第二話「誰がために」④
8
「……ほう。私の手土産を、気に入ってくれたみたいだね。あの二人は」
高級ホテルのVIP専用ルーム。テーブルとベッド以外は消し去られた、広々のした寒々しい空間。
天星は僅かに口元を歪めて笑う。座面に広がった髪がさざ波のように微かうねった。
こんなに楽しそうな彼女は初めてだ、とその前に跪いた鏡花は思う。そして私も、そんな彼女が見れて楽しい、と思う。
「氷の異能の適合者は学園側で保護されたようです。ご命令通り阻止はしませんでした」
「よくやってくれたね、鏡花。いいんだ、あの子たちには今を楽しんでもらいたいからね。のちのち、迷惑をかけることになる。……それに、どっちみちあの氷の子も、私たちの同志になる。私が見込んだ子だからね」
ソファの上で、天星は床のラグに着かない足をぶらぶらと踊らせた。やはり楽しそうだ。
だから鏡花は、これから彼女に報告できることを誇らしく思う。
「天星様。実は私からも一つ、お土産が。天星様の力で覚醒した、もう一人の異能適合者です」
立ち上がった鏡花は、一度部屋の外へ。「大丈夫だよ、心配ないからね」。呼びかけながら彼女の手を取り、天星の前まで連れていく。
「あの……あなたが? 私のこれ、直せるの……?」
少女は不安げに天星を見る。ぎゅっと鏡花の手を掴んできたので、鏡花は優しく包んでやる。震えていた。
「直すんじゃないよ。君がその力を、使いこなせるようにする。君は目覚めたんだよ、才能に。その力で、誰かを傷つけたくはないだろう?」
天星は立ち上がり、少し屈んで少女と同じ目線に合わせた。少女はためらいがちに頷く。
「君は追われていたんだってね、悪い人たちに。その人たちからも守るよ、私たちが。君はもう安全だ」
天星は少女の手をそっと取り、両手で包んだ。笑みを差し向ける。それで見守っていた鏡花も、顔が綻んだ。
「た、助けて……。わ、私、訳わかんなくて……っ。急に変な人たちが家に来て、お父さんと、お母さんが」
「君を狙う連中だね。異能対策部隊って言うんだ。やつらはああやって人を殺して回っている。悪い悪い人たちなんだよ」
憎いかい、と天星は少女に問う。
「あいつらが許せないだろう。君のご両親にしたひどいことを、君は憎らしく思わないかい? あいつらを、殺したいとは思わないかい?」
少女ははっとなる。そしてぎゅっと絞られたその眼差しが潤み、涙が溢れた。
「許、せない。ひどい、ひどいよ……。あいつら絶対……絶対、殺してやる」
「それでいい。君は怒っていいんだよ。それを、力にするんだ」
ぎゅっと力のこもった手を、慈愛の込められた手つきで天星は撫でる。もう片方の手は、鏡花がしっかり包んであげていた。
「私は天星。そちらが、鏡花だ。君の名前は?」
「私は……本条(ほんじょう)喜多美。あの、私の友達の、日南ちゃんも、同じ力に目覚めて……どこに連れていかれたの?」
「彼女は捕まった。悪い人たちに。私たちで助けに行こう」
喜多美の目に、初めて怒りが宿った。いい眼差しだ。燃えるような、滾る感情。炎の使い手にはぴったりだ。
「さてと、鏡花。……そろそろ挨拶と行こうか。異能学園の面々と、世界中のゴミどもに」
穏やかに微笑む天星に、「はい」と鏡花は頷いた。
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