第十一話「決戦」⑤


  5


「しかし、君たちは本当に予想を上回ってくれるね。まさか異能に元の持ち主の人格を宿らせて、躾けるとは。面白いじゃないか」

「宿らせるとか躾けるとか、そういう言い方ムカつくんですけど。私、えながに躾けられちゃったんだ」

「変なことを言うな、欠片。お主はすぐそうやって悪ノリする」

 天星と取り巻く異能たちの攻撃を巧みに避けながら。蛇足に乗ったえながと欠片の異能が突き進んでいく。

「閉錠、閉錠、閉錠!」

 欠片が連続で指を鳴らすと、周りにいた異能たちが透明な正方形の中に閉じ込められる。そのまま正方形が一気に収縮して黒い塵へと還っていく。

「蛇足、噛みぶつかれ!」

 正面に捉えた天星。彼女は結界を張っていたが、蛇足はそれを突き破って思いきり、牙を剥き出しぶち当たる。

「……無駄なことを。本当に君たちは賢いんだか愚かなのだか……ッ⁉」

「開錠。時間差地獄」

 欠片が指を鳴らす。途端、天星を撃ち抜いていく弾丸たち。沙希が密かにえながに手渡していた新異能弾だ。欠片が密かに閉錠で留めておいて、開錠でリリースした。

「効いてるのう。どうした天星。いつものやせ我慢は聞かせてくれんのか?」

「ちょこざいだね……! いい加減、腹が立ってきたよ」

 顔を上げた天星の目は、白目の部分が真っ黒になっていた。ひび割れが眼球にまで達したのだろう。もう少しだ。あと少しで、あいつは破裂する。確信があった。

 沙希はポータルを通って、えながと欠片が乗る蛇足の背に着地した。智尋が修復してくれた右手でショットガンを構える。

「楽しそうじゃん? あたしも参加してもいい?」

「乱入者大歓迎だってさ。君、沙希ちゃんだよね? よろしく! 私、丹波欠片!」

「姫沼沙希! よろしくね、欠片ちゃん!」

 挨拶をしつつ、向かってくる異能たちを蹴散らしていく。沙希は両手に携えた拳銃で。欠片は閉錠で複数の敵を透明の箱に閉じ込め、そのまま消滅させて対処していく。えながも、多数召喚した周りの蛇足で薙ぎ払い、噛み屠る。

 それでも、奥にいる天星まではまだ遠い。奴が召喚する異能の数があまりにも多い。葬っても、まだ新手が来る。焼け石に水状態だ。

 未来ポータルを蛇足ごと一緒に潜り抜ける。しかし天星との距離は一向に埋まらず、すぐさま異能たちに囲まれてしまう。

「蜘蛛阿修羅、百烈拳ッ!!」

 桃色が真横から突っ込んできて、背中のMrs.の腕で異能たちを突き飛ばしていく。八本の腕が放つ拳の連打。

 更にビルが上空から落下してくる。沙希たちを巻き込まないギリギリの間合い。異能たちが多数巻き込まれ消滅するが、すぐその代わりが乱入してくる。

 異能を使役する天星本体を叩かなければこのウェーブは終わらない。だが異能たちのせいで天星本体に近づけない。

 沙希の他世界線から自分を引っ張ってくる力は、天星の未来を一つにする力で相殺されていて使えない。

 圧倒的に状況は不利。

 でも、打つ手がないわけじゃない。

「天星! まだ聞いてなかったよね、あたしとえながにずっと付き纏ってた理由! 結局あたしたちの異能を取り込みたかったわけ?」

 唐突に沙希は聞く。離れているが声は天星に届いているようだ。そして向こうの声も、やけにクリアに聴こえた。嫌味な奴だ。

「というよりは、ちょっとした実験だよ。私は、天城續の怒りの感情から生まれたようなものだからね。異能者たちを虐げた、非異能者たちへの凄まじい怒りさ」

 それならさ、と天星はこちらに向かって巨大な棘のようなものを飛ばしてくる。すんでのところで蛇足が避けてくれたが、異能たちは串刺しになり消えていく。敵味方関係なしだ。こいつの攻撃は。

「怒りと言う感情を昂らせて異能を宿らせた本体が死ねば、私みたいに別の人間としての自我を持つ異能が独立して生まれるのか。試してみたかった。君たちは生まれついての異能者、純正なわけだ。天城續もそうだったから、君たちはちょうどよかったんだよ」

「……もしかして。そんな理由で、あたしのお母さんたちを。欠片ちゃんを、殺したわけ。あたしたちの、目の前で」

「そうだよ、花丸をあげようか? 感情の昂ぶりが異能を強化するのは君たちも知ってるだろう? 怒りが手っ取り早いし、どんな理由でも怒りさえ抱いていれば異能が独立するか確認してみたかったんだ。……でもまさか、私が形を与えた異能にも自我を芽生えさせるなんて。君たちは期待をいい意味で裏切るね。でもそれは失敗かな。持ち主だった人間の意志が強すぎる。やっぱり私みたいに、完全に独立した存在を作り出さないと。新しい人間にはなりえないね」

 淡々と語る天星。肌がぴりつき、髪が逆立ちそうなほどの激しい感情を覚える。確かに怒りを抱かせるという奴の目的は達成できている。悔しいことに。

「それで? どうしてそんなことしか聞きたくなったのかな。冥土の土産が欲しいのかい」

「余計なお世話どうも。まあちょっとした異能の底上げかな。確かに怒るのは異能の強化にはお手軽みたいだね。あとは時間稼ぎと……お前の意識を逸らすため」

 ――気づかなかったでしょ、あたしの異能に。

 沙希はここぞとばかりドヤッと笑いかけてみせる。

「計算、ずっと間違ってるよ。あんたの真似させてもらった」

 沙希の周りに現れる、赤いポータルたち。それは未来に繋がっている。

 そこから飛び出してきたのは。この異空間の外にいたみんな。二年生のシスターと真凛。生徒会の芳翠、蒼、朱里。そして日南とアズマ。二人は、喜多美と一緒だった。どうやらすれ違いから和解できたようだ。

 そして。七竈と、透子の異能。やはり透子自身の自我が、異能に宿っていたようだ。

「……ここは。どうやら、本星のところに来たようですわね。ゴリ」

「ええ。神に代わってお仕置きですね、真凛」

「……くくくく。とっても楽しいクイズバトルを終えたばかりでね。私、今異能ビンビンなのよね……♪」

「芳翠、目ぎんぎんすぎてやばいって。てか、人もやばいんだけど。こんな天星サイドいたの? 死ぬんじゃね、これ私ら」

「わはは! 大丈夫さ、蒼! あたしらもエキサイティングなバトルを終えたばかりだぞ! ポテンシャル百二十パーセント発揮だッ!!」

「沙希お姉ちゃんとえながお姉ちゃんたちがいる! アズマ、喜多美ちゃん! お姉ちゃんたちを助けよう!」

「オッケー! あと日南ちゃん? そろそろ私も呼び捨てで大丈夫だよ……?」

「それ、さっきからずっと言ってる。喜多美、結構こだわり強い、ます」

「ちょっ、あんたが先に呼び捨てしないでよっ。まだ心許してないんだからね!」

「……行けるか、透子。さっき本気でやりあっちまったからなぁ。もう身体も、若い奴には勝てないな」

「何年寄りみたいなこと言ってんの。ちゃんと教師らしくしな、七竈。って、透子なら言うと思うよ」

 一気に場が賑やかになる。沙希は口の前に両手を持ってきて大きく息を吸った。ついでに、こちらに向かって来ていた異能たちを未来介入のショットガンで葬っていく。

「みんな! この人たち、天星が取り込んだ異能から作り出した人形みたいな感じだから! 倒して、自由にしてあげて! あと、あたしたちが天星のところまで行けるように道作ってもらっていい⁉」

 沙希の呼びかけ。全員、一瞬で察してくれたようだ。すぐさま臨戦状態。異能を解放。沙希たちの前に立ちはだかっていた異能たちを一斉攻撃で薙ぎ払っていく。

 消えた異能たちを埋めるように、更に新手。蛇足に乗った沙希たちの前に立ちはだかった彼女らが、爆散する。

「ミサイル、投下。機関銃、それなりに無限。リロード」

 空飛ぶバイクになった真凛に跨るシスター。透明なミサイル弾を投下した後、更に増加する異能たちを構えた指先の銃弾で絨毯銃撃していく。

「全員、三百回その場で回ってわんと言いなさい」

 芳翠の声。沙希たちの左右に迫っていた異能たちが、突然凄まじい勢いで回り始める。彼女の思考攪乱が研ぎ澄まされて、異能にまで作用するようになったのだ。

「削ぎ取れ」

 そこに蒼が放った透明な膜。右側の異能たちを包み込み、次の瞬間に彼女たちは消えている。

「ポテンシャルッ! 百二十パーセント中の百二十パーセントォオオッ!! エアースマッシャーァアアアアアッ!!!!!」

 朱里が叫びながら打ち込む拳の空気弾。左側の異能たちが一瞬で崩れ去る。風圧で沙希たちの髪も揺らぐ。

 後ろから迫る異能たち。そこに、氷山のような氷の塊が突進していく。日南だ。

「アズマ、喜多美ちゃん! 総攻撃チャンス! ガチでいくよ! ……ちょっとこれ、言ってみたかった」

「えっ、日南ちゃんめっちゃ可愛いんだけど。……日南、可愛い」

「喜多美。集中する、ます」

 更に後ろ、追い攻める異能たち。その頭上に、大きな氷の塊。

 それを喜多美の炎が一気に溶かす。降り注ぐ水。それらが急に空中でシャボン玉のような球体に固まって、異能たちを包み込む。もがく彼女らは身動きをとれない。

「うちら、最強だね!」

 その水の球体が一瞬で凍り付く。異能たちを固め包んだまま、急速落下していく。

 更に正面。異能たちはまだまだ沙希たちに群がる。

「次剣、三十枚下ろし。暴れ柳」

 少し離れた足場から、次剣で居合斬りする七竈。異能たちはたちまち斬撃を受け消えていく。

 そして更に突っ込んできた異能たちを。矛を突き出した透子の異能が、何人も串刺しにしながら体当たりしていく。

「……沙希、えなが。天星をお願い。もう續を、眠らせてあげて」

 透子の異能には表情がない。人形のようで、透子本人ではない別物だ。だけれどちゃんと、生前の彼女の意志が宿っている。

 沙希とえながは握った拳を掲げ、彼女たちが足止めしてくれている隙に蛇足と共に飛び抜けた。

 みんなが道を作ってくれる。天星へと至る道。

「閉錠、閉錠、閉じょぉおおッ!!」

 沙希の後ろに座す欠片が指を鳴らしまくる。向かってくる異能たちを箱に閉じ込めていく。

「蜘蛛足、無限八手腕地獄。ヘルズエンジェル」

 そこに飛び込んできた桃色。背中から生えた八本のMrs.の腕。目にも留まらぬ連打の拳。

「桃色!」

 少し離れた足場。立っていた智尋が投げたコンクリート片。一瞬でビルと化す。それを、空中に現れたいくつものMrs.の腕が掴んで、思いきり放り投げた。

「特撮阿修羅。ビルミサイル」

 沙希たちの前にいた視界一杯の異能たち。突っ込んできたビルが一掃する。更に、タンクローリー数台。大爆発して追加の異能たちも寄せ付けない。沙希たちはそんな熱風を突き抜けていく。

「……本当。諦めが悪いね、君たちは」

 天星はもう目視できる距離。呆れたように呟いている。ほざいてろ。

 最後の鬼門とばかりに異能たちが投下される。四方八方。人混みに呑み込む勢いだ。

「まだ手数勝負? あのさ、お前が止められたのって、他の世界線からあたしを引っ張ってくることだけだよ。まだ増やせる手数は、こっちにもあるわけ」

「そーいうこと。虚空門、無限開門編」

 沙希が展開した赤いポータル複数。そこから現れる、巨大な両開きの門。いや、門たち。数え切れないほど現れた。

 その門が、開かれていく。広がる虚無の闇。まるでブラックホールの如く、その内側へあらゆるものを吸引していく。無数にいた異能たちがなすすべもなく呑みこまれていく。

「呑み込まれないでしょ、えなが?」

「当たり前のことを聞くな、欠片」

 不敵に笑う欠片に、えながが得意げに答える。沙希たちを乗せる蛇足は一切軌道をぶれさせずに、一気に天星へと突っ込んでいく。もう阻むものは何もない。

「やあ、遅かったじゃないか。待ちくたびれて眠るところだったよ」

「喋んな、カス」

「おやおや。そういえば暇つぶしにね、君の真似事を思いついたんだ」

 こちらを見上げていた天星。その数が、不意に二人になった。かと思えば一気に数十、数百、数千人に増えていく。さっきのこちらを囲い込む異能に匹敵する数だ。

「さすがに別次元の私は引っ張っては来れないけどね。まあ分身だ。さあ、本物の私を見つけられるかな?」

「……はぁ。つっまんねぇ小細工。えなが。引導、渡してやって」

「おう。お主の異能、借りるぞ」

「いくらでもどうぞ」

 蛇足の先頭に乗るえなが。彼女が両手の人差し指と親指で輪を作り、その指先を合わせる。数字の八を横倒しにしたような、印。

「無限大蛇(むげんのおろち)」

 ポータルを経由する必要もなし。何故ならえながはもっとも異能の相性のいいパートナーだから。

 何もない空間から飛び出してきた蛇足の首。それが、増えた天星たちを噛み屠る。天星たちと同じ数。いや、それを上回る勢いで。蛇足たちが現れ天星の分身を一気に消し去っていく。

 そうして残った一人。目を見張った天星。沙希はもう、銃口を定めている。

「地獄へ堕ちろ、ベイビー」

 撃ち放ったショットガン。間近の距離。散弾が全て天星を捉えた。続けざまに撃ち抜き続ける。

 そして時間差。先ほど未来介入させた弾丸。拳銃、自動小銃。ダメ押しで更にショットガン。至る所から送られた過去からの銃弾が、幾度なく天星を貫いていく。

 かましてやった。間違いなく、致死量。奴の容量を超える対異能の毒をぶち込んでやれたはず。

 さあ、破裂しろ。揺らめく天星の身体。崩れかけているのがわかる。ゆっくり倒れていく。

 かと、思えば。急にその身体はぐりんと起き上がり、黒い瞳を歪ませて笑った。

「……残念。時間切れだ。私はその対異能兵器に、もう適応した。効かないよ。言っただろう? 君たちが私に勝てない世界線に、もう未来は収束しているんだよ」

 天星がばっと両手を広げる。途端。周りの景色が歪んだ。空間が、揺れる。

 沙希たちは蛇足から振り落とされた。

 かと思えば、そのまま地面に倒れ込んでいる。急いで身体を起こす。スクランブル交差点だ。あいつがワープホールを開けていたあの場所に、戻ってきていた。他のみんなもいる。

 それを、天星は上空から見上げていた。もう彼女の目は通常通りに戻り、黒いひび割れも引いていた。本当に適応されてしまったのだ。

「君たちが私に過度な異能の力を与えてくれたおかげでね。ようやく、やりたかったことが出来そうだ。正直、姫沼沙希と九十九えながの強大な力を取り込んで、やろうと思っていたんだけれどね。その必要はなくなった。ありがとう」

 ──異能は波長。音と同じなんだ。だから空気を伝わって、どこまでも向かっていく。

 天星は語る。そしていつの間にか、周りのビル、道路、建物の中。覆い尽くすように彼女が作った異能たちが、無表情に沙希たちを見下ろして犇めいていた。

 その彼女たちが、一斉に口を開いて声を発する。

 それは超音波のようなものだった。轟音に沙希たちは思わず耳を塞ぐ。

 そして、鼓動が不穏に跳ねた。どくどくと、だんだん速くなっていく。

 異能たちが発する音に共鳴するように。身体の中の異能が強まっていくのがわかる。膨らんでいく。もう沙希の中では収まりきらないほど、強大に。

「天星様⁉ 何を……⁉」

 鏡花の声がした。彼女は天星の隣に並べられていた。球体上の結界に、彼女は閉じ込められている。それで異能たちの波長から、守られているのだ。

 天星は彼女に笑いかける。

「……鏡花。見ているんだ。私と君が、最初のイヴになる。異能が新しい人類になる、新しい世界のね」

 そんな声がかろうじて聴こえた。

 溢れそうな体内の異能の気配に、沙希は立っていられず跪く。周りのみんなも、えながも桃色も苦しんでいた。

 強制的に異能を共鳴させられて、強められている。異能である天星が強まったことで、出来た芸当。

 強まった異能に、沙希たちの身体を乗っ取らせるつもりだ。異能たちの波長で。

「この国の人間たちみんな、異能になる。ご覧、良い景色だろう? これが私たちの生存戦略さ。ここから、世界中を侵略してみせるよ」

 天星が沙希たちの頭に直接流し込んできたビジョン。

 日本各地の至る所で、苦しむ人たち。日本中の人間全員が、適合するかしないか関係ない異能を発症させられている。みんな、異能に変えられていく。

 沙希は両手を見る。黒いひび割れが身体を蝕みつつある。隣にいるえながも、また同じように呑み込まれていく。

 絶体絶命。だけれど。

(……やっぱ。これしかないか)

 沙希は視えていた。可能性の一つとして、迎えるこの未来。こうなったら、もう賭けるしかなかった。

 異能が強まって、出来ることが増えたのは。お前だけじゃねえんだよ、天星。

「……ねえ、えなが」

 地面に着いたえながの手に、そっと自分の手を重ねる。異能たちの合唱の中でも、ちゃんと聴こえるように彼女の耳元で囁き掛けた。

「私と世界の命運、賭けてくれない?」

 えながは、すぐに頷いて。

 沙希の手を、ぎゅっと握り返してくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る