第十一話「決戦」③


  3〈九十九えなが〉


「蛇足、薙ぎ払え」

 向かってくる形のある異能たちを、蛇足の尻尾で薙ぎ払わせる。

 えながは自分が乗っている蛇足以外にも更に四匹。蛇足を暴れ回らせている。いくら振り払っても、異能たちは湧くように現れてくる。大群だ。

 無限かと思えてしまうが、終わりはあるはずだ。天星の異能のストックにだって限界はある。

 早いのは、天星本人を叩くこと。桃色が用意していた新しい異能弾は奴に絶大な効果を発揮していた。あいつがその効果に適応する前にひたすら攻撃を加えれば、倒せるかもしれない。

「沙希!」

「はいよ!」

「何?」

「どしたどした?」

「聞こえてるよ!」

 あちこちから呼んだ沙希の返事が聞こえてきてえながは少々戸惑う。

 沙希が異能で、あらゆる未来の世界線から連れてきた自分たち。天星が作り出した異能たちの数に勝るとも劣らないくらいいっぱい彼女がいる。

 当然分身などではなく、全員本人だ。えながですらこの世界線の沙希を見つけるのに手こずる。

 物量、対、物量。このまま押し切ってやる。天星を、弱っている今確実に仕留める。

「このまま天星のところまで一気に行くぞ! 手伝ってくれ!」

「了解!」

 周りにいた沙希たちが声を揃えて答えてくれる。銃弾を放ち、囲むようにいた異能たちを撃ち払っていく。

 えながも自動で敵を攻撃する指示を与えた蛇足たちに、異能たちを倒させていく。次々黒い塵に変わっていく異能たち。でもまだまだ次が来る。

「えなが!」

「今!」

「行って!」

「ここは任せて!」

 あちこちの沙希が異能たちを撃ち抜き、道を作ってくれた。「すまん!」と礼を言ってえながは蛇足に乗ったまま一気に突き進んだ。

 天星の姿は。見えた。桃色と、智尋の異能を相手にしている。だが空中を揺らぐように逃げ回る奴に、二人は苦戦しているようだ。天星の作った異能たちの妨害も苛烈だ。なかなか天星本体に近づけない。

 えながの元にも囲むように異能たちが飛び掛かってくる。……痴れ者め。手数勝負と行こうか。えながは印を構える。蛇足たちが亜空間から顔を覗かせて威嚇する。

 銃声。連発。えながの周りにいた異能たちが一瞬で塵に変わる。

 そしてえながの後ろ。蛇足の背に跳び乗ってきたのは沙希だった。この時間軸の沙希だ。ずっと一緒に過ごしてきた沙希だ。わかる。……まったく、格好つけた登場をしおってからに。

「お待たせぃ。じゃ、天星このままぶっ飛ばしちゃう?」

「待ったぞ。私の見せ場を奪うなよ?」

「それはまぁ」

「えなが次第じゃない?」

「あたし達もいるの忘れないでよ?」

「おい。他の沙希たちはもうちょっと忖度しろよ。数多いのずるいぞ」

「手数勝負はお手の物なんじゃなかった?」

 足場から足場へ飛び移って。蛇足に乗る沙希とえながに、他の時間軸の沙希たちも付いてくる。このまま行ける。

「蛇足! 一気に突っ込め!」

 蛇足のスピードを上げる。目前まで迫る天星。その彼女が一瞬こちらに視線をやって。その目を細めた気がした。ぞわり、と嫌な予感が肌を駆け抜ける。

「閉錠」

 声が、割り込んでくる。その声に聞き覚えを感じる前に。

 乗っていた蛇足が急停止する。乗っていたえながと沙希は宙に投げ出される。逆さになった視界で、えながは見る。

 蛇足の動きが固定されている。いや、錠を掛けられた。この異能は。馴染みがある波長を感じて、えながは戸惑った。まさか。あいつは。

「えなが!」

「大丈夫⁉」

 別の世界線の沙希が抱き留めてくれて、他の沙希がその沙希の足を受け止めてバレーのレシーブのように浮かす。そのまま近くにあった足場に着地しようとする。

「えぁ……?」

 えながを掴んでいた沙希の動きがびたりと空中で止められた。それでも彼女は腕だけを何とか動かし、えながを足場へと届けてくれた。

「沙希ッ……!」

 転がりながら必死に沙希の方を見たら、瞬間彼女はぐちゃり、と見えない何かに圧縮されて潰された。形もなく。息を呑んでしまう。

「えなが、大丈夫。それ、別の可能性の違う世界線のあたし」

「いやわかっておるが……。やっぱり心臓に悪い。ありがとな」

 隣に降り立ったこの世界線の沙希が、手を差し出してくれる。その手を取って立ち上がる。

「……ねえ、えなが。今の異能って」

「……ああ。ある程度、察してはおったが。……天星め」

 そして二人の前に、駆けてくる人影。閉錠し固めた空気の上を走り、こちらに飛び掛かってくる、形を帯びた異能。

 えながと沙希は咄嗟に飛び退いている。そして今いた場所に、ドーム状に透明な空間が広がった。そこに捕まれば、おそらく一切身動きが取れなくなる。

 学園で天星と戦った時にも、あいつが見せた異能。コピーした異能。今使ったのは多分、その持ち主の異能だ。

 目の前に着地した少女。長い髪がさらりと舞い上がる。見覚えがある。なんてものではないその顔には、表情はない。こちらを見る眼差しには感情はない。

「欠片……」

 ついその名前を呼んでしまう。わかっている。彼女じゃない。彼女の異能だ。天星が形を与えただけの。

 智尋の異能とは違い、欠片自身の意志は残っていないようだ。今の反省を活かしたのだろう。腹立たしいことに。

 天星は、欠片の異能を回収していた。確信する。

 あの時強かったり、意志が残っていたりした異能発症者が大量に出現した時。あれは、天星の仕業だった。

 沙希の家族と同じ。欠片を殺したのは、天星だ。あの意味深な眼差しの意味を悟る。

(……殺す)

 一瞬一気にぶり返した殺意。それをえながは瞬時に冷まし、冷静に頭を働かせる。鋭い怒りが、気を落ち着かせたままえながに力を漲らせる。

「……沙希。ここは私にやらせてくれ。お主は天星を。終わったらすぐそっちに加勢する」

「でも……」

「平気じゃ。……それにあやつのことを、ちゃんと葬ってやりたい。天星の操り人形にさせておくのは、あまりに酷じゃ」

 沙希は少しためらったようだが、その場から跳び上がって未来介入した自分の手と他の自分の助けを借りてその場を離れる。

「絶対に来てよえなが。約束だからね!」

 そう言い残す沙希に、えながは親指を立ててやる。

「……さてと。こちらも時間が惜しい。早めに切り上げさせてもらうぞ、欠片」

 欠片の、形をした異能は何も答えず眉一つ動かさない。ただ、構えた。閉錠の印。えながもすぐそばに蛇足を三体配置した。

「……すぐ、楽にしてやるからな。放っておいて、すまんな」

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