閑話幕間その1「ランジェリーランデブー」
「…………」
「…………」
「…………あのさ、話題とかないわけ。あんたから誘ったんだよね、これ」
「……この前の必殺天誅人の再放送、観たか?」
「観てるわけないじゃんそんなの」
「そんなのとは何じゃ! 面白いんじゃぞ毎週!」
結局睨み合いになった。
この前の小学校での緊急出動、日南との出会いの後。透子と七竈が計らってくれて、沙希たちは外出許可をもらったのだ。
貴重な時間である。例え数時間であっても、複数の監視と腕のデバイスのGPSで常に場所を確認されていても、とにかく街に遊びに出掛けられるのだ。
この数時間だけは、籠の外の自由な鳥でいられる。
のに、何故か。沙希は、えながと二人きりでショッピングモールを歩いていた。学園から出て電車に乗り、ショッピングモールまでの道のり、中に入っても。お互いずっと無言だった。
気まずいというよりは、うっとうしい。お互い普通の場所で普通に並んで歩く雰囲気に、慣れていないのだ。
(あたし、何してんだろ……)
こんな空気になるのはわかりきっていたはずなのに。何よりも自分に呆れる。
「おい、人混みは苦手じゃ。本当にお前のおすすめは、いいところなんじゃろうな」
「ねえ、あたしあんたの好みとかわかんないんだけど。だからあたしの好きなとこ連れてくんだから、後で『全然趣味が違うのじゃ!』とかぶーたれられても困るんですけどねぇ」
「私を子供か何かと勘違いしておるのか? そんなことでぶーたれるわけがないじゃろうが!」
「じゃあ文句言わずに黙ってついてくれば!」
睨み合い。そして、どちらからともなく「ふん」と顔を背け合う。ほんと、何してんだろあたし。こんなやつに付き合うなんて。
二人でわざわざ街まで出てきた訳。この前の夜、彼女が「下着を買うのに困るから、おすすめの店を教えろ」と言ってきたせいだ。
一応命の恩人ではあるし、楽しいお出かけになるはずもないと思ったけど。まあ、想定通りである。
(……何ていうか)
ちらり、そっぽを向いたふりをしつつえながの方を窺う。
ベージュのキャスケットを被り、肩まわりがふんわりしたブラウスに、裾が広いバギーパンツを履いている。小柄だが、やや大人びた雰囲気のコーデ。
彼女の私服など初めて見た。てっきりごてごての和服でも着込んできて辟易させられるかと思っていたので、意外だった。
「……あんたもさ、服とかちゃんと買うんだね」
「おい。どうせ私が和服でも着てくるんじゃないかと思っとったじゃろ。何時代の人間だと思うとる」
「んー、旧石器時代?」
「お前授業で習ったことそのまま口にするタイプじゃろ。いたんじゃよ。昔私にキャスケット帽が似合ってるって言ったやつが。それ以来、合わせたコーデにしておる」
「え、そうなの?」
誰だ、と気になったが、えながは我に返ったような顔になり慌てて口を噤んだ。
そういえば、こいつの昔の話を聞いたのは初めてかもしれない。聞きたい、と思ったが、彼女から何となく言いたくない空気が感じられて沙希も二の句を継げなかった。
いやちょっと待って。聞きたいって何。あたし、こんないけ好かないやつのこと何で知りたいの。
結局黙り込んだまま、沙希の行きつけのランジェリーショップに着いた。
透明なマネキンたちの胴体が、色鮮やかな下着をそれぞれ花咲かすように彩らせている。壁に飾られたそれらも、色とりどりの花のようで、この光景も結構沙希は好きだった。。
「……何というか。入りにくいのぉ。あまりにも華々しすぎないか……?」
「は? あんた、前の下着とかどこで買ったの?」
「つ、通販サイトじゃ……」
「はぁ? 道理でちょっとサイズが合ってないと思ったら。採寸してもらえば?」
「さ、採寸? それは店員さんにやってもらうのか?」
「誰がやんのさ、当たり前じゃん。あのね、正しいサイズの付けないと、苦しかったり脇の下とか擦れたりして痛くなんの! やってもらいなよ!」
えながが困惑している内に、沙希は店員に話を付けて彼女の採寸をしてもらう手筈を整えた。
あれよあれよという内に彼女はフィッティングルームに連れて行かれ、採寸されているようだ。沙希は店外のベンチに座って高みの見物。
だが、ぽかんとしたまま彼女がフィッティングルームから出てくると思いきや。えながは何故かすっきりしたような顔で、自分のサイズらしき下着をいくつか選び、試着を頼んでいた。
(何だ。結構馴染んでんじゃん)
あいつも女の子だもんな、と今更の如く思う。そして結構、綺麗めなデザインのが好みのようだ。
「のわぁ!?」
店内に声が響く。フィッティングルームにいるえながだ。おそらく店員に胸を上手くブラのカップに収められたのだろう。あたしも最初めっちゃ大胆に手ぇ入れられてびっくりしたしなぁとつい笑ってしまう。
(あれ。買うんだ)
フィッティングルームから元の服を着て出てきたえながは、いくつか試着した中で一つを選び会計を済ませたようだ。
てっきり下見程度で済ませると思ったけど。判断が早い。
ベンチにいる沙希の元へやってきたえながは綺麗めな紙袋を携え、どこか誇らしげにそれを見せつけてくる。
「買えたぞ。私の好きなものがあった」
「良かったじゃん。見てもいい?」
沙希が言い切る前に彼女は紙袋の中身を開示する。
鮮やかなブルーに蝶の刺繍が施された、ちょっとだけ和のテイストの上下セット。センスはいいと思う。
「いいね。あんたに似合いそう。青、いいじゃん」
「驚くなよ。私が思ってたより、胸が大きくなっておった。通りで今までのがちょっとキツかったんじゃなぁ」
子供みたいに胸を張るえながに、沙希は吹き出してしまう。
「おい、バカにしとるじゃろ」
「してないしてない。あたしも、自分で思ったより大きめで嬉しかったなぁって、思い出しただけ」
そう。今の彼女みたいに、テンション上がった。
えながは意外そうな顔をし、そして少し、綻ばせた。
「……そうか。お前も、女の子じゃもんな」
「何じゃそりゃ。当たり前じゃん」
そういえばさっきおんなじことを彼女に思った自分が。少しだけ可笑しかった。
「なぁ、姫沼。お前の行きたい店にも寄れ」
「えっ、いいの?」
「当たり前じゃろ。買い物に付き合ってもらった。次は私が付き合う番じゃ」
彼女が真面目くさった顔で言うものだから、驚いた。そして、それで頬を緩めてしまう自分にも。
「じゃあピアス、見に行ってもいい? あとこの後、桃色たちとインスタ映えする喫茶店で待ち合わせしてるんだけど」
「いいぞ。行くか」
「えっ、いいの?」
「何じゃ、私が邪魔なら辞退するぞ」
「そんなことない! 一緒に行こ!」
つい逃さないように彼女の手を掴んでしまって、慌てて離す。
何だか変なムードになりながら、二人並んで歩く。相変わらず口数は少ない、けど。
「お前の好きなピアス、どんなのか教えてくれ。私はそういうのには疎い」
彼女がそう言うものだから、沈黙ももう気まずくなかった。
沙希は笑って、言う。
「じゃあ今度必殺天誅人の再放送、一緒に見せてよ。何時からだっけ」
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