第二話「誰がために」③
5
「……銃撃が止んだな。やつら、持久戦に持ち込むつもりか」
えながが大きく息をつきながら呟く。窓の外から無責任な野次馬たちの喧騒だけが聞こえている。
こっちが敏腕のスナイパー複数に狙われてることも知らないで、呑気に。心がざわつき始めている。落ち着かなければ。
「絶対顔を出して向こうを覗かないで。蛇足も出しちゃダメ。速攻で撃ち抜かれる」
沙希は上擦った声で言う。冷気が急に消えた分、戻ってきた夏の暑さが肌にまとわりつくようだった。抱きしめたままの日南は、今は涙を堪えていたが不安そうな顔をしている。……賢明だし、強い子だ。絶対に、生きて連れて帰る。
だけど、机を積み上げたこの即席バリケードから抜け出す術が未だ浮かばない。姿を見せたとたん撃ち抜かれるだろう。出口は、目の前にあるのに。
焦れたらだめだ。それも相手の思うつぼだ。
「姫沼。向こうはおそらく私たちのことも知っておるぞ。お前に未来介入されないように、お前の範囲外から攻撃を仕掛けてきておる。じゃなきゃとっくに突入してきておるからの」
「そうだね。でもあいつらが、このまま日が暮れるまで待ってくれる気がしない。……ちょっと、無理してみる」
日南と異能干渉しているから、未来視が上手く行かない。それでも、何とか踏ん張れば。
「おい! あまり力を使いすぎると、お前も──」
「わかってる。ちょっとだけ。十五分って制限は破んないからさ……」
ごめんね、日南ちゃん。すぐ外に出られるからね。優しく腕の中の彼女に囁きつつ、沙希は目を閉じた。
周波数を合わせるように、ノイズまみれの時間の流れを辿る。
デジタルの砂嵐の中から見えるものを探すように、必死に十五分後の未来を手繰り寄せる。汗が、額からいくつも滴り落ちた。
──視えた。沙希は帰ってくる。やけに息遣いがうるさく聞こえると思ったら、自分だった。心配そうな日南に、必死に笑いかける。大丈夫だから。ちょっと無理してみただけだから。
沙希はえながと目を合わせる。
「あいつら、最終手段でロケットランチャーを用意してる。動きなしって判断したら撃ち込んでくるよ。暗殺よりも、確実な任務遂行を選ぶつもりだ」
「……くそ。十五分後か。どうする。私の蛇足で窓を塞ぐか。多少は時間を稼げる」
「だめ。蛇足に弾が当たったらあんたが危ないでしょ。あれ、異物専用の弾丸だよ。一発でも喰らったらやばい」
「じゃあどうするんじゃ。このままだと全員木っ端みじんじゃぞ」
「……私が」
囮になるから、あんたは日南ちゃんを連れて逃げて。
そう言いかけたら、ぎゅっと肩を掴まれた。
日南だった。まだ潤んだままの彼女の瞳には、揺るがない光が宿っていた。
「……ダメだよ。全部、私のせいだから。お姉ちゃんたち、私のこと置いて行って。何とか、外に出られるようにするから」
沙希は息を呑んだ。見くびっていた。彼女は思っていた以上に、強い子なのだ。
震えながら、こんな風に迷いなく言えるほど。
絶対ダメ、という沙希の声が、えながと被った。
「お主を絶対無事に外に連れていく。私たち二人も死なない。それが今、私たちの最重要任務じゃ」
一言一句言いたかったことを、えながが言ってくれた。驚く。そして、改めて気持ちを引き締めた。
今の彼女の言葉。その重みをしっかり受け止める。
「でも私が、氷を出さなければ……」
日南が辛そうな声を絞り出す。それではっとなった。ここに来る直前、教室の入り口を塞いでいた日南の分厚い氷。弾丸さえ、通らないほど。
「……九十九」
「……わかっとる。今たぶんまったく同じことを思いついた。だがめちゃくちゃ賭けじゃぞ。上手く行かなかったらマジで三人とも死ぬ」
「でもやるしかないっしょ。三人無事にここを出られる可能性があるならさ」
沙希はえながに向かって握った拳を突き出す。彼女は少し迷っていたが、少し強めに自分の拳をそこに押し付けてきた。
「わかったが、勝算はあるのか。せめて敵の居場所の目星くらいはあるんじゃろうな」
「ないよ。あるわけないじゃん、向こうプロだよ? だから、これから探るんだよ、あたしが」
額の大量の汗をリストバンドで拭って、沙希は言う。すぐえながはその意味を察したらしく顔を険しくする。
「お前……! これ以上無茶な未来視をしたら、本気で異能が暴走するぞ! 世界をぶっ壊したいのか!」
「わかってるって。だから、異能共鳴で補給しながらなら大丈夫でしょ?」
「……は? お前、何を言うておる」
「ここでキスして。ちょっと激しめのやつ。それしてもらいながら未来視するから、あたしマグロね」
「ふざけ……っ⁉ 子供がいる前でお前なんじゃそりゃ……⁉」
「日南ちゃん。ちょっと目と耳塞いでてくれる? すぐ済ませるから」
日南を自分の隣に座るよう移動させる。肩と肩が触れ合う恰好だが、彼女の異能の暴走は抑えられていた。
とりあえず接触していれば大丈夫らしい。良かった。日南は素直に目を閉じ、両手で耳を塞いでくれる。いい子。頭を撫でてやる。
「九十九、早く。あと十分くらいでロケット弾が飛んでくる」
「っ……ええい、やればいいんじゃろやれば! 上手いのは期待するなよ、こんなところで初めてじゃ……っ」
「何、緊張してんの? 大丈夫、上手いと思ったことそんなないから!」
「舌噛むぞお前」
えながが沙希の膝の上に乗ってきて、間近で見つめ合う形になる。こうしてちゃんと見ると、彼女は思ったより小柄で、細い。精巧な日本人形みたいな顔つきと、切れ長な瞳。……悔しいけど、ちょっと見惚れた。
「おい、ぼやっとするな。集中しろ。私を辱めるんじゃからな、ちゃんと視て来ないと嚙み飛ばすぞ」
「はいはい。じゃあ早くしてくれる?」
彼女は一度日南をちらりと気にしてから、ためらいつつ沙希に顔を近づけてくる。まつ毛長……っと思いつつ目を閉じると、ふんわりと唇を塞がれた。
「んっ……」
激しめを要求したからか、舌がすぐ割入ってきて、絡みつく。その感触にもてあそばれながら、沙希は意識を未来へと沈めていく。
えながが共鳴してくれているおかげでさっきよりもノイズも砂嵐も少ない。ただいつもより大分不鮮明ではあるから、視界を振り絞らなければならない。画質の悪い動画を眺めている気分だ。
(でも九十九のおかげで……見え、た……! スナイパーの位置……!)
彼女の蛇足が、導いてくれる。沙希が介入出来る未来へ。凄まじく低解像度だったが何とか、スナイパーたちが散らばった位置を特定できそうだった。
だがもう一つ。この未来を導き出すには、覚悟を決めてもらわないと。彼女にも。
意識を現在に戻す。
「ん……はぁ……っ」
えながのキスがまだ続いていた。彼女にしては情熱的に、少し感情を入れた舌の絡みつき。溢れる彼女の吐息がやけに悩ましい。
沙希は急に恥ずかしくなって、慌てて彼女の肩を押して離れてもらう。二人の唇のあわいに、銀の糸が伝う。
「あ、ありがと九十九……っ。おかけで勝算ばっちり。行けるよ」
「……当たり前じゃろ。私にこんなことさせおって、うつけ者め」
睨むえながの眼差しは少し潤んでいて、妙な色気にドキッとする。
だが今はそれどころじゃない。沙希は日南の方を向いた。
「日南ちゃん、ありがと。もういいよ。あのね、聞いてほしい。お姉ちゃん、これから一人で行かなきゃなんだ。今お姉ちゃんたちを狙ってる悪い人たち、ぶっ倒してくるから」
つまり、今沙希と接触して抑え込んでいる彼女の異能を解き放つことになる。
でも大丈夫。彼女は強い子だ。ちゃんと視えた。
「さっきの日南ちゃんの異能……きっと日南ちゃんなら上手く使いこなせる。だからしっかり抑えて、コントロールしてみて。お姉ちゃんたちのこと、助けてほしい。出来るかな?」
「……うん。頑張る」
不安げだったが彼女は頷いた。本当に頭のいい子だ。これだけで沙希の伝えたいことを全部理解してくれた。この子はきっと、もっと強くなる。複雑な気持ちではあるけど。
6
沙希は日南とえながに、作戦を伝える。
「……上手く出来るかな」
「大丈夫、日南ちゃん。君はすごい。完璧にしようとしないで、とりあえずやろうとしてみて。案外、簡単だよ?」
「うん。私も、桃色ちゃんみたいになれるかな」
「なれるよ。一緒に会いに行こう。絶対喜んでくれる」
沙希は日南と固く握手を交わす。守り守られる関係じゃない。これで、共に戦う仲間だ。
「私も問題ない。さっきの異能共鳴で力がかなり溢れた。その範囲まででも蛇足を飛ばせるぞ。題して――日本昔ばなし大作戦じゃな」
「何それ、何で昔ばなし? まあとにかくお願い。蛇足には絶対あいつらの弾を当てないから」
「心配しとらん。お前の未来視は確実じゃ。じゃろ?」
にやっと彼女が笑ったので驚く。そんな表情もするのかこいつ。思ったより子供っぽい雰囲気が新鮮だった。
ロケット弾が撃ち込まれるまでもう五分もない。沙希は日南の肩を優しく叩いた。
「OK、作戦開始。日南ちゃん、お願い」
沙希は彼女との接触を解く。
日南は目を閉じ顔を歪めてやや苦しそうにしながら、両手を合わせて擦り付ける動きをする。
ちゃんとイメージを動きにすることで異能を操りやすいと肌で理解してる。この子、すごい。天才になるかもしれない。
ピキキッ、と音がした。途端、窓枠だけになった窓際の壁が、分厚い氷で覆われていく。
「……すごい。上手く出来てるよ日南ちゃん。ありがと」
息を乱しながら必死に異能を乗りこなそうとする日南の髪を撫でてやる。そして沙希は立ち上がった。ここからは、わたしたちの出番。
「よし、行ってくる! 九十九、ちゃんとやってよ?」
「誰に行っとるんじゃ。はよ行け。ぱぱっと、片付けろ」
えながに背中を押されて、沙希はバリケードから一人飛び出した。
窓際の氷が削れる音がする。撃ってきた、が狙撃の弾は日南の氷が防いでくれた。だが連続で注ぐ銃弾。氷にひびが入る。長くはもたない。
それを、利用する。
銃撃を受けて薄くなった氷の壁。沙希は跳ぶ。ドロップキックで氷の壁を蹴破った。
外に飛び出す。銃弾が飛び交う位置はわかっていた。その隙間を縫う。狙撃のプロだろうが、弾道の未来は変えられない。
三階建ての空中に放り出た沙希を。格好の的である沙希を。
下からうねり上がってきた蛇足がその足で掴んでくれた。「ありがと」と言いながら彼女の首の後ろへ。蛇足は空中を這いずり上がる。天を衝く龍のように。
「九十九、そのまま左。うねって。回転。左。下に下がって。すぐ上がる」
手首のデバイスで、繋がったえながに指示を出す。端的なのに蛇足の動きは理想通り。撃ち込まれたライフル弾を軽々とすり抜けていく。悔しいけどやっぱり彼女はすごい。
外界に繋がる電波は遮断されていたが、沙希とえながはパートナーなのでデバイスは絶対に断てない特殊な回線で繋がっている。
「そのまままっすぐ、うねりながら。……いた。一人、あそこの屋上」
校舎から離れたマンションの屋上。ライフルを構えた男の姿を捉えた。えながの蛇足が行けるぎりぎりの範囲。さっき異能共鳴していなかったら危なかった。
男も近づく沙希たちに気づき、すぐさま銃口を向けてくる。無駄。真横から銃撃を受けて男が吹っ飛んだ。
「防弾チョッキ、着てるでしょ? 少しは撃たれる痛み知っときな―?」
沙希は蛇足と共に次の場所へ。もう未来に介入していた。狙撃手を銃撃したのは五分前に沙希が撃った拳銃の弾だ。ちゃんと防弾チョッキを着けているところを狙って、あばらが折れる程度で済ませてやった。
日南から距離を取ったからか、少しずつ未来介入が上手く働くようになってきた。五分後なら余裕。それだけで充分。ここまで近づけば、もう狙撃手の存在は沙希の未来の範疇なのだ。
ちらりと遠くの校舎に目をやったが、氷柱が窓を突き抜けている様子はない。ちゃんと抑えている。日南は本当に、強い子だった。後でいっぱい褒めてあげなきゃ。
もう一人。今度は廃ビルの窓から覗いていた。撃ってきた。軌道はわかっている。沙希も立ち上がり、拳銃を構えている。撃ち返す。
ライフルの弾は重い。だから拳銃の弾を横から当てる様にして軌道を逸らす。撃たれた。撃ち返し逸らす。撃たれた。その繰り返し。
近づくと男が真後ろから銃弾を防弾チョッキに受けて壁に激突する。さっきライフル弾の軌道を逸らすのに使った弾だった。コスパはカット。
沙希は左太もものホルダーからマガジンを抜き、空のマガジンを銃から振り落としてリロードする。スライドを引いて、装填。
三、四、五、六。狙撃手たちはバラバラの場所にいたが、ある程度の範囲内に点在していた。順番に対処していく。
「……あと一人。気張っていくよ。九十九、蛇足」
さっきの無理した未来視で確認した狙撃手の数が正確なら、次で終わりだった。ノイズがひどかったが大丈夫だ。確実に無力化させる。
『気を抜くな。早く戻れよ』
今まで黙り込んでいたデバイスから返事が来て驚く。……ほんと、素直じゃないやつ。にやりと笑う。
見えた。最後の一人。建物の屋根。ライフルを撃ち放つが、蛇足のうねりが回避する。振り落とされるほど訓練に手を抜いていない。
「おっしゃ! おしまいっ!」
あらぬ方向にむけて撃った五分前の弾が、男の防弾チョッキにぶち当たる。よし、伸びた。異能対策部隊も、腕が落ちたな。
「九十九、日南ちゃん。全部やっつけた。これから戻るから、二人は先に校舎の外へ。──もう安全だよ。みんな、よく頑張った」
えながの声は聞こえてこなかったが、日南の安堵する声は聴こえてきた。ちゃんと聴いてるも、素直に返せないやつ。今日はまあ、許してやろうじゃないか。蛇足に乗せてもらえていることだし。
「んー、やっぱ干渉しちゃうなぁ……」
小学校の校舎が近づくと、やはり未来視が鈍る。日南が無事である証だから、気分は良かった。さてと、桃色と会わせる約束守らないと。
「っ……⁉」
ノイズの走った五秒先が、脳内に走る。無意識の防衛本能だった。撃たれる。
身を逸らした沙希の肩を、弾丸が掠る。痛みが血しぶきと共に弾ける。
「九十九ッ! まだいた! 隠れてて! 未来視は使えない、けど何とかするからッ!」
腕のデバイスに叫ぶ。もう一人いたのだ。狙撃手が。
どこだ。どこだどこだどこだ。ランダムに動き回る蛇足。掴まりながら沙紀は必死に未来を手繰り寄せようとする。でもこの状況じゃ集中できない。でも、しなければ。
十秒先。それだけでいい。位置さえわかれば。ノイズの荒波を意識が掻き分ける。
いた。スーパーの屋上、看板のところ。が、相手の銃口は既に沙希を捉えていた。
(あ、撃たれる)
狙撃手を視界にとらえてうねる蛇足の背中の上で。自分の頭がライフルの弾で炸裂する未来が視えた。
せめて、相打ちに。銃を構えようとする。が、撃たれた肩の痛みで照準が定まらない。
ダメだ。こんな、とこで。
「…………へ?」
大きな氷の塊が、スーパーの看板に突っ込んだ。狙撃手は弾き飛ばされて、背中から駐車場の車の上に落ちる。死んでない。ちょっと重傷くらいだろう。微かに動くのが見えた。
今のは、絶対日南だ。沙希と相性が悪いから未来視できなかった。彼女の介入を。
それをサポートしたのはえながだろう。蛇足の目は彼女の目だ。蛇足は正確にスナイパーの場所を捉えていた。とはいえ。
「……百点満点過ぎるよ、日南ちゃん」
早く彼女を抱きしめて、思う存分可愛がってあげたかった。
7
蛇足は小学校から離れた空き地で沙希を下ろしてくれた。
「姫沼、お疲れさん。本当に、本当に良くやった。九十九からあらかた聞いた。二人とも、頑張ってくれて、ありがとう」
待っていた七竈が駆け寄ってきてぎゅっと抱きしめてくれた。「もぉ、先生いっつもそれやる。あたし汗臭いから離してぇ?」と沙希は言いながら瞳を潤ませた。何とか瞼の裏で涙は抑え込む。
「お姉ちゃん! 良かった、無事で」
日南が駆け寄ってきて来てくれた。今度は沙希が小さな彼女を抱きしめる。
こうして改めると、やっぱり彼女はまだほんの子供、小さな少女だった。でも、立派だ。立派すぎる。
「ありがと、日南ちゃん。あたしのこと助けてくれたでしょ。マジ感謝。一生使って、必ず返すよ」
「……お姉ちゃんの方が、私を助けてくれたじゃん。私も一生使ってお姉ちゃんに返すね」
腕の中の日南はくすぐったそうに笑う。ようやく笑顔が見れて、思ったより幼く無邪気なその笑みにほっとして、少しだけ苦さを噛み締めた。
「蛇のお姉ちゃんも。ありがとうございました」
日南が後ろにいたえながにもぺこりと頭を下げた。えながはそっぽを向いていたが、軽く手を上げて応じる。……素直じゃないやつ。
「さあ、マスコミとかが嗅ぎつける前に行くか。……満島ちゃん。お父さんとお母さんに会えるのは、もう少し後だ。ごめんな」
七竈がしゃがみ込んで、まっすぐ覗き込みながら言う。日南は唇をぎゅっとして、頷いた。
「はい。……よろしく、お願いします」
日南は七竈に頭を下げた。賢い子だ。自分の置かれた状況をもう悟っている。沙希はまた涙を堪える。
異能適合者は、学園側に隔離される。これから色んな検査や、手続きをしなければならない。
そして、もう今までの暮らしに戻ることは出来ない。彼女は沙希たちと同じ、檻の中で暮らすことになる。
頻繁に会いに行こう。そう沙希が決めた時だった。
「日南ちゃん!」
声がした。見ると空き地の入り口に、息を切らした少女が立っている。
「喜多美(きたみ)ちゃん!」
日南が彼女を呼ぶ。友達のようだ。
駆け寄ってきてくる喜多美に日南はためらう。七竈が辛そうな顔で止めようとした。
それを沙希が制した。目で七竈に伝える。大丈夫、彼女はもう異能を使いこなせる。察した彼女は驚きつつ、沙希を信じてくれた。
「ダメ! 喜多美ちゃん危ないよ!」
「いいの! 危なくてもいい! 日南ちゃんが無事で、本当に良かった」
喜多美と呼ばれた少女は、日南に抱きつく。優しく、ぎゅっと。
途端。みるみる日南の見開かれた瞳が潤んでいく。
大粒の涙が溢れて、彼女は初めて声をしゃくり上げて泣いた。
「ごめん……。ごめんね喜多美ちゃん……」
「いいんだよ。私なんて全然怖くなかった。だって日南ちゃん、優しいもんね?」
抱き合った二人の交わすそんな言葉に。沙希は目頭を熱くさせた。見ると七竈もボロッボロに泣きじゃくっている。それで逆に、沙希は大人ぶれた。
ふと、えながを見る。彼女は腕を組んだまま、相変わらず何を考えているかわからない顔をして日南たちを見ていたけど。
「姫沼」
「何、九十九」
「……頑張って、良かったな」
彼女が僅か、口元を歪めて笑った。沙希も吹き出してしまう。
やっぱ嫌いじゃない、かもね。こいつ。
そういえば忘れず言わないと。沙希はおんおん泣いてる七竈に耳打ちする。
「先生。日南ちゃんを施設に送り届ける前に、あたしたちの学園に寄って欲しいんだけど」
七竈は目元をジャージで拭いながらめちゃくちゃ頷いてくれた。
約束は守る。さてと、桃色と連絡取らないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます