団もしっかり掛けてやるのだった。


  7


「……未来介入と大蛇操者の二人組。なるほど、興味深い」

 とあるホテルの一室。VIP待遇の広々とした部屋は明かりが絞られ、オレンジ色の薄闇に満ちている。

 備え付けられていたはずのホテルの家具は、ベッド以外に大きなソファしかない。全て、余計だと消し去られたのだ。

 唯一残ったソファに姿勢良く腰を据えているのは、年端も行かない少女だった。黒いローブで身を包み、その小さな体の足まで届きそうな髪先が座面に広がっている。

「あの学園内――いや、あらゆる異能適合者の中でも最強格の二人組のようです。ですが、天星(あまほし)様の手を煩わせる必要はありません。僕……私だけでも充分戦えます」

 少女の前にひざまずくのは、高校生ほどの少年。方まで伸ばした髪を後で丁寧に結いている。

 身体は少年。声変わりもしている。だが彼女の心は、女性として認知されることを求めていた。

 天星と呼ばれた少女は手を前に差し出す。

「いや、いざとなれば私が出よう。鏡花(きょうか)、相手の力量を見誤ってはいけない。君一人ではきっと手に余るよ、あの二人は」

「ですが……」

「鏡花。自分の価値も見誤ってはいけない。君は特別なんだよ。自分のことは大事にしなさい。君は強い。まだまだ強くなるよ」

 天星、と呼ばれた少女は鏡花と呼んだ少年の体を持つ少女に手を差し伸べる。おずおずと鏡花は彼女の手を取り立ち上がる。

 鏡花を見上げた天星は、優しく微笑みかけた。鏡花はその笑みに、呑まれるほどの安心感を覚えた。

「とりあえず、今の学園内の戦力を推し量りたい。サンプルたちをまた何体か街に放つよ。今日の風を操る男はなかなか有意義な実験体だった」

「はい。視察はお任せください」

「面白みのない退屈な役割でごめんね。いつか君の力を発散する場を設けよう」

「いえ、天星様のためなら。何でも致します」

「世界のためだよ、鏡花。私達はこの世界を救うんだ」

 天星は立ち上がる。そして、床に転がされて呻いている人たちのところに向かう。無作為に選んだ老若男女。五感を奪ってある。彼、彼女らは自分が寝転がっていることすら認知出来ない。

「何人かはサンプルとして異能を与え、街に送り出す。戦闘データの採取の検体。何人かは、私の食事にしよう。そろそろお腹が空いた。もし異物化したら、手を貸してね、鏡花」

「いつでも戦えます」

「ありがとう」

 天星がしゃがみ込み、近くに転がっている女の頭を鷲掴みにする。掴まれた女の体が、電気ショックを流されたように激しく痙攣して泡を口から吐き始めた。

「……異能に適合出来ない肉め。恥を知り、そして死ね」

 女の体が弾けるように灰になった。舞う埃のようなそれも、天星はその場から一瞬で消し去る。

 吸収した。目覚めさせた異能を、自分の身体に。

「……不味い。さあ、次のやつは少し美味ければいいけど」

 天星は躊躇なく次の人の髪を引っ張り上げた。

  

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