第十一話「決戦」④

  4〈姫沼沙希〉


「あっち! 桃色と智尋くんが戦ってる!」

「周りの異能が多すぎ! あたしたちも頑張ってるけど、加勢してあげて!」

「ありがと! すぐ行く!」

 周りの沙希たちに言伝られて、沙希は未来へのポータルをくぐる。

 飛び出した先。桃色と、智尋の異能の姿を横目で確認。そしてその対面。異能たちを壁のように並べて隔てた向こう側に、余裕ぶった天星を見つける。

「桃色! 智尋くん! 集合ッ!」

 呼ぶ。二人はすぐに察したようだ。突然現れた沙希の傍まで飛んできてくれる。

 そして周りにいた沙希たちも、一斉にやってきてくれる。沙希とタイミングを合わせて、未来介入。掛かってきていた異能たちを四方八方の銃撃で撃ち散らしていく。

「メッ!」

 更に来た異能たち。桃色が背中から生えた八本のMrs.の腕を巧みに突き出し、ぶっ飛ばしていく。

 更に智尋。ばらまいた欠片。瞬時、修復されるピンが抜けた手榴弾。連続で爆発し、異能たちを葬った。

「沙希ちゃん!」

 智尋が何かを手渡してきた。ベルトに装着された自動小銃のマガジン数個。新しい異能弾を修復して複製させたのだ。「ありがと智尋くん!」と沙希はそれを素早く身に着け、足場を飛び移る。

 道は開けた。天星が見えている。こちらを射抜いた眼差し。黒いひび割れは顔に走り、全身にも回っているようだ。もっと増やしてやるよ、そのイカしたやつ。効いてんだろ。

 天星が手を振るう。こちらに向かって突き出される巨大な棘。桃色のMrs.の掌を借りて足で蹴り、横に移動してかわす。

 そして振るわれる大きなツタの鞭。未来ポータル。瞬時に上に移動して避けた。

 更に近づく。射程内に入った。天星が放ってきた空駆けるライオンを撃ち抜き、そのままトリガーを引き続ける。

 銃弾を。ゆらりと泳ぐように宙を移動した天星がかわす。残念、フェイント。彼女の頭上に未来介入した銃弾たちが降り注ぐ。

「見えてるよ、姫沼沙希。詰めが甘いね」

 それも天星に届く前に弾かれた。周りに結界を張っていたのだ。別の世界線の沙希たちも撃ち放つが、全方位防がれた。

「ぐッ……!」

 天星が手をかざす。衝撃波。他の世界線の沙希たちが切り刻まれる。致命傷。

「さて。次はどう来る? こっちから行こうか?」

「優しいじゃん。でもいいよ。もう行った」

 天星の煽りに、正面に立つ沙希は答える。別の世界線の沙希が。

 沙希自身は、ポータルを潜り抜けていた。天星の背後。ショットガンを撃ち放つ。

 智尋が作り直してくれた、新異能の散弾。至近距離。結界をぶち破って天星を思いきり捉えた。

「ぐっ、うぅ……っ! 姫沼、沙希ぃ……ッ!」

「唸ってる暇ないよ? 次、つかえてるんで。ぱっぱと行くよ」

 天星の周囲にワープしてきた沙希たち。ショットガン、連発。結界を失った天星を直接、散弾が撃ち抜きまくる。なすすべもなく奴は着弾し、踊らされていた。

 項垂れたまま、天星の動きが止まる。……いや、まだだ。奴の異能の気配はまだ禍々しく牙を剥いている。ここまで異能弾をぶち込んでやっているのに。奴の容量はあとどれくらいだ。どれくらいで、破裂する。適応される前に、ケリをつけないと。

「ッ……! 鬱陶しいなぁ……ッ!」

 天星を中心に。凄まじい勢いで透明な爆風が広がっていく。咄嗟にポータルを通って距離を取る。が、その先まで。天星は爆風の範囲を広げてくる。やばい。呑み込まれる。

「っ……しょいっとぉ!」

 不意に身体を引っ張られて後ろに投げ飛ばされる感覚。多数の沙希たちが巻き込まれたが、沙希は何とか爆風から逃れられた。

「大丈夫? サッキィ」

「うん、おかげさまで。ありがと、桃色」

 吹っ飛んでいた沙希を足場の上で受け止めてくれたのは、桃色だった。投げ飛ばしてくれたのも、彼女のMrs.だ。礼を言いながら立ち上がる。

「奴はやっぱりしぶといね。進化し続けてきただけはある。沙希ちゃん。一緒に、一気に。畳みかけよう」

 傍に来た智尋の異能が、作り直したショットガンの弾を手渡してくれる。また沙希は「ありがと、智尋くん」と礼を言ってショットガンをリロードする。コッキングし、弾を本体に込めた。

「行ける? 二人とも」

「もち」

「行こう」

 二人の返事を聞いて、沙希は一気に飛び出す。天星の元へ。奴はまた形を与えた異能で周りを固めた。こちらを警戒しているのがよくわかる。ビビりやがって。

「あたし! 連れてって! 天星のとこまで!」

「了解!」

「任せて!」

「どんとこーい!」

 他の沙希たちが傍に来てくれる。未来介入でいくつも連なって伸ばされた手。それを掴んで飛び移りながら、沙希は一気に天星との距離を詰めていく。

 その天星を守るように、沙希を取り囲む異能たち。排除しようと一斉に構え始める。

「……ごめんね」

 沙希は言う。未来介入するまでもなかった。他の沙希たちが彼女らを銃撃し、消し去っていく。

 更に異能たちが投入。天星は数で押し切るつもりだ。でもこっちも、未来の可能性はいくらでもある。片っ端から異能たちを撃ち抜き、消していく。もちろん、やられてしまう世界線の沙希もいた。お互い、出せる駒の削り合いだ。

 撃ち損じた異能たちが沙希目掛けて攻撃を放つ。槍、銛、棘、雷撃。未来ポータルで移動しても、更にその先まで追尾してくる。

「そいやっさぁッ!」

 その異能たちの懐に、桃色。潜り込んだ彼女はまとめて同期したMrs.の腕で殴り飛ばす。一瞬で異能たちは塵と化し、沙希を追う異能の武器たちが消えた。

「ん……ッ!」

 両手に剣を携えた智尋の異能が、新手の異能たちを回転しながら斬り裂いていく。

 再び天星への道が出来る。が、すぐさま召喚された異能たちが塞いでくる。

 さっき天星は、沙希を巻き込もうとした爆風で。自分が作り出した異能たちまでも巻き添えにしていた。何も思っていない。ただの道具、いやそれ以下としか捉えていない。この異能たちには、持ち主の子や人がいたのに。

 鋭い怒り。燃やすんじゃなく、研ぎ澄ませ。刃にして、この場で全部、振るい切れ。

 こちらに向かってきた異能たちを、集まった他の沙希たちが銃撃。次々と黒い塵に変えていく。

「ど……りゃあッ!」

 僅か出来た細い道筋。Mrs.の手でぶん投げてもらった桃色が、スピードに乗って飛び込み突き進む。

 天星の真ん前。桃色はMrs.と共に掌底を放つ。ゆらり、と揺らいだ天星はそれをかわした。

「残念。はず……」

 言った途端天星はあちこちから飛んできた剣で串刺しのオンパレードになった。智尋だ。

 更にダメ押しで、ばらまいた手榴弾。連鎖する爆破。半壊した天星が吹っ飛ぶ。

「……まったく。人間というのは諦めが悪い……」

 言葉の途中。復活しかけていた天星を、Mrs.の巨大な手が鷲掴みにする。

 そして飛び出ていた頭。それ目掛けて沙希と、集まった沙希が一斉射撃。的確に撃ち抜きまくる。

「ッ……! 無駄にあがくな……ッ!」

 天星が叫ぶ。彼女の身体から棘がいくつも突き出しMrs.の手に刺さる。痛みで掴みが緩んだ隙に天星は手の中から逃れた。

「桃色! 大丈夫!?」

「平気。かすり傷」

 沙希の隣に立つ桃色。Mrs.と同期接続しているから右手から血が吹き出した。が、彼女は顔を顰めもしない。すかさずその傷を、智尋が治していた。

「……まったく。つまらないね。そんなので私を殺せると、本気で思っているのかい」

 天星は。余裕ぶって宙に浮かんでいる。顔と身体の亀裂は更に増え、欠けた身体の箇所が直る速度も落ちてきている。言葉とは裏腹、彼女は追い込まれている。

 再び天星は、異能たちを呼び出す。沙希たちの周りを囲むように。

「あんたもさ、バカの一つ覚えみたいに物量で押すことしかできないの? こっちも残機はいっぱいあるんだって。あんたが足掻けば足掻くほど。そろそろギブアップしたら?」

 銃撃。撃ち消されていく異能たち。

 別の世界線。可能性の沙希たちが、銃口を向けて天星を取り囲んだ。

 物量はこちらが有利。他の沙希たちは天星が何か行動するたびに可能性が生まれて増える。このまま押し切れば、勝てる。確信した。

 だがふと、天星が吹き出すように笑い出した。その声は少しずつ大きく、愉快そうに不愉快に響いた。

「……何。不利すぎてヤケクソになっちゃった?」

「いやいや。また一つ授業と行こうか、姫沼沙希。未来は無数にある。触れ合った面と面の分だけ。でもね、無限ではない。運命って知ってるかい? あらゆる世界線が、可能性が。一つに交わる集合点だ」

 天星がそう語った途端。

 彼女を取り囲んでいた他の世界線の沙希たちが、消えていく。天星の前で構える、この世界線の沙希だけを残して。

「な、何で……?」

「誰も運命からは逃れられないってことさ。未来が収束したみたいだね。君が、君たちが。私に勝つことが出来ない未来さ」

 呆気に取られた沙希を、襲う衝撃。吹っ飛ばされる。

「ぐっ、あッ……!」

 痛みを感じる暇もなく身体が後ろに引っ張られる。どこかに着地しないと。落ちたらやばい。

「サッキィ!」

 吹っ飛ばされた身体を受け止められた。そのまま足場に着地。桃色だ。彼女が抱き留めてくれた。

「……ありがと、桃色。……ッ」

 痛みが走る。右手と左足。右手は肘から先。左足はふくらはぎから先がなくなっていた。今の天星の攻撃で消し飛ばされたみたいだ。

「沙希ちゃん、そのまま。動かないで」

 智尋の異能がすぐ傍にやってきてくれる。人体修復。しかし無機物とは勝手が違うのか修復まで時間がいるようだ。

「智尋くん、あたしはいいから。桃色を守ってあげて」

「桃色が守られるようなお姫様じゃないのは君も知ってるよね。桃色、周囲の安全をお願い」

「合点承知のすけ」

 横たわった沙希に修復を施す智尋。その前に、守るように桃色が立つ。彼女は人差し指と中指を折りたたんだ両手を前に構える。

 こちらに向かい来る異能たち。桃色の背中から生えたMrs.の八本の腕が、振るわれて片っ端から薙ぎ払っていく。

 気づけば、周りが異能に取り囲まれていた。先ほどからずっと、異能たちを天星から解放しまくっているつもりだったけれど。あいつは本当に数多の人を犠牲にしてきたのだ。この十九年。溜め込んできた全てを自分たちにぶつけてくるつもりか。

 桃色は善処しているが、取り囲む異能たちの姿は一向に減っている様子がない。多すぎる。こっちの別の世界線から自分たちを連れてくる手は、世界線を収束させた天星によって潰された。

 そして天星は、空に浮かんで文字通り高みの見物のようだ。

「さぁ、これで振り出しに戻ったね。君たちは三人。こちらは無数。これなら私が異能の毒に適合するまでもないかな」

「どうやら、また数を数え間違えているようじゃの。お前」

 余裕綽々の天星の言葉に、割り込む声。

 天星の背後から大きく口を開いた蛇足が現れる。そのまま天星の全身を噛み砕く。背中には、えながが跨っていた。

「……まったく無駄なことを。一人増えたとしても、こっちが優勢なのには何の変わりも……」

「閉錠」

 頭だけ黒い塵が集まるように復活しかけていた天星の動きがびたりと止まった。

 その頭を。蛇足の尻尾が大きく薙ぎ払う。

「もう一人、割り込みいいっすかぁ? わざわざ呼んでくれてありがとね、天星さん? はーじめましてぇ!」

 蛇足、えながの後ろに乗っている少女。黒い髪をなびかせて勝気に微笑んでいる。

 先ほど、えながと対峙していた異能だった少女。欠片だ。智尋の異能と同じように、自我を取り戻したみたいだ。

「……ちょこまかと。本当に鬱陶しい奴らだよ」

 顎から上だけ復活した天星が憎たらしげに唇を歪めていた。確実に、奴の復元は遅くなりつつある。

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