第六話「そして悲劇は幕を開ける」①


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『全人類に告ぐ。我々は異能に適応した、この世界に自由に生きるべき新しい人類である。諸君に提案したい』

 ローブを着た天星が、笑みを浮かべたまま凛とした声で。それでも身体の内側に響くようなはっきりとした声色で言っている。

 彼女の映る場所は、ニュース番組のスタジオだ。生放送中にキャスターが座っていた場所は血にまみれ、背景にも血飛沫が飛んでいる。

『我々の同志、異能適合者を今すぐ解放したまえ。学生、児童、成人。全ての同志を一週間後には自由の身に戻せ。

 我々は人である。檻に閉じ込められて使役される道理など誰にもありはしない。

 そして同志諸君よ。もう家畜として飼い慣らされる日々は終わりだ。今すぐ立ち上がりたまえ。君たちにはこの世界を自由に生きる権利がある。

 私が。この天星が。君たちを導く救いの手になる。勇気を出せ。君たちは一人ではない。味方は私達だ』

 天星は笑みを引っ込める。そしてカメラ越しに、それを観ている者達を睨んだ。

 宣言する。

『一週間後。もし我々の要求が通らない場合。こちらへの宣戦布告とみなす。

 旧人類よ。お前たちの時代は終わった。

 今度はお前たちが、我々に支配される番だ』

 良い判断を。天星がそう言うと、画面が真っ暗になる。

 教室のスクリーンに映し出された映像を、向かい合わせに並べられた長机に付いて見ていた沙希たちはそれぞれ重々しい表情で眺めていた。

 沙希たち一年生、高目とシスターの二年生。そして、海外出張していた三年生の三人組まで。学園の生徒全員と、透子と七竈などの教師も全員その場に顔を合わせている。

 理事長である豊橋恵もいた。彼女はスクリーンの傍に、沙希たちの視線の前に立つ。

「皆さんも知っての通り、これが一週間と三日前の映像です。『天星』と名乗るこの人物の要求に、当然政府は従いませんでした」

 スクリーンの映像が切り替わる。文字が並んでいた。

 京都校を最初に、異能学園と成人した異能者が入れられる施設などの名前がずらりと並んでいた。

「このリストは、天星一行と思わしき団体に襲撃を受け壊滅した異能者の入居施設です。そこに入居していた異能者たちは全員、天星たちに拉致されたものと思われます」

 非異能者である関係者の死体を残して。異能者たちの姿はなかったという。

 沙希たちが京都校で遭遇したあの一連の出来事と一緒だ。皆、天星の甘言に唆されて、付いていってしまった。

 天星は仲間を集めている。自分たちが主体である、新しい世界を作るために。

 これから行われるのはたぶん、非異能者たちの一方的な虐殺だ。異能に適合出来ない人間たちを、彼女は排除するつもりだろう。

(あいつはそのためなら手段を選ばないし、絶対にやり遂げるまで止まらない)

 彼女を目の当たりにした沙希には、それがよくわかっていた。隣にいるえながもそうなのだろう。表情が曇っている。

「おそらくここ、東京校にも彼女らは訪れるでしょう。そのために私たちは、常に万全の準備をして備えねばなりません。決して、彼女の言葉や思想に耳を傾けないように」

 天星はテロリストです。豊橋は強い口調で言い放った。

 ふと、三年生の内一人が席を立った。茶色のロングの髪を後ろで編み込んでいる、キリッとした顔立ちの女性。

 青鷺芳翠(あおさき ろうすい)だ。腕には他の三年生と同じ、「生徒会執行部」の腕章がある。彼女は会長なのだ。

「理事長。此処から先は私から。実は天星と接触した姫沼さん、九十九さん以外にも、深い関わりがある方々がいらっしゃいます。透子先生、七竈先生」

 はっと沙希たちは二人の教師の顔を見る。二人は、複雑そうに苦みを嚙み潰した顔をしていた。

 口を開いたのは七竈だった。

「……天星は。本名は天城續(あまぎ つづき)と言う。私と透子とは、異能学園の中等部で一緒だった。……というか、友人だった。彼女と私たちは異能共鳴が出来ていたんだ」

 七竈は眉間に皺を寄せたまま話す。

 異能共鳴が出来ていた。つまり天星は、七竈と透子とパートナーだった。

 異能の相性がいい相手は、限りなくレアケースではあるが一人ではないことがある。三人以上で最大限の異能を発揮できることもあり、今、沙希たちと一緒にいる三年生の青鷺たち生徒会執行部の三人もそうなのだ。

 だが、まずはわかりやすい疑問が沙希の中に湧く。

 挙手したのはえながだ。

「一つ、聞いていいですか先生。私らが遭遇した天星は、どう見ても中学生くらいの少女じゃったぞ。七竈先生と透子先生と同期とはとても思えん」

「續は……天星は。理由はわからないけれど、私たちが最後に見た時とまったく同じ姿のままに見える。年をまったく取っていない。……それにあの子は」

「……あいつは、死んだんだ。私たちはあいつの遺体を確認した。遺体安置所で。埋葬まで済ませたはずだ。無縁仏だが墓にも入った。……それが何故、今になってあのままの姿で現れたのか。皆目見当もつかない。さっきの映像と、姫沼たちの話を聞いて。ようやく彼女だと確認できた。間違いない。──あれは、續本人だ」

 言いにくそうだった透子の言葉を七竈が継ぐ。

「天星という人物は私たちのような異能適合者の解放を要求していました。それが通らないと判断し、今は力づくで各地を解放して回っている。その動機に、心当たりはありますか」

 会長らしくはきはきした声で芳翠が端的に尋ねる。

 答えたのは透子だ。

「あの子は、『新宿事件』の時にその場に駆けつけたの。私たちと一緒に。それで、その場にいた異能対策部隊と殺し合いになって──そのまま相打ちになった。……だからあの子は、もう非異能者の人たちに絶望してしまったのかもしれない」

 ──だから今も変わらない現状を変えようと、行動を起こしたのかも。透子は俯いて遠い目をしながら、どこか上の空で語った。

『新宿事件』。十九年前に起こった、新宿駅前にて異物が大量発生した事件。

 朝の出勤ラッシュ中。賑わう人混みの大勢が、突然異能を発症した。適合者はいなかった。全員破壊衝動に呑まれ、異物と化した。

 沙希が読んだ書類には、具体的な死傷者数が表記されていた。──地獄だ。重症であればマシな方。遺体すらも残らない、行方不明者も多発したという。

 もちろん学園からも他の施設からも、異能適合者が駆けつけた。だが適合者など一握り。多勢に無勢。押し寄せる異能の群れに苦戦を強いられた。

 だが、事態は収束したという。記録には、異能対策部隊の出動の記載はなかった。

 しかし透子は、異能部隊と天星は殺し合いになったという。記録にはないことが、起こった。それが今の、「天星」を作った。

 パン、と音が鳴る。理事長の豊橋が手を叩き、視線を集めた。

「天星の動機は、わかりました。そこで本題です。天星は今、異能者のいる各施設を襲撃し、異能者たちを拉致しています。この東京校にも、いずれやってくるでしょう。他の場所のような事態は、絶対に避けなければなりません」

 豊橋の言葉で、皆露骨に視線は向けずとも意識は自分とえながに向いていると沙希は肌で感じている。

 S級異能者である自分たちがもし、天星たちサイドに付けば。もう事態は収拾できなくなる。それを危惧されているのは痛いほどわかった。

 そんな空気の中。ただ沙希たちを気遣うように心配そうな眼差しを見せてくれる桃色と、智尋だけが救いだった。

「えっと。あたしたちは、この中では唯一今の天星と対峙しました。はっきり言います。──あいつは、邪悪です。どんな高尚な思想を語っても、やってることは無関係な人たちを巻き込むテロ行為に過ぎない」

 ──それにあいつは、異能者である少女を騙して仲間に引き入れました。沙希は噛み締めながら言う。反吐が出る。

「パートナーであった少女を、あたかも異能対策部隊の人が殺したかのように見せかけて、ヘイトを人間側に向けさせた。そうやって危機感まで利用して、京都校の子たちを丸め込んだんです。もう一度言います。あいつは、邪悪です。あたしが向こう側に付くことは、絶対にありえない」

 言い切った。えながも腕を組んだまま後に続いた。

「私も沙希と同じじゃ。あいつに付くことはない。口約束にしかならんが、学園側を裏切ることはないと断言していい。心配ならいくらでも監視を増やせばいい。無駄じゃがな」

 えながは教室の入り口側、五人ほど並んだ自動小銃を携えたスーツ姿の政府の人間たちに目を走らせる。彼、彼女らは一切感情を見せない。何か沙希たちにおかしな動きがあれば肩に掛けた銃を容赦なく使うだろう。

 天星から沙希たちを守るためではなく、沙希たちから世界を守るためにこの人たちはいる。百も承知。

 重苦しいままの空気に、口火を切ったのは七竈だった。

「姫沼、九十九。あまり気負わなくていい。お前たちがどんな未来を選ぼうと、それを責める奴は一人もいないし私がそれを許さない。それに、まだ起きていないことよりも懸念すべきことは山ほどある。續の──天星の異能は結構やばい。あいつは他人の異能をコピーできる。いくらでもな。だからどの異能とも相性は最悪だ」

 自分の異能より、相性の悪い異能なんてないからな。七竈は足を組んで椅子にのけぞるように天井を見上げた。隣の透子がため息をつく。

 二人は天星の異能がどれほど厄介なのか、身に染みるほどわかりきっているのだ。

「天星はあたしの未来介入も使って応用までしてきました。あいつに私は介入できません。下手したらとんでもないカウンターを喰らう」

 えながを目の前で撃ち抜かれた。あたしの弾丸で。あの光景がずっと頭の中でリフレインしている。めまいがした。

 ぎゅっと、テーブルの下。えながの手が沙希の手を握る。交じり合う、彼女との視線。そのまっすぐさに、息が少し出来るようになった。

 豊橋がまた手を叩いた。

「とにかく、もし学園内に不審な人物を見かけたら、すぐに腕のデバイスで救難信号を飛ばしてください。一人で対処は、間違ってもしないように──」

 豊橋の言葉が途中で切れる。

『やあ。私の対策会議中だったかな。ご苦労様。時間を無駄にする余裕はありそうで、何よりだ』

 沙希の腕のデバイスから、声がした。いや違う。その場にいる異能者全員のデバイスから、天星が語り掛けてきていた。

 沙希は手を持ち上げる。掌に、ホログラムの天星の姿が映し出されていた。あの無機質な笑顔が。全員の手の中に。

「……續」

 透子が彼女の本当の名前を口にする。やはり天星の笑みは揺るがない。

『やあ、透子。七竈も。久しぶり、というのかな。十九年ぶりだね。私の記憶にある君たちより、だいぶ大人になったようだね。異物化も死ぬこともなくて、無事で何よりだ』

「ざけてんじゃねぇぞ、てめぇ。こんなことして何がやりたいてぇんだよっ。世界をぶっ壊す気か?」

『壊す気はないよ。むしろ再構築、という感じかな。この世界を、異能適合者のものにする。本来進化のあるべき未来へ、導くんだよ』

 凄む七竈を、宥めるように凛とした声で天星が言う。

『さてと、懐かしむのはこのくらいにして、本題といこうか。これから我々は君たちのいる東京校へと赴く。時期は──そうだな。区切り良く八月一日としよう。お邪魔するよ』

 ──異能者のみんなは快く仲間に迎え入れよう。それ以外の者は、皆快く死んでくれたまえ。天星は歌うように告げた。

「天星。お前は殺す。絶対あたしが、お前をぶっ殺すから。覚悟しろよ、インチキ救世主気取りが」

 沙希がホログラムの天星に吐き捨てる。天星の表情はやはり変わらなかった。

「姫沼沙紀。私は君が家族だと思ってるあいつらを殺したことを微塵も後悔していないよ。君もきっと近い将来感謝することになるだろう。会えるのを楽しみにしているよ」

 それじゃあ皆さん、ご達者で。一方的に通信が切れた。後には、重々しい沈黙が場にのしかかっていた。

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