第十一話「決戦」①

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 宝石月桃色の真価は、異能に在らず。共に過ごした時間の長い沙希は、それが骨身に染みてわかっている。

 彼女の異能、Mrs.ショッキングピーチは自分の周囲路線バス一台分くらい。黒い身体の部位を大小問わずいくつか召喚出来る。

 それに彼女の動きをリンクさせると、Mrs.の動作はほとんど誤差なくより高度に行うことが可能になる。その俊敏な打撃、大きな拳撃、蹴撃から繰り出される破壊力は敵対する相手にすれば脅威という他ない。

 だがそれを可能にしているのは。そもそも桃色自身に備わった、比類なきポテンシャルのフィジカルなのだ。

「ッ……!」

 沙希は後ろに弾き飛ばされる。靴が鳴く。何とか踏ん張って転倒を避けた。

 桃色の蹴り出した蹴り。受けた両肘がビリビリと痺れて痛む。まともに喰らったらやばい。わかり切っている。今まで何度も受けてきたが、更にキレが増している。まるで刃の鞭だ。

 はっと一瞬逸れた意識を戻した時には。もう目の前の桃色はいなかった。未来視はダメだ間に合わない。必死に気配を探ろうとした途端。

 正面から拳。髪先一重でしゃがんで避けた。が、ダメだ。素早く身をかがめ回転した彼女の足払い。捉われて転がった沙希。すかさず跳び上がった彼女が踏みつけてきた。間一髪で転がって何とか脱した。慌てて立つ。

「桃色ッ! 話を……ッ!」

 沙希の呼びかけの途中にも彼女は飛び掛かってくる。だが構えた瞬間彼女の姿は消える。横だ。並んだMrs.の掌を順番に壁のように蹴り進みながらこちらに向かってきた。

 未来介入。出来ない。隙が無い。振り払うキックを腕でガード。骨が軋むような痛みに顔を歪めている隙に。

「うぁっ!」

 桃色の身体が舞う。もう一方の足がガード意識外の沙希の肩を蹴った。一気に身体が弾き飛ばされる。足場の外へ。

「ッ……!」

 未来介入。現わせた自分の手を掴んで、別の浮いている足場に着地。肩はズキズキとするが、折れてはいない。動く。

 視線を上に向けたら。もう桃色はこちら目掛けて飛び降りてきていた。

 未来介入の隙を与えない。さすが桃色だった。攻撃を未来視される前に速度で、一気に叩き伏せる。Mrs.を伴わない彼女の攻撃の方が速いのだ。沙希は彼女との組手で一度も勝ったことがない。

「桃色……ッ!」

 本気で掛かってきているのはわかる。でも、まだ話し合える余地はあるはず。だって彼女は、まだ生きているんだから。

 助ける。絶対助けるんだ。

「蛇足! 捕まえろ!」

 えながの声が響く。落下している最中の桃色に三匹の蛇足が。真っ直ぐに突っ込んでいく。

 桃色は。ただ向かっていく彼女らに掌を向ける。Mrs.。三本の大きな手が壁の如く蛇足の突進を阻む。

 そして沙希の元へ降り立つ。彼女のフットスタンプを沙希は跳び退いてかわす。

 そこにすかさずえながの乗った蛇足が体当たりしていく。桃色はいない。もう前方に器械体操のような動きで避けていた。

「ぐっ、うぉっ……!」

 Mrs.の大きな握り拳がえながごと蛇足を殴り飛ばす。桃色が沙希の方を見る。

「沙希! 今じゃ!」

 Mrs.の腕と蛇足を戦わせているえながが叫ぶ。もうやった。未来介入。彼女のおかげで介入出来る余地が出来た。

 桃色の周りに無数の沙希の腕が現れる。彼女を捕まえようと全てが伸びる。

 桃色は自分の身体の前で手を合わせる。まるで拝むように。

 途端彼女の身体からMrs.の腕が一斉に現れた。沙希の捕まえかけた手を全て振り払う。防がれた。上手く介入出来たと思ったのに。

(天星のせいか……ッ)

 明らかに桃色の異能の研ぎ澄まされている。パートナーである智尋がいないのに。きっと異能である天星が自らの波長を変えて疑似共鳴させているのだ。更に何倍も力を増幅させる効果付きで。

 でもそれなら。桃色の身体にも負荷が掛かるはず。あまり時間を掛けたら、彼女までも異能に呑み込まれる。絶対それは防ぐ。助けてみせる。必ず。

(桃色は本気だ。ならこっちも本気にならないと。……救えない)

 沙希は腹を決める。桃色のことを智尋から託された。そして自分だって、彼女のことを助けたい守りたい。

 なら彼女を止めなければならない。例え傷つけることになっても。

 足のバネを弾ませた桃色が、また一気に突っ込んでくる。Mrs.の手を足場にジグザグに。動きを予測させないためだ。

 沙希はあえて気配を追わない。彼女のペースに乗せられたらまた攻撃を喰らう。

 未来介入。その対策すらされていたらどうするか。

 相手の予測を超える。

 桃色の空中からの回し蹴りが空気を裂く。だがもう、沙希はそこにはいない。

「後ろだよ、桃色」

 彼女の背後に立つ沙希。桃色の背中から微かな動揺が見てとれた。やっぱり彼女は異能ではなく、彼女だ。感情がある。

 沙希は膝で思い切り彼女の脇腹を蹴り飛ばした。

「ッ……!」

 咄嗟にMrs.の手でガードしたらしい。だが衝撃は受けたはずだ。彼女の不意を突けた。

「……桃色。悪いけどあたしも応戦するよ。話、ちゃんと聞いてくれるまで。たまには殴り合いで話すのもいいよね。……今度は負けないよ」

 沙希は拳を構える。勝敗は十戦〇勝十敗。勝率は二割。でも勝算はある。やるしかない。

 桃色は再び足のバネを溜めて沙希の視界から消える。未来視。未来介入。左側から攻めてこようとしていた彼女に介入した拳と蹴りをいくつも放つ。

 彼女は避け、受け、Mrs.で防ぎ、次は沙希のすぐ右に着地。すぐ足払いを掛けてくる。

 それを跳んで避ける。そこに彼女はすかさず裏拳を放ってくる。予測済み。

 今度は沙希の姿が消える。明らかに驚いた様子の桃色。の背中を、沙希は突き出した足で蹴り飛ばす。

「びっくりしたでしょ。不意を突くの、あたしの専売特許だよ。知ってるよね?」

 すかさず猫のように身を翻し足をついた桃色。表情を浮かべまいとしているのだろうが、不可思議そうな疑念がそこにあるのがわかる。これも長年の仲だ。といっても、まだ半年経ってないか。でもわかるんだ。親友だから。

 桃色はまた跳ぶ。今度は正面から来る。目にも留まらぬ速さでもう目の前に。

 動こうとした沙希の足。Mrs.の手が掴んで引き留めていた。動けない。が、それも想定済み。

「えなが!」

「おう!」

 突然現れたえながを乗せた蛇足。沙希の前にいた桃色に体当たりする。彼女は足場の外に吹っ飛んだ。

 沙希は蛇足の背に乗って、桃色を追いかける。彼女は落ちながらMrs.の手に着地すると、そのままこちらに向かって跳んできた。あちらこちらに召喚したMrs.の手を飛び石にして、蛇足の隣へ。背に乗るえながと沙希をそのままMrs.の大きな足で薙ぎ払おうとする。

「桃色。あまり沙希を侮らない方がいいぞ」

 えながが空中にいる桃色に、ニヤリと笑う。その時には沙希はもう蛇足の背中にいない。

下から突き上げるように沙希は桃色を殴る。素早く反応した彼女は肘でそれを受けた。まだだ。

「もういっちょ!」

 また沙希は彼女の視界から消える。そして今度は上へ。桃色を蹴落とす。

 桃色はMrs.の掌に受け止められつつ、別の足場に着地した。いい感じだ。こっちのペースになってきた。

「次こっちの番だよ桃色!」

 体勢を立て直す前に沙希は踏みつけて桃色を追撃。空振り。彼女は転がって避けた。

「まだまだじゃ!」

 突如桃色の後ろに現れた蛇足が尻尾を振るう。予想外だったみたいだ。彼女はそれを喰らって薙ぎ払われた。

 しかし彼女はすぐMrs.の手をクッションにして衝撃を和らげた。立ち上がった彼女は、切れた唇の血を手の甲で拭う。

「……話、聞いてくれる気になった? 天星は桃色のことと利用する気だよ。あいつは異能そのもの。人間より何企んでるかわかんないんだよ」

「……どうでもいい」

 初めて桃色が言葉を発した。だが彼女の目は冷たいままだ。

 そして祈るように身体の前で手を合わせる。

「特撮阿修羅」

 彼女が唱えると同時に。

 その周りにMrs.の巨大な手が四本現れる。

「まったく頭が硬い奴じゃ。誰かさんによく似ているな」

 蛇足に跨ったまま沙希の隣に並んだえながが言う。沙希は苦笑った。

「多分それ、自分にもブーメラン刺さってるよ」

「光栄じゃな」

 えながが自分の周りに更に四匹、蛇足の頭を出現させた。……来る。四本の腕を従えた桃色が突っ込んできた。

 Mrs.の腕たちはえながと蛇足が引き受けていなしてくれる。沙希は桃色本人だ。

 正面から来た桃色の回し蹴りを避ける。更に身体を翻し、二段回し蹴り。それを沙希は膝で受け止めた。

 桃色は拳を握ってフックを繰り出してくる。かろうじてそれを腕で受ける。が、続けざまにストレートの拳が打ち出された。

「くっ……!」

 速い。だがかろうじて反応して顔を逸らし避ける。頬に掠って痛みが走る。おそらく切り傷が出来て血が出た。それくらい鋭いのだ。彼女の打撃は。

「うぁっ!」

 すぐさまローキック。沙希は太ももに喰らう。よろけた隙にすかさず肘を突き出す桃色。

 だが沙希はまたその場から消える。そして桃色から少し離れた場所に立っていた。

「……ごめん。やっぱ桃色強いね。悪いけど、ちょっとズルさせてもらってる」

 すぐさま未来介入。ありったけ。桃色の周囲に現れ、掴もうとする沙希の過去の手。

 桃色をいくつかいなしたが、手数はこっちが上だ。彼女の足を掴む。それで彼女がつんのめった瞬間。

 沙希は駆けて、ドロップキックを放った。低めに。咄嗟に腕を使った桃色のガードごと、彼女を吹っ飛ばす。

 すかさず浮いた彼女の身体を、未来介入した手で掴み地面に叩きつける。

 が、桃色はMrs.の腕を生やして叩きつけを防いだ。体勢を立て直しかけた彼女に。沙希は飛び掛かる。

「痛かったらごめんね!」

 遠心力を付けた旋風脚。桃色はMrs.の足を使って跳びそれを避ける。

 が、想定済み。沙希は彼女の下から、更に上空に移動している。

「先に謝ったからね」

 蹴り落とす。今度こそ桃色は足場に落ちた。だがすぐ猫のようにしなやかに体勢を立て直す。

 ……行ける。彼女はまだ沙希のトリックに気づいていないはず。

 痛めつける気はない。でも話を聞いてもらえるくらい頭は冷やしてもらう。

(……ごめんね桃色。辛かったよね。寂しかったよね)

 彼女の怒りも悲しみも、きっと自分には十分の一もわからない。でも察することは出来る。

 何も見えなくなってしまうくらい苦しんでいる彼女を、ぎゅっと抱きしめてやる。そのためには今、歯を食いしばって耐えなければならない。彼女を傷つけることを。傷つけてでも止めることを。

 沙希は向こうが来る前に桃色に向かっていく。正面。から右、そして左。

 そのまま左から攻めると見せかけて。桃色の意識がこっちに向いた時、また沙希は姿をくらます。

 彼女の死角。左から現れてそのまま押し倒し、マウントを取ろうとした。

 が、ぐるんと桃色の顔が沙希を向いた。

(え……?)

 勘づかれた? 振り向きざまの彼女の蹴り。危ない。腕でガードしたが、不意打ちには失敗した。

 やばい。動揺していたらもう彼女に背後に回られた。かかと落とし。それを沙希はまた姿をくらまして避ける。

 また彼女の死角。後ろに回り返した。

 が、着地しようとした沙希のわき腹に衝撃。

「ぐぁ……ッ!」

 Mrs.だ。どこに出現するか先読みされて桃色がMrs.のパンチを繰り出してきた。それをまんまとわき腹に受けて、沙希はそのまま足場を転がる。

 立ち上がろうとした。しかし沙希の両腕は地面から現れたMrs.の手で固定されてしまう。

「くそ……っ!」

 抵抗しようとしたら両足も別のMrs.に絡みとられる。一切身動きが取れない。詰んだか。

「沙希!」

「えなが! ダメッ!」

 こちらの状態を察知したえながが、Mrs.の腕をかいくぐりながら蛇足に乗って突っ込んで来ようとする。

 蛇足に跨るえながのすぐ隣。もう桃色は跳んで迫っていた。

「舐めるなッ!」

 えながの後ろ、垂直になるようにもう一匹蛇足が現れて桃色目掛けて正面から突撃する。

 だが桃色は容易くそれを避ける。Mrs.の手を召喚して掴み、その場で鉄棒の要領で回転。そのまま突進した蛇足の背を走り、えながを別の蛇足の背中から蹴落とした。

「がっ……!」

 素早く召喚されたMrs.の大きな手に握りこまれ、そのままえながは沙希の隣に転がされる。

 身体の自由を奪われて横たわる沙希とえながの前に。桃色は着地して見下ろしてきた。

 その目は……まだ温度はない。完敗だった。自分たちは負けたのだ。

「……ごめん、えなが。バレちゃったっぽい。桃色、やっぱ強かったわ……」

「……そうじゃな。私も油断した。私たちの負けじゃ」

 地面に伏したまま、沙希はえながと苦笑い合う。

 桃色はもう沙希の異能に勘づき、瞬時に対応したのだ。

 沙希は数秒先の未来にポータルを開け、そこを通り抜けていた。瞬間移動の如く、自分から離れすぎない距離の僅かな未来に自分自身が移動できる。

 異能のパートナーであるえながと蛇足もその対象だ。ここ数日、自分の中の異能が暴走寸前まで肥大しているのを感じているから、発現出来るようになった能力。

 でも桃色相手では、やはり分が悪かったようだ。彼女はやっぱりすごかった。異能以外の、彼女の戦闘力、適応力。何でもこなせてしまうのだ。桃色は。

 沙希たちの前に立つ桃色が、拳を握った両手を振り上げる。Mrs.の巨大な拳が沙希たちの頭上に現れ、威圧感のある影を作った。

 彼女は自分たちを殺すつもりだろうか。今更命乞いとか、そんなものをするつもりはない。自分の命は惜しくない。どうせ後のない命だ。

「桃色。私は殺していいけれど。えながだけは見逃してあげてほしい。一生のお願いだから」

「桃色。私はいい。だが沙希だけは逃がせ。親友じゃろ。自分の手をその血で汚すのか」

 沙希とえながはほとんど同時に言い出して言い終わった。お互いに「何言ってんの」と視線で交わし合う。

 桃色は表情を変えない。ただ問答無用で叩き潰してくることもなかった。

 ……彼女も迷っているのかもしれない。なら、これだけはせめて、伝えておかないと。

「……ごめんね、桃色。助けられなくて。……天星のことは絶対信じちゃダメ。あいつのことは、絶対殺して。こんなこと頼める状態じゃないけどさ」

 真剣な眼差しで言った後、沙希は桃色に笑いかけた。

「まあ後は、桃色が決めて。後のことは任せるね。それじゃ、また」

 少しでも彼女に、後悔が残らないように。ここまでだ。後は桃色を信じよう。

(……ごめんね智尋くん。約束、守れなかった)

 それが心残りだった。そして桃色を一人、残してしまうことが。

「おやおや、これはこれは。まさかここまでやってのけるとはね、宝石月桃色。てっきり君は情にほだされるかと思っていたよ。期待以上だね」

 耳障りな台詞と共に。天星が桃色の隣に姿を現した。ずっと見ていたらしい。心底ムカつく奴だ。

「天星ッ! お前桃色に何かしたら絶対殺してやるからな! このクソカスッ!」

「その体勢でよく吠えるね。いい眺めだよ。さあ、宝石月桃色。とどめを。遠慮する必要はないよ。君の目的に、この二人は確実に邪魔になる」

 天星が桃色を煽るように言って、腕を組み沙希たちを見下ろす。高みの見物ってわけか。こいつは最後まで人をおちょくるのが好きなやつだ。

 おそらくは沙希たちが死んだ後、異能を取り込んで形にするつもりなのだろう。何もかも奴の筋書き通りってわけか。だが沙希たちにもう手はない。せめて桃色が生き延びられるように。他の人たちが何とかしてくれるよう祈るしかない。

「……やっと。ここまで近づいてきたな。天星」

 ふと桃色が小さく呟いた。かと思えば。

 高く振りかぶっていたMrs.の両腕が。桃色の隣に立つ天星を振りかぶってぶん殴った。

 バキンッ、と天星を囲っていた結界を叩き割って。天星本体を一気にぶっ飛ばした。

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